第15話 兄の面影
ライガの腹心たちと対峙した後、ノラとクロは議事堂を出て、静かな裏路地を歩いていた。
先ほどの緊張がまだ肌に残っている。風が鉄の匂いを運び、遠くで金属を叩く音が響いた。
クロが足を止めた。
夕陽に照らされたその横顔は、いつもよりも影が濃かった。
「……ノラ」
「なんだ」
クロは躊躇いながらも、ポケットから一枚の紙片を取り出した。
それは古びた記録紙で、司法警察の封印印が押されている。
「兄――シロの最後に関する報告書だ」
ノラは息を呑む。
クロは紙片を握りしめたまま、低く続けた。
「公式には“戦場で戦死”。……だが、内部には別の証言がある。
兄を襲ったのは、人間――トヒだった、とな」
ノラの目が大きく見開かれる。
「トヒ……? だがトヒは家畜化され、抵抗する力など……」
「そう思うだろう。だが、その証言者は空族の兵だ。
“白い狼と共にいたトヒが、奇妙な光を放った”――そう記されている」
ノラの脳裏に、あの悪夢の光景がよぎった。
――純白の毛並みを赤に染めたシロ。
――その背後に飛び去っていった空族の影。
「……夢じゃなかったのか」
義手がきしむほどに握られる。
クロの眼差しは揺らがず、硬く結ばれていた。
「俺は司法警察として、事実を追う。
それが兄のためであり……自分自身のためでもある」
ノラは深く息を吸い込み、吐き出した。
「なら、俺も確かめる。
シロの死は……“ただの戦死”で片付けられるものじゃない」
二人の視線が交わる。そこには疑念も、対立もあった。
だがそれ以上に、“同じ答えを求める”決意が宿っていた。
やがて夕陽が沈み、街の灯がともり始める。
その光の中で――シロの面影は、なおも二人の胸を締め付け続けていた。




