第168話 杖との呼吸
ヤマト無双流の道場総本山。
朝の光が差し込む中、ミロは先ほどの杖術の訓練を終え、汗を拭いながら深呼吸していた。
「ふぅ……やっぱり、杖は奥深いですね。」
ミロは静かに呟く。
昨日学んだ“間と呼吸で制す”感覚がまだ体に残っている。
しかし、頭では理解できても、筋肉と心が完全に同調していないことを感じていた。
「いいわ、その意識よ。」
ビャクは隣で杖を回しながら、妖艶な微笑を浮かべる。
「次は、単純な動きではなく応用よ。実践を意識しなさい。」
ミロはうなずき、道場の中央に静かに足を踏み入れる。
「応用……ですか?」
「えぇ。相手は決して一方向から攻めては来ない。間を読む力、呼吸を読み取る力、そして心の動きもね。」
ビャクは杖を軽く振り、空気を裂く音を立てる。
その鋭さに、ミロは自然と身を引く。
「杖を振る時、力だけで振らない。全身で攻め、全身で守る。それを意識するのよ。」
ミロは杖を握り直し、呼吸を整える。
昨日とは違い、攻守の切り替えを意識した軽いステップを踏む。
ビャクの杖が一瞬間を空けて迫る。
ミロは反応し、かわしながらも即座にカウンターの動きを試す。
「……これですね、全身で杖を使う感覚!」
ビャクは頷き、軽く杖を振る。
「いいわ。でも忘れないで。戦いは一瞬の判断よ。間違えればすぐに形勢が逆転する。だから意識を集中させなさい。」
ミロは集中力を高め、草むらの影や微かな風の揺れまで視界に入れる。
杖の先に意識を集め、ビャクの動きを読む。
その感覚が体に染み込む瞬間、ミロの動きは昨日よりも滑らかになった。
「……体が自然に動く……」
ビャクは微笑みながら杖を地面に軽く叩く。
「そう。今の感覚を忘れないで。守るだけでなく、相手の意図を崩すことも戦いの一部なの。」
ミロは息を整え、ふと空を見上げる。
朝の光が差し込み、影が長く伸びる道場。
仲間を守るために、まだ足りない力があることを感じつつも、少しの自信が芽生えた。
「ありがとうございます、ビャクさん。昨日より、少しでも杖と呼吸が一体になれた気がします。」
「ふふ、いい表情になったわね。これからは杖術を使った槍術の応用訓練が増増やすわ。そうすれば貴方は槍を使いこなせる。」
ビャクの目には期待と軽い挑戦の光が宿る。
「でも、貴女ならできる。王女としてではなく、一人の戦士として成長する力があるもの。」
ミロは杖をしっかり握り直し、微笑む。
「はい。私は皆を守る力を、必ず手に入れます。」
風が吹き抜け、木々が揺れる。
訓練所に立つ二人の影が長く伸び、互いの決意を映し出す。
今日の訓練は、単なる技術習得だけではなく、心の覚悟を深める一歩となったのだった。




