第34話 トヒ牧場の真実
四天王に導かれ、ノラとクロは里の奥へと進んだ。
石畳の道を抜けると、柵で区切られた広大な草原が姿を現す。
そこには数えきれぬほどのトヒが群れをなし、黙々と作業をしていた。
畑を耕す者。
重い荷を背負い、馬車のように引かれる者。
乳を搾られる女トヒの姿。
幼子を背に、俯きながら畝を整える母の姿。
だが、その表情に喜怒哀楽はなかった。
笑みも怒りもなく、ただ「空虚」だけが広がっていた。
「……」
ノラは言葉を失い、義手の指先が微かに震えた。
パオが重々しく口を開く。
「見ての通りだ。
トヒはここで管理され、争いもせず、ただ役割を果たす。
リーフラ族の民は飢えず、肉食、雑食も牙を収め、平和が続いている」
ブレッドが鼻を鳴らし、誇らしげに言葉を継いだ。
「速さも力も、すべては“調和”のため。
トヒが過ちを犯したからこそ、今度は我らが制しているのだ」
ノラは拳を握りしめ、視線を逸らさずにトヒを見続けた。
その目に映るのは命ではなく、“道具”の様に扱われる存在。
「……これは、平和じゃない」
低く絞り出すような声が広がる。
タンタンが首をかしげ、挑むように問いかける。
「では問おう、猫族よ。
もしトヒが夢を持ち、自由を得たら欲に溺れ再び争いを招かぬ保証はあるか?」
ノラは答えに詰まった。
胸の奥で反論の言葉が渦巻くが、どれも確証を持たなかった。
その時、クロが静かに一歩前に出た。
「司法警察としての立場から言えば……秩序が維持されている限り、問題はない」
短い沈黙の後、クロは続けた。
「だが弟としては、兄さんの死が本当にこの“平和”のためだったのか……確かめたい」
沈黙が落ちた。
風に揺れる草のざわめきだけが耳に残る。
メイルが低い声で告げる。
「……ならば見届けるがいい。
だが、この選択の重さは必ず背負うことになる」
四天王の背を追い、ノラとクロはさらに牧場の奥へ進む。
その先に待つのは――“異端”と呼ばれる存在、タロとイヴだった。




