第24話 王女ミロ
巨体のブル王が一歩退いたその後ろから、静かな足音が響いた。
現れたのは、一人の少女――王女ミロ。
父とは対照的に、しなやかな身体と柔らかな眼差しを持っていた。
だがその奥には、燃えるような意志が宿っている。
栗色の毛並みを揺らし、堂々とノラとクロの前に歩み出た。
「……あなたが、ノラですね」
澄んだ声が広間に響く。
ノラは思わず息を呑んだ。
恐れも媚びもない、真っ直ぐな視線――それは戦場で剣を交える者の目だった。
クロが丁寧に一礼する。
「王女ミロ殿にお目にかかれるとは光栄です」
だが、ミロはクロには目を向けず、ただノラを見つめ続けていた。
「私はリーフラ族の王女、ミロ。
父と違って……私は、あなたのように“夢”を信じる者に会いたかった」
「夢……?」
ノラの声が低く漏れる。
ミロは柵の向こうで見たトヒの姿を思い起こすように、静かに続けた。
「平和を守るために、我らはトヒから夢を奪った。
けれどそれは同時に……自分たち自身も夢を諦めることだった」
その言葉は、ノラの胸を突いた。
リーフラ族が家畜化を選んだ理由――それは力ではなく、哀しみと覚悟からだった。
「ノラさん。あなたは違う道を示せるかもしれない。
だから私は……あなたの旅を見届けたい」
真剣な眼差しに、ノラは言葉を失う。
クロもわずかに驚いた表情を浮かべた。
ブル王が低く咳払いをした。
「……王女よ。その想いは軽々しく口にするものではない」
だがミロは一歩も退かず、父へと向き直った。
「父上、私は王族である前に、一人のナチュラビストです。
夢を諦めることは……もうしたくありません」
広間に緊張が走る。
しばし沈黙の後、ブルは豪快に笑い声を上げた。
「ははは! 血は争えぬな。
……好きにせよ。ただし、その選択の重さは自ら背負え」
ミロは深く頭を下げ、再びノラを見据えた。
ノラはその瞳の強さに、戦士として、そして一人の存在として敬意を覚えた。
「……あんたは、ただの王女じゃないな」
ミロは静かに微笑む。
その笑みは、ノラの胸に新たな灯をともした。




