第195話 平和の兆し
恐竜との長き戦いが終わり、焼け落ちたレプタの大地に、ようやく柔らかな風が吹いた。
焦げた土の匂いが薄れ、どこからともなく草花の芽が顔を出す。
崩壊した村々には、各族が肩を並べて立っていた。
沼族は水を引き、空族は上空から物資を運び、犬族と猫族は瓦礫を片付け、リーフラ族は建築及び負傷者の手当てをしていた。
ノラは額の汗をぬぐいながら、笑顔で声をかける。
「おいクロ、そこ、梁がまだ緩んでるぞ!」
「わかってる。お前こそ手止めんなよ!」
二人は笑い合い、いつの間にか空に伸びる白い雲を見上げた。
「……終わったんだな。」
クロが呟く。
「いや、これから始まるんだ。平和ってやつが。」
ノラは静かに応えた。
近くではミロとティカが子どもたちに食糧を配っていた。
「怖い夢を見た子もいるでしょう? でももう大丈夫。朝が来たわ。」
ティカの声は羽音のように優しく、ミロの指先からは小さな光の粒が零れ、子どもたちの傷を包んでいく。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「うん。今度は君たちが、この国を照らす番だよ。」
ミロは笑い、手を振った。
その頃、レプタの崩れた遺跡群の祭壇で、ベルルが、民の前に立ち、静かに頭を下げた。
「沼族はこれまで間違えた道を歩んでしまっていた。だから今日この日から平和と協調、未来を、皆の手で取り戻す。どうか皆の力を貸してほしい。」
民たちは歓声を上げる。
その背後には、鎧を整えたオロチがいた。
「ベルルさん……いや、沼王。俺はあなたの右腕として、レプタを立て直して側で学びます。」
「オロチ、君がいてくれて心強い。トール様も南東湖から見守ってくれている。」
「ベル……そして父様……。ようやくレプタが平和な時代を迎えられるよ。」
オロチは鬱然とする木々の隙間から空を見上げ、拳を握った。空には揺れる雲と、木々の隙間から陽の光が遺跡群をそしてレプタの民を照らした。
その夜、復興途中の仮設広場で、各族の王たちが集まった。
焚き火の明かりが円卓を照らし、炎がゆらめく。
ノラが立ち上がり、周囲を見渡した。
「戦いは終わった。でも、まだ俺たちは“勝った”わけじゃない。本当の平和は、誰も見下さないことから始まるんだ。」
クロが頷きながら言葉を継ぐ。
「そうだ。力を競う時代は終わった。これからは守るための力を磨くべきだ。」
ティカは翼を広げ、炎の光を受けて金色に輝いた。
「空の上から見てたわ。みんながひとつになって働いてるの。…とても綺麗だった。」
ミロが穏やかに微笑む。
「恐怖ではなく、希望で動く世界。絶対作れるよ。だって今、私たちがここにいるんだから。」
タロとイヴが顔を見合わせ、小さな声で言う。
「ねえ、イヴ。オロチも、ノラも、みんな笑ってる。」
「うん……“生きる”って、こんなにもあったかいんだね。」
その瞬間、夜空を裂くように星が流れた。
誰かが息を呑み、ティカが羽根をはためかせて空を見上げる。
「見て、星が…まるで新しい夜明けを祝福してるみたい。」
ノラは小さく笑い、焚き火に枝をくべた。
「だったら、俺たちの時代は――今、始まったんだな。」
炎がぱちりと弾け、仲間たちの顔を照らす。
その光は、もう二度と消えることのない“平和の兆し”だった。




