第49話 知の試練(2)
湖面の幻影が再び揺らぎ、次の情景を映し出した。
それは、トールと弟子たちが最後に相対した日。
苔むす洞窟の奥。
台座の上で、一つの光が脈打っていた。
それが――「知のルーン石」。
青白く澄んだ光は、星の心臓のように洞窟を照らし出していた。
「師よ……」
ナーガの声は震えながらも熱を帯びていた。
「この力を……私が継ぐべきです。湖そして沼族の未来を守るために」
「俺も同じだ、ナーガ!」
コドラが牙を剥き、鋭い眼で石を見据える。
「我らが力を得れば誰もこの湖とレプタに手出しできない! 俺たちこそが未来を掴むんだ!」
ベルは慌てて二人の前に立ちふさがった。
「待って! 師が言っただろ……力は奪うものじゃない、信じて託すものだって!」
だがナーガは首を振り、暗い光を瞳に宿す。
「信じて待つだけじゃ……何も変わらない。
俺は……俺はずっと差別され、嘲られてきた。
その痛みを終わらせるには……力しかない!」
コドラが石に手を伸ばした瞬間――
ベルは必死にその腕を押さえた。
「駄目だ! 奪ったら……二度と戻れない!」
「退け、ベルッ!」
コドラの咆哮と共に腕が振り払われ、ベルは地に叩きつけられた。
その隙に、ナーガは光を掴み取った。
ルーン石が脈動し、洞窟全体を揺るがす。
「……これが……知のルーン石……!」
その声には歓喜と狂気が混じり合っていた。
幻影の中で、ベルは涙を流し、必死に叫ぶ。
「師匠! 止めてください!」
だがトールは動かなかった。
ただ静かに、深い声で告げる。
「奪うこともまた、選び取った道。
だが――その先で必ず思い出すだろう。
“待つこと”の意味を」
湖面の幻影は激しく揺れ、やがて光ごと霧散した。
残されたのは、静かに揺れる水面だけ。
クロが唇を噛みしめ、問いをぶつける。
「……知っていて、奪わせたのか。
あなたは……弟子の裏切りを」
トールは否定も肯定もせず、ただ湖のように深い声で答えた。
「裏切りとは思わぬ。
彼らはまだ“学びの途中”にあるのだ」
その言葉には怒りも恨みもなく、ただ無限の慈悲があった。
イヴが小さく肩を震わせ、呟く。
「……待ち続けるなんて……そんなこと、本当にできるの?」
ノラは水面を見つめ、拳を固く握った。
「できるさ。夢は守るものだ。
……俺たちは、絶対に歪ませはしない」
湖畔の風が吹き抜け、彼らの頬を撫でた。
それはまるで、次なる試練への合図のようだった。




