第165話 獣心の胎動
陽が傾き始めた道場。
木床にはまだ儀式の紋様がうっすらと残り、空気には血の気配が漂っていた。
タマモとポンタが見守る中、ノラは正座し、深く息を整えている。
「……これが、古代種としての最初の試練だな」
ポンタの声には期待と警戒が混じっていた。
タマモは九尾をたたみ、静かに頷く。
「恐れるな。血はもう応えている。あとは受け入れるだけ……。我々もそうだった。」
ノラの瞳が淡く光り、全身に熱が走った。
骨が軋み、毛が逆立ち、背中の筋が隆起する。
次の瞬間、牙が伸び、喉の奥から低く唸る咆哮が漏れた。
「……っ、ぐ……ぅぅぅあああッ!!」
蒼い光が爆ぜ、ノラの身体が変化していく。
腕には獣の筋が浮かび、指の爪は黒鉄のように鋭く尖った。
その姿はまさに――剣歯虎と猫が融合した“古代種の片鱗”。
「こりゃあ……ヤベェな。タマモ、あんな牙見たことないよ!完全にただの古代種じゃない!」
「ええ。古の戦神の血が、確かに流れている……!」
ノラは頭を抱え、床を叩きつける。
木床が砕け、風が渦を巻く。
理性を失いかけた瞳が紅く光り、タマモとポンタを射抜いた。
「来るぞッ!」
次の瞬間、ノラが疾風のように跳んだ。
タマモは薙刀を構え、九尾の炎をまとわせる。
ポンタは体を拡張し、古代の武人の如き姿で拳を構えた。
衝撃音が響く。
ノラの一撃は重く、速い。まるで生きた刃の奔流。
タマモの防御を突き破り、ポンタの胴をかすめた。
「ぐっ……! 速ぇ……! これがノラの古代種の力かよ……!」
「この強さ……もしかしたらレオンよりも強い…?」
タマモの言葉にポンタは眉をひそめた。
「こりゃちょっとマズイな……!」
ノラは雄叫びを上げ、天井を突き破る勢いで跳躍した。
木屑が舞い、風圧が道場を揺らす。
タマモとポンタが応戦するが、ノラの動きは既にその上を行っていた。
そこへ、訓練場の外から重い足音が響く。
「……これは、想定外だ」
姿を現したのは、金髪の獣人
六破最強と謳われるレオンだった。
クロとともに駆け込み、ノラの暴走を見据える。
「あの時のライガをも凌ぐ……!まさか、ここまでとはな……!」
「レオンさん! ノラが……!」
クロの声が震える。
レオンは手に持っていた木剣を捨て
背負っていた戦斧を握り、短く息を吐く。
「なら確かめるまでだ。六破最強が誰かを、な──!」
斧の刃とノラの爪がぶつかり、蒼と金の閃光が交差した。
だが、ノラの一撃がレオンを後方に弾き飛ばす。
「くっ……! まるで獣神の咆哮だ……!」
タマモが叫ぶ。
「これ以上は危険か…!」
ポンタが応じる。
「いや、止めるしかねぇ…今ここで!」
三人が同時に飛びかかるが、ノラの咆哮が全てを吹き飛ばした。
道場の柱が折れ、瓦が宙に舞う。
クロは震える足で一歩踏み出した。
「ノラ……どうしちまったんだ……!たくさん乗り越えてきたじゃないか…。」
だが、暴走する獣の瞳には届かない。
ノラは赤く血走り紅に光らせた目を
皆に向け腰からヒトフリを抜き
制御不能の最狂となったノラがその場の全員に襲いかかる。
その時、一瞬風が優しく流れ光が柔らかく揺れた。蒼と紅の狭間に、白い影が差し込み静かな声が響く。
「ノラ、大丈夫よ……もう貴方は一人じゃない」
そこに立っていたのはビャク。
白銀の髪が揺れ、彼女はゆっくりとノラに歩み寄る。
「思い出して。貴方が守りたいものを──」
ノラの瞳が揺れた。
紅い炎が一瞬、淡くなり、牙がわずかに縮む。
ビャクはその胸に手を添え、ノラを優しく抱きしめた。
「もう……大丈夫」
その声とともに、暴風が止む。
ノラの身体から光が抜け、道場に静寂が戻る。
崩れた床の上で、ノラは膝をつき、深く息を吐き気を失った。
タマモが安堵の笑みを浮かべる。
「……ビャクがいなければ、正直止められなかったね」
ポンタが肩をすくめ、笑う。
「さすがビャクちゃんだ。愛の力ってやつか?」
「制御できなければ、ノラが世界を先に滅ぼすのではないかと不甲斐なく焦りを感じてしまった」
とレオンは息を荒げながら汗を拭う。
クロは真っ先に倒れたノラに駆け寄り、遅れて駆けつけたミロとティカとシバ、グイと居たタロとイヴ皆は
心配そうにノラを見つめる。
ノラは息を荒げビャクに抱かれたまま意識取り戻し、ビャクに小さく頭を下げた。
その瞳には、もう暴走の光はない。
ノラは少し休み
「皆迷惑かけました。」
と頭を下げて
すぐにまた鍛錬を開始する。
暴走した自分の武力には誰も通じなかったが、ビャクが抱きしめたことにより
収まったと聞きノラは頬を赤らめながら
「ビャクに感謝しなきゃ…」
と照れくさそうに心で呟く。
そうして、タマモとポンタと古代種化の制御をしながら
その力を手にした。
だが、誰もが確信していた。
――この日、ノラは
“六破最強”の名を手にした、と。




