第37話 犠牲の上の平和
夕暮れ。
牧場を見下ろす見張り台からは、草原に点々と広がるトヒの群れが赤く染められて見えた。
柵の中で働く彼らは静かに規則を守り、争いの影はない。
その光景を背に、四天王の一人
タンタンが口を開いた。
「……お前たちは“残酷”だと思うだろうな。だが、我らはこれを選ばざるを得なかった」
ノラは黙したまま耳を傾ける。
タンタンの声には静けさがあったが、同時に深い疲労と痛みがにじんでいた。
「旧時代……我ら草食の民は、最も多く家畜とされた。
角を折られ、乳を搾られ、肉を削がれ、命を糧にされた。
人間は感謝を忘れ、当たり前のように我らを消費し無駄にもしたとされる」
クロの眉がひそむ。
「……だから、今度はトヒを家畜にしたのか? 復讐として」
タンタンはゆっくりと首を振った。
「違う。復讐ではなく、“再発防止”だ。
夢を与えず、従順に育て、争いの芽を摘む。
そうすることで肉食も雑食も牙を収め、世界は長き安定を得るのだ」
隣に立つパオが重々しく頷いた。
「我らは戦士であると同時に牧場の主だ。
トヒを育てるのは容易ではない。病に倒れぬよう、飢えぬよう、愛情を注いで育てている。
だが、その“重み”を理解する者は少ない」
ノラは柵の向こうに視線をやり、汗に濡れながら土を耕すトヒを見つめた。
その表情には笑みも怒りもなく、ただ「空虚」だけが広がっている。
(……確かに彼らは守られている。だが同時に、夢を奪われている……)
クロが低く呟いた。
「……感謝もなく、当たり前に消費されるだけの命。
それがリーフラ族の背負ってきた現実か」
タンタンは小さく笑い、疲れた瞳を閉じる。
「そうだ。
我らは“犠牲を知る者”として、この世界を静かに保つ役を担っている。
だが――もしお前たちがその秩序を壊すなら、覚悟を持て」
その声は威嚇ではなく、むしろ祈りのように響いた。
ノラは義手を握りしめ、心の奥で呟く。
(犠牲の上に立つ平和……。俺は、この真実を決して見逃さない)




