第38話 夢と秩序の狭間
月明かりが草原を照らし、柵の影を長く伸ばしていた。
静寂の中、トヒたちは眠りにつき、かすかな寝息だけが風に混じる。
ノラは柵に寄りかかり、暗闇に沈む群れを見つめていた。
義手の拳は固く握られ、胸の奥で渦巻く怒りと悲しみを抑え込んでいる。
その横に、クロが歩み寄った。
「……まだ起きていたのか」
「眠れるわけないだろ」
ノラの声は低く、苛立ちを含んでいた。
「クロ……これが平和だって言うのか? 夢を奪い、ただ従わせるだけの生を……」
クロは立ち止まり、夜空に浮かぶ月を見上げた。
その瞳には、迷いの光が宿っている。
「司法警察として言うなら……秩序は必要だ。
争いが再び起きれば、また命が失われる。兄さんのように……」
シロの名が出た瞬間、ノラの胸に鋭い痛みが走った。
拳を握りしめ、吐き捨てるように言葉を重ねる。
「……だからって、こんなやり方でいいのか?
シロは……命を守り繋ぐために戦ったんだろ! 夢を奪うためじゃない!」
クロの表情が揺らぎ、声が荒くなる。
「俺だって分かってる! でも理想だけじゃ世界は救えない!
俺は……兄さんの死を無駄にしないために、司法警察で必死に強くなったんだ!」
二人の声が夜空に響き、静かな牧場を震わせた。
ノラは深く息を吐き、クロを真っ直ぐに見据える。
「……俺は、シロの“想い”を信じる。
秩序でも安定でもなく、“夢を守る”って想いを」
クロは黙り込み、拳を震わせた。
やがて小さく呟く。
「……努力の天才だなんて言われても、答えは出せないんだな……俺は」
その声には、弟としての弱さがにじんでいた。
ノラは一歩近づき、クロの肩に手を置いた。
「俺たちで答えを探そう。シロが望んだ未来を……一緒に」
月光に照らされた二人の影は、寄り添うように重なっていた。




