第42話 日常と違和感
ヤマトの街は、いつもと変わらぬ喧噪に包まれていた。
武道に励む者たちの声が響き、市場では声高に野菜や古代の部品が売り買いされる。
子どもたちが路地で遊び回り、犬族と猫族の笑い声が入り混じる。
「すごいなぁ……!」
タロはあちこちを走り回り、物珍しそうに眺めては目を輝かせた。
「こんなにご飯が並んでる! あ、こっちには服も……! ねぇノラ、全部見てもいい?」
ノラは微笑んでうなずいた。
「焦るな。これからいくらでも見られるさ」
その横で、イヴは人混みの中に立ち止まり、じっと周囲を見回していた。
オッドアイの瞳が捉えたのは、街角に立つ監視兵たち。
槍を携え、行き交う人々を静かに見張るその視線は、笑い声の裏に冷たい眼を落としていた。
「……賑やか。でも、自由じゃない」
イヴの小さな声は、喧噪にかき消されるように消えた。
クロが横目で兵士を見やりながら、低く呟く。
「秩序を守るってのは、こういうことだ。……だが、息苦しいだろうな」
ノラは答えず、ただ街の匂いを吸い込んだ。
炊きたてのパンの香り。工房の鉄の匂い。笑う声と、潜む緊張。
その全てが入り混じり、心の奥をざわつかせる。
――夕暮れ。
宿の小さな窓から街を眺め、タロは無邪気に夢を語った。
「俺、いつかさ……この街で屋台を出してみたい!
いっぱい食べて、作って、みんなに振る舞うんだ!」
イヴはその隣で目を細め、静かに言った。
「私は……小さな家がほしい。
朝に花を育てて、夜は安心して眠れる場所。……それだけでいいの」
ノラは二人の言葉を聞き、胸が締めつけられた。
当たり前の夢が、彼らにとってはどれほど遠いかを知っているからだ。
(……この街すら、完全に“自由”じゃない。
けど……夢を奪わせはしない)
窓の外には、暮れゆく空の下でなお監視を続ける兵士の影があった。
その姿は、ヤマト全体を覆う見えない鎖を象徴していた。
喧噪の奥に潜む違和感は、確かにノラたちを締めつけ始めていた。




