第196話 旅の終わり
復興の鐘が鳴り響き、レプタの空には穏やかな雲が流れていた。
恐竜との戦いが終わってから半年。各地では笑い声が戻り、再び商人の歌が街を彩っていた。
その夜、南東湖に集まったノラたちは焚き火を囲み、穏やかな時を過ごしていた。
火の粉が舞い上がり、風に乗って夜空へと消えていく。
「……復興は落ち着いたが本当の復興はこれからだな。」
クロが焚き火の向こうで呟く。
「そうね。私は空族の次期女王になる為にこれからも学び続ける。」
ティカが微笑み、羽根をたたむ。
「私もです。種族の垣根を越えるためにも、トヒがもっと優遇される日を作る為にも。」
ミロの声は静かで、どこか誇らしげだった。
イヴは膝を抱えながら、優しく言った。
「私、もう泣かないよ。だって、みんながいるもん。」
隣でタロが微笑む。
「うん、これからはもっと“笑ってる夢”を見ようね。」
焚き火の音だけがしばし彼らを包み、
誰もがそれぞれの心に“終わりと始まり”を感じていた。
オロチが立ち上がり、夜空を見上げる。
「……長かった。けど、みんなのお陰で生き残った。それだけで十分だ。」
クロが頷き、拳を軽くぶつける。
「そうだな。生きてる限り、何度でも立ち上がれる。」
焚き火の炎が、まるで過去を焼き流すように揺れた。
翌朝、ノラは小さな包みを背に森を歩いていた。
目的地は、あの戦場を越えた先にある“花咲く丘”。
そこには、白い髪を風に揺らすビャクが待っていた。
「遅いわ。破邪衆の一席の六破が寝坊なんて、同じ六破として見過ごせないわね。」
腕を組みながらビャクがからかう。
ノラは苦笑しながら手を上げる。
「悪い悪い。途中でクロに引き止められてさ。“ビャクとデートに行くのか?”ってからかわれてさ。」
「ふふっ、まるで子どもね。」
ビャクはそう言って、草原を一歩踏み出す。
二人の足元には、小さな花が一面に咲き誇っていた。
「ねぇ、ノラ。」
ビャクがふと立ち止まる。
「あなたは、もし戦いがなかったら……何をしてた?」
ノラは空を見上げ、少し考えるように息を吐いた。
「たぶん……ただの軍人のままだったさ。でも、今は違う。旅で仲間を知って、世界を知った。」
「……そう。」
ビャクは小さく頷き、ノラの肩にもたれる。
「じゃあ、これからはノラと二人で一緒に暮らせるわね。」
「えっ……え、えーー!?ビャク本気か!?」
ノラの耳がぴくりと動き、顔が一瞬で真っ赤になる。
「ふふ、そこまで驚くこと?」
「いや、だって……その、覚悟が……」
「もう。戦場ではあんなに強いのに、こういうときは弱いんだから。」
ビャクは肩をすくめ、そっとノラの頬に手を当てる。
「それ以上は――私に言わせないで。」
ビャクはそっと呟き、ノラの手を握った。
風が吹き、白い花びらが舞う。
月明かりが二人を包み、静かな虫の声が丘に響く。
ノラは照れながらも微笑み、ビャクの手を握り返した。
「……ビャク、ありがとう。戦いのないこの景色を、君と見られてよかった。」
「これからは、戦うためじゃなく共に生きるために隣にいるの。」
ビャクの声は、夜風に溶けて優しく響いた。
その丘の上で、
“猫族の戦士”ノラではなく、
ひとりの“青年ノラ”としての夜が、静かに過ぎていった。
星が流れ、風が止む。
そして夜明けの光が差し込む頃、
二人の影が並んで伸びていった――。




