第47話 湖王トール
湖畔に佇む大亀の影は、まるで大地そのものが動き出したかのように重厚だった。
苔むした甲羅には悠久の時を刻むような傷が走り、湖面に映るその姿は神話に語られる巨獣のようで大亀のナチュラビストだった。
ノラは無意識に一歩前へ踏み出した。
「あなたは……」
「我は南東湖の王、トール。知を司り、時の流れを見届ける者」
その名が告げられた瞬間、タロは目を輝かせ、イヴは息を呑んだ。
クロは警戒を解かぬまま、その言葉の重みに心を揺さぶられていた。
トールは四人を見渡し、ゆるやかに首を動かした。
「……トヒを伴うとは、珍しいものだな」
その眼差しは、タロとイヴに向けられていた。
ただの好奇心ではなく、未来を見透かすような深いまなざし。
「お前たちの“夢”。それが、この湖に映るものを決める」
イヴが小さく震える声で問いかける。
「湖に……何が映るんですか?」
「――真実だ」
トールの答えは静かに、だが絶対の響きを持っていた。
「だが真実は常に甘美とは限らぬ。ときに苦く、ときに哀しい。
それでも向き合う覚悟があるかどうか……それを見極めよう」
ノラは胸の奥に熱を覚え、義手を押さえた。
(……まただ。遺跡の時と同じ……何かが共鳴している)
トールの瞳がわずかに細められる。
「猫族よ。お前の血に流れるものも、やがてここで語られるだろう」
ノラの心臓が跳ねる。
古代の血脈――自分でもまだ知らぬ真実を、今まさに見透かされたような感覚。
クロが一歩前に出て言った。
「湖王トール。俺たちは知を求めて来た。だが……もしその真実が、この世界の秩序を揺るがすものなら――」
「秩序もまた、真実の一部に過ぎぬ」
トールの答えは即座だった。
「お前たちがどう選ぶか。それこそが未来を決める」
その言葉とともに湖面が揺れ、光が差し込み、水に映る影が形を変え始める。
そこに浮かび上がったのは、かつての弟子たちの姿だった。




