第199話 大団円
春を告げる風が、北東湖の水面をやさしく揺らしていた。
戦争の音も、泣き声も、もうどこにもない。
その代わりに、子どもたちの笑い声が森へと溶けていく。
ナナシの世界に、静かな平和が訪れていた。
草花は再び芽吹き、鳥は歌い、各地の王たちは手を取り合いながら、新しい時代の礎を築いていた。
「争いのない国を」
「互いを尊重する文化を」
――それが、この時代の旗印となった。
――北東湖。
鏡のような湖面に、七色の光が差し込む。
ノラ、クロ、タロ、イヴ、ミロ、ティカ、オロチ、そしてシロが、湖畔に集まっていた。
久しぶりに全員が顔を合わせ、穏やかな笑みを交わす。
「ノラ、もう旅は終わりかい?」とシロが笑う。
ノラは湖に石を投げ、軽く肩をすくめた。
「そうならない様に、これから皆でやってくさ。」
タロが冗談交じりに言う。
「もう危ないことは懲り懲りだよ!危険は、お腹いっぱい!」
イヴが隣で微笑みながら小突く。
「でも、あなたが一番ワクワクしてた顔してるわよ。」
みんなが笑った。
その笑い声は風に乗って、湖の上へと広がっていく。
ティカが空を見上げ、ふとつぶやく。
「この空も、昔は殺伐としていた。だけど今は……こんなにも優しい。」
ミロが頷き、湖に手を伸ばす。
「命は巡りますもの。それぞれの想いが、みんな次の芽を育ててくれる。」
オロチは少し照れくさそうに笑い、泥のついた拳を見つめた。
「俺はまだ不器用だけどさ。……これからも、守るために頭を使う。」
クロがその肩を軽く叩いた。
「十分だよ、オロチ。みんなが自分の道を見つけた。それが何よりの証だ。」
クロが目を細めて笑う。
「兄さん、チロも今日呼びたかったんだけど仕事が忙しいみたいで。変わらず元気だよ。」
「そうか。それは良かった。」
シロは優しく微笑み、遠くを見つめた。
「この世界は、もう“名もなき場所”じゃない。みんなの生き様が、その名になる。」
その言葉に、ノラは静かに頷いた。
「……ナナシの世界。けど、もうナナシじゃない。
誰もが名を持ち、想いを持って生きていく世界だ。」
ティカが柔らかく笑う。
「じゃあ、次は“名前をつける会”を開かなくちゃね。」
イヴが頷き、タロと顔を見合わせる。
「いいわね。それぞれの夢を込めて、みんなで決めよう。」
その時、空に虹がかかった。
七色の光が湖面を照らし、鳥たちが一斉に羽ばたく。
まるでこの世界そのものが祝福を送っているかのようだった。
湖のほとりには、マナスと龍が静かに佇んでいた。
二人は仲間たちを見つめ、穏やかに微笑む。
「龍よ。あの子たちが築いた未来をそっと見守り下さい。」
「マナス。彼らの光があれば、この世界はもう大丈夫だ。」
ノラはみんなの顔を見渡し、少し照れくさそうに言った。
「なぁ……また、こうやって集まろう。約束だ。」
「おう!」「もちろん!」「絶対!」
――それぞれの声が重なる。
風が吹き抜け、湖面に波紋が広がる。
七つの影が揺れ、やがて一つの光に溶けていった。
そして、空に新しい朝が訪れる。
それは“ナナシ”という名を超えた、新しい世界の始まりだった。
こうして、彼らの物語は幕を閉じた。
だがその旅の続きは、まだこの青い星のどこかで、静かに息づいている。




