第32話 緑と砂のハコニワ
草原を抜け、長い街道を進むと、やがて巨大な石門が姿を現した。
その向こうに広がっていたのは、リーフラ族の里“ハコニワ”の都市。
大地は不思議な光景を形作っていた。
片側には、風に揺れる果てしない牧草地が広がり、緑の波がどこまでも続いている。
だがその隣には、乾ききった砂の大地が横たわっていた。
砂と草――本来なら相容れぬはずの風景が、綺麗に重なり合い、雄大な調和を成していた。
「……これがハコニワか」
ノラは息を呑み、義手を握りしめた。
クロが隣で低く呟く。
「砂漠と牧草地。自然の二面性を抱えた土地だ。
だからこそ、リーフラ族は“均衡”を尊ぶのかもしれない」
門をくぐると、まず目に飛び込んでくるのは広大な牧場だった。
柵の中では数多のトヒが家畜として管理され、耕作や運搬に従事している。
畑を耕す姿、荷車を引く姿、井戸を回す姿……。
その表情は静かで、虚ろになりながらも作業に徹するように刻まれていた。
「……これが、リーフラ族の“平和”か」
ノラは呟いた。胸の奥に重いものが沈む。
クロは冷静に答えた。
「表向きには秩序だ。だが……裏側は、まだ分からない」
市場の方へ進むと、香草の匂いが風に乗り、広場全体に満ちていた。
石畳の周囲には穀物や家畜の乳製品を並べる屋台が立ち並び、ナチュラビストたちが談笑している。
子どもたちが追いかけっこをし、老人たちが日陰で語らう
その光景は表面的には確かに平和だった。
だが、ノラの耳には聞こえていた。
柵の中から漏れる「あぁ……」「うぅ……」というかすかな声。
言葉を奪われたトヒたちの呻きが、平和の風景の裏に滲み出していた。
(夢も声も奪われ、ただ働くだけの存在に……)
ノラの胸は締め付けられる。
その時、地面を震わせるような重い足音が近づいてきた。
振り返った瞬間、ノラとクロの視線は一点に吸い寄せられた。
人混みを割って現れたのは、四頭身もある巨体。
象のような姿を持つリーフラ族の戦士
全身に深紅の戦紋を刻み、巨岩のような筋肉を纏っている。
彼が一歩進むたび、周囲のナチュラビストたちが自然と道を開いた。
圧倒的な威圧感。大地そのものが歩いているような存在感だった。
「お前たちが……ノラとクロか」
重低音のような声が響き、空気を震わせる。
ノラの背筋に冷たい汗が流れる。
クロは一歩前に出て、無言で相手を見返した。
「俺はリーフラ四天王の一人、パオ。
中央から派遣された者がどんな目を持つのか……確かめに来た」
その眼差しは冷徹でありながら、どこかに誇りと憂いを宿していた。
ハコニワの均衡を守る四天王の一人パオ。
彼の登場は、ノラとクロの旅が新たな局面に入ることを告げていた。




