第39話 ブル王の責務
翌朝。
牧場の空気は冷たく澄み、朝露が草を濡らしていた。
ノラとクロは四天王に伴われ、ハコニワの中心――石造りの大殿へと向かった。
大殿の扉が開かれると、そこに座していたのは一際巨大な存在。
闘牛を思わせる角を戴き、全身を鎧のような筋肉で覆った男――リーフラ族の王、ブルであった。
その眼差しは鋭く、相手の心を射抜くように冷徹。
だが同時に、その奥には長き責務を背負った者だけが持つ、深い疲労も漂っていた。
「……猫族のノラ。犬族のクロ。
お前たちが“異端のトヒ”と接触したと聞いた」
低く響く声が石壁に反響する。
ノラは一瞬言葉を詰まらせたが、視線を逸らさずに答えた。
「彼らは……夢を語った。ただの家畜じゃない」
ブルの眉がわずかに動き、重い蹄が石床を打ち鳴らす。
「夢、か……! その夢がどれだけの血を流させるか、知らぬ者の言葉だ!」
圧に押され、クロが思わず身構える。
だがブルは怒号を続けることなく、深い声で言葉を重ねた。
「我らリーフラは、夢の代償を知っている。
旧時代、我らは人に飼われ、利用され、命を商品として差し出してきた。
だからこそトヒから夢を奪い、平和の枠に閉じ込めることで秩序を保っている」
ノラは拳を握り、声を荒げる。
「それは……ただの搾取だ!」
大殿に緊張が走る。
だがブルは怒ることなく、重く深い溜息を吐いた。
「……ならばお前が夢を守れ。
ただし、その重さを一生背負う覚悟を持て。
“導く者”とは、常に血と矛盾を抱くものだ」
その言葉には、王としてだけでなく“父”としての苦悩もにじんでいた。
ノラの脳裏に、王女ミロの顔がよぎる。
(……ブル王もまた、この重みに苦しんでいるのか?)
そしてブルは、最後に一枚の文書を取り上げた。
それは、ノラとクロが紹介所で受けた調査依頼書だった。
「……ヤマトの紹介所からの依頼、トヒ管理の“異変”については既に報告を受けている。
答えは一つ――“異端の存在”は、我らの責務で封じている。
余計な詮索は無用だ。お前たちがここで見たものも……外には持ち帰れぬ」
ノラは唇を噛み、クロは静かに頭を垂れた。
依頼の“回答”は与えられた。だが、その真実をどう扱うかは二人に委ねられたのだ。
巨体は動かずとも、圧倒的な存在感が大殿を支配していた。
ノラとクロの旅路は、この王の責務を越えぬ限り進めない――そう悟らされる一幕だった。




