第28話 クロの葛藤
夜。
中央都市の宿舎の一室。
月明かりが窓から差し込み、整然と並んだ書類や剣が静かに影を落としていた。
クロは机に向かい、報告書を閉じる。
深く息を吐き、椅子に背を預けた。
(……兄さん。俺は、間違っていないか?)
目を閉じると、幼い日の光景が浮かぶ。
まだ小さかった自分は、いつもノラとシロの後を追っていた。
武の稽古も、森での探検も二人の背中を追いかけて、無邪気に笑っていた。
「クロ、危ないから下がってろ!」
「ははっ、放っておけよシロ。クロは弟分なんだから大丈夫」
あの頃は、ただそれだけで幸せだった。
だが、シロが戦場で命を落としてから、すべては変わった。
(強くならなきゃ。兄さんの死の真相を知るために……)
剣を握り、知識を学び、司法警察として身を立てた。
遊び好きの少年は姿を消し、誰もが一目置く努力の天才へと変わっていった。
だが――胸の奥には、常に空洞が残っていた。
「……ノラ」
小さく呟いた名。
ノラは兄のようであり、時に自分と重なる存在。
兄の死を夢に見るその姿は痛々しく、同時に羨ましくもあった。
ノラは感情のままに問いを投げかける。
だが自分は秩序に縛られ、その中でしか動けない。
(俺は司法警察の一員だ。秩序を守らなければならない。
けれど……心のどこかで、ノラと同じように“真実”を求めている)
窓の外には、統一政府の塔がそびえていた。
その冷たい光が、クロの瞳を照らす。
(兄さん。答えは必ず見つける。
俺はそのために武に励み、知識を積み、ここまで来たんだ)
だが同時に――ノラの問いかけが胸を突く。
「犠牲の上に立つ秩序は正しいのか?」
クロは拳を握り、声なき声で呟いた。
「……俺は、どこまで正義を信じていいんだ」
月光に照らされた横顔は、幼き日の無邪気さを完全に失い、
ひとりの青年として――痛みと努力に満ちた影を纏っていた。
やがてクロは灯りを消す。
部屋は静かな闇に沈み、窓の外の塔だけが冷たく光を放っていた。




