第193話 最後の願い
脅威は去った。
ナチュラビストたちが絶望しかけた戦場に、ようやく静寂が訪れた。
負傷した者たちは倒れた仲間を抱え、統一政府の中庭で治療を受けていた。
土の匂いと血の匂いが入り混じる中、皆の目は一つの場所に向いていた。
――そこには、倒れて動かなくなったオロチの姿があった。
彼の隣には、四つのひび割れたルーン石が光を失い、ただ静かに転がっている。
ノラはその前に膝をつき、拳を握りしめた。
「お前の覚悟……沼族の誇りしっかり見届けたよ。オロチ。」
クロが唇を噛み締める。
「俺たちが守るはずだったのに……お前が全部背負っちまった。」
ティカが震える声で言う。
「彼の願いが……世界を救ったのね。」
ミロが静かに目を伏せた。
「彼なら沼族を…レプタをいい方向に導けたハズだったのに……。」
「まだ、一緒に遊べてないよオロチ……。」
タロとイヴは泣きじゃくる。
その瞬間――。
突風が吹き荒れた。
空気が震え、大地が鳴る。
兵たちが思わず身構える。
「な、なんだ!? 敵か!?」
「恐竜の残党か!?」
混乱の声が上がる中、クロが即座に叫んだ。
「落ち着け!構えるな!」
空を裂くような光が走り、巨大な影が統一政府の中央広場に降り立つ。
鱗は光を反射し、金の瞳が戦場を見下ろした。
――龍。
その圧倒的な存在感に、誰もが息を呑む。
地上の生物すべてが、本能的にひれ伏すような気配だった。
各湖王たちは即座に龍を認知し、龍に向かい地に膝を付き敬意を現す。
「こ、この方は……敵じゃない!」
空王イーガが声を張る。
「龍は、“北東湖の守護者”だ!恐れるな!」
「まさか…龍に会えるとは……。」
三人は呟きながらもブル、チャピ、ライガも王の身分を気にせず龍に敬意を表す。
ノラも続けた。
「龍は世界の味方だ!」
兵たちの動揺が静まり、広場に再び静寂が戻る。
龍は長い首をもたげ、黄金の瞳を閉じた。
「間に合わなかったか……だが――間に合った。」
その声は、空気そのものを震わせるように響いた。
クロが眉を寄せる。
「どういう意味ですか……?」
龍はゆっくりとオロチの亡骸へ視線を向けた。
「お前の兄シロと同じく勇敢な魂が、この地を世界を救った。」
「彼の祈りは“正しい願い”として受け入れられ叶った。そしてまだ魂は完全に離れていない!」
ノラが前に出る。
「まさか……。オロチを生き返らせることができるんですか……?」
ノラの言葉に龍は一度無言で頷き言葉を続けた。
「我の力を貸す。ルーン石はヒビ割れているがまだ使える!」
「もう一度オロチが……?」
タロが問う。
龍は静かに目を細める。
「ルーン石は、この願いが最後となり砕けるであろう。千年の時が経てばまた何処かで生まれる思うがな。」
ノラが拳を握った。
「ルーン石が無くても……それでも、あいつにもう一度、生きてほしい。」
クロも頷く。
「オロチは、みんなの希望をそして沼族としてレプタの未来を繋いでくんだ。あいつのいない未来が世界には必要です。」
ミロが涙を拭いながら言う。
「龍よ……どうか、彼の魂を導いてください。」
龍は天を仰ぎ、長い尾をゆっくりと振る。
空が裂けるように光が広がり、四つのヒビ割れたルーン石と月の石が宙に浮かび上がり光を帯びる。
光を帯びた石たちが、オロチの身体の上を舞う。
その一つひとつが、小さな命の鼓動のように脈打ち、やがて淡い光に変わる。
「これは……」
ティカが息を呑む。
龍の声が重なる。
「これは彼の願いが、まだ終わっていない証だ。」
ノラはオロチの手を握り、低く囁いた。
「戻ってこい、オロチ……。お前とベルの願いは、まだ叶っちゃいねぇ!」
龍が静かに目を閉じる。
「では……“最後の願い”を叶えよう。」
次の瞬間、光がオロチを包み込んだ。
風が吹き抜け、草木がざわめく。
オロチの身体が、淡く光を帯びて――動いた。
「……嘘、だろ……?」
クロが息を呑む。
ノラの瞳が、確かな希望の光を宿す。
龍は天を仰ぎ、一言だけ残した。
「世界は、勇気ある者を必要としている。」
そしてルーン石と月の石は、砂となり消えた。
――戦場だった場所には再び、優しい風が吹き抜ける。




