第19話 交わらぬ信念
農場を後にしたノラとクロは、帰路にあった小高い丘へと足を運んでいた。
そこからはハコニワの全景が見渡せ、草原と砂漠が織り成す街並みが夕陽に照らされていた。
二人の間には、重たい沈黙が流れていた。
やがてノラが口を開く。
「……見ただろ、クロ。
トヒは家畜じゃない。同じように心を持っていたはずだ。
夢を奪われて、あんな姿にされて……」
クロは首を振った。
「それでも、今の秩序は彼らのおかげで保たれている。
肉食も雑食も、トヒを糧にすることで衝動を抑えられた。
兄さんが守ろうとした平和は、あの形の上に築かれているんだ」
ノラは食い下がる。
「平和のために、誰かの夢を奪っていいのか!?
……それじゃ、歴史で習う旧人類と同じだ」
クロの瞳が鋭く光る。
「ノラは感情に流されすぎる。
司法警察として言う。秩序を守るには“犠牲”が必要だ」
「犠牲……? それを選んでいいのは、誰なんだ」
ノラは義手をわずかに震わせた。
二人の視線がぶつかり合い、火花が散るような緊張が走る。
やがてクロは、低く呟いた。
「……兄さんも同じだ。犠牲になって、俺たちを生かした」
ノラは一瞬言葉を失う。
胸の奥に、シロの最期の姿が鮮明に蘇った。
それは反論を封じる痛みだった。
だが、それでもノラは譲らなかった。
「……だからこそ、俺は答えを探す。
シロの死も、トヒの在り方も……全部、確かめるまで止まらない」
クロは目を伏せ、しばし沈黙する。
やがて小さく息を吐き、背を向けた。
「好きにしろ。だが俺は秩序を守る。それが司法警察としての道だ」
夕陽が沈み、二人の影は長く伸びた。
重なりそうで、決して交わることはなかった。
二人は静かにヤマトへ帰路を歩めた




