第27話 代償
議事堂の大広間は人払いされ、深い静寂が漂っていた。
高座に腰を下ろしたブル王の姿は、まるで巨大な岩のように揺るぎない威容を放っている。
ノラとクロはその前に立ち、息を呑みながら言葉を待った。
「……保管庫を見たのだな」
低く響く声が広間を震わせる。
ノラの背筋が強張った。
(……やはり、すべて見透かされている)
ブルはゆっくりと立ち上がり、一歩ごとに床石を軋ませながら歩みを進めた。
その重圧に、空気そのものが揺さぶられるようだった。
「我らリーフラは、旧時代に最も多くの仲間を失った。
牛、馬、羊……草食の民は人間に飼われ、角を折られ、子を離され、乳を搾られ、肉を削がれ、夢すら奪われた」
ノラは拳を握りしめた。
ブルの声には誇張の一片もなく、深い痛みと記憶が宿っていた。
「だから我らは選んだ。
同じ苦しみを繰り返さぬために、トヒを“夢なき存在”として飼うことを。
肉食も雑食も、その犠牲の上で牙を収め……十年の平和が訪れたのだ」
クロが低く口を開いた。
「……それが、この秩序を保ってきたということか」
ブルは頷き、鋭い眼光で二人を射抜いた。
「ノラ。クロ。お前たちがどう思おうと、この秩序は必要だ。
我らは犠牲の重さを背負っている。だからこそ、この平和を守る責務は我らにある」
その言葉は正義の宣告のようであり、同時に重い鎖の響きを帯びていた。
ノラは唇を噛み、言葉を絞り出す。
「……犠牲を選ぶのは、王の務めかもしれない。
だが……夢を奪われた者たちの声は、誰が拾うんだ」
広間に重苦しい沈黙が落ちた。
ブルの瞳がわずかに揺れる。
だがすぐにその光を封じ、背を向けた。
「お前の問いは愚かではない。だが答えは、まだ与えられぬ」
その声には苛烈さと同じだけの、深い哀しみが滲んでいた。
重々しい足音とともに扉へと向かい、ブルは最後に言葉を残した。
「未来を語る資格は、過去を知る者にしかない。
お前たちがそれを得る時……再び話そう」
扉が閉ざされると、広間には静寂だけが残った。
ノラの胸には――解けぬ問いと、燃えるような疑念だけが重く刻まれていた。




