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ナナシのトヒ 〜ナチュラビスト〜  作者: 大地アキ
2章 統一政府(1)

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27/201

第27話 代償

議事堂の大広間は人払いされ、深い静寂が漂っていた。

高座に腰を下ろしたブル王の姿は、まるで巨大な岩のように揺るぎない威容を放っている。

ノラとクロはその前に立ち、息を呑みながら言葉を待った。


「……保管庫を見たのだな」


低く響く声が広間を震わせる。

ノラの背筋が強張った。

(……やはり、すべて見透かされている)


ブルはゆっくりと立ち上がり、一歩ごとに床石を軋ませながら歩みを進めた。

その重圧に、空気そのものが揺さぶられるようだった。


「我らリーフラは、旧時代に最も多くの仲間を失った。

牛、馬、羊……草食の民は人間に飼われ、角を折られ、子を離され、乳を搾られ、肉を削がれ、夢すら奪われた」


ノラは拳を握りしめた。

ブルの声には誇張の一片もなく、深い痛みと記憶が宿っていた。


「だから我らは選んだ。

同じ苦しみを繰り返さぬために、トヒを“夢なき存在”として飼うことを。

肉食も雑食も、その犠牲の上で牙を収め……十年の平和が訪れたのだ」


クロが低く口を開いた。

「……それが、この秩序を保ってきたということか」


ブルは頷き、鋭い眼光で二人を射抜いた。

「ノラ。クロ。お前たちがどう思おうと、この秩序は必要だ。

我らは犠牲の重さを背負っている。だからこそ、この平和を守る責務は我らにある」


その言葉は正義の宣告のようであり、同時に重い鎖の響きを帯びていた。

ノラは唇を噛み、言葉を絞り出す。


「……犠牲を選ぶのは、王の務めかもしれない。

だが……夢を奪われた者たちの声は、誰が拾うんだ」


広間に重苦しい沈黙が落ちた。

ブルの瞳がわずかに揺れる。

だがすぐにその光を封じ、背を向けた。


「お前の問いは愚かではない。だが答えは、まだ与えられぬ」


その声には苛烈さと同じだけの、深い哀しみが滲んでいた。


重々しい足音とともに扉へと向かい、ブルは最後に言葉を残した。

「未来を語る資格は、過去を知る者にしかない。

お前たちがそれを得る時……再び話そう」


扉が閉ざされると、広間には静寂だけが残った。

ノラの胸には――解けぬ問いと、燃えるような疑念だけが重く刻まれていた。

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