第16話 揺らぐ秩序
夜のヤマト。
街の広場には灯籠が揺れ、風車が低い唸りを響かせていた。
その下で、クロは一人、司法警察の通信端末を操作していた。
淡い光に浮かび上がったのは、統一政府本部からの指令。
――「トヒに関する過剰な調査を控えよ」
クロの眉がわずかに動いた。
兄の死の真実を追うことは、すでに司法警察内部で“危険視”されている。
(……やはり、何かを隠している)
背後から足音。
振り向くと、同僚の司法警察官たちが二人立っていた。
「クロ。最近、お前の動きが怪しいぞ」
「過去に囚われすぎるな。……上も目を光らせてる」
声音は忠告のようでありながら、どこか探りを含んでいた。
クロは冷ややかに返す。
「心配には及ばない。任務は遂行している」
二人が去った後、クロは深く息を吐く。
秩序を守る組織の中でさえ、亀裂が走っている。
司法警察は“真実”を求める場所ではなく、“秩序”を守るためなら隠蔽すら選ぶのだ。
クロは拳を握りしめた。
(俺は司法警察の犬じゃない。……兄さんの弟だ)
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一方その頃。
ノラは議事堂の裏手にある静かな広場にいた。
机の上に置かれたのは、討伐の返礼で得た“レコード”と呼ばれる円盤。
黒い円盤に刻まれた溝を、義手の指でなぞりながら光にかざす。
その瞳は、戦士ではなく研究者のものだった。
「……トヒは、こんなものを一から発明したのか」
音を記録する技術。
それは単なる道具ではなく、彼らが“想いを形に残そうとした証”だったと推測する
ノラの胸に芽生えたのは
怒りでも憎しみでもなく敬意。
(トヒは……本当に“家畜”だったのか?)
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「ふむ、面白いものを見ているな」
背後から柔らかな声。
振り向けば狐のナチュラビスト、タマモが佇んでいた。
金色の瞳は月光を映し、不思議な妖艶さを帯びている。
その隣には丸い腹を揺らす
狸のナチュラビスト、ポンタ。
愛嬌ある笑みを浮かべながらも、その瞳は鋭く
油断のならない光を宿していた。
「……犬族の破邪衆か」
ノラが低く呟く。
タマモはふっと微笑んだ。
「久々だなノラ。我らは今も犬王の“王の耳と目”。……ノラ、お前の動きも監視対象に入っている」
ポンタが尻尾を揺らし、どこか飄々とした口調で言う。
「でもまぁ、悪いようにはしないさ。オレたちもこの街を守るのが役目だからな」
ノラは義手を握りしめ、視線を逸らさずに答えた。
「……守る、か。なら訊かせろ。トヒは、本当に“平和の象徴”なのか?」
一瞬、二人の腹心は言葉を失った。
やがてタマモが静かに笑う。
「その答えを知りたければ、もっと深く、この世界に関わることね」
ポンタも頷き、背を向けた。
「ノラ、お前の目はまだ曇ってる。だが……面白い奴だ。グイは元気か?」
二人の犬王の側近は月光の下に溶け、やがて闇に消えていった。




