第146話 懐かしき白さ
試練を乗り越えたノラ、クロ、ミロ、タロ、イヴは、深い湖の畔でゆっくりと意識を取り戻した。
湖王マナスの温かな光と、傍に立つティカの穏やかな微笑みに包まれ、五人は互いに安心の笑みを交わす。
「よく耐えましたね。皆さん」
とマナスの声が湖面に柔らかく響く。
ティカも優しく頷き、肩に手を置きながら「本当に、よく頑張った」
と労いの言葉をかけた。
五人の心には、もう一つの期待があった。
龍に会えるのではないかという、静かな高揚感である。
すると、湖面の霧の奥に白い光がふわりと揺れ、まるで水の上を歩くかのように漂ってきた。
光は次第に形を取り、ノラとクロの視線が釘付けになる。
「……!!!!!!シ、シロ……?」
ノラの声は自然と震えた。
霧の中から現れたのは、真っ白な犬族。
かつてノラの親友であり戦友、クロの実の兄であるシロだった。
背筋がぴんと伸びる端正な姿に、ミロ、タロ、イヴの三人は息をのむ。
初めて見る白き犬族の威容は、ただならぬ存在感を放っていた。
「兄さん…!」
クロは思わず駆け寄ろうとした。
ノラも叫ぶ。
だが、シロは姿を現してからは一歩も動かず、口を開かない。
静かに立つ姿に、言葉は届かないことが一目で分かる。
クロがさらに前に出た瞬間、シロは柔らかく突き飛ばす動作を見せた。
そのまま両手に双剣を抜き取り、冷たく言い放つ。
「参る」
驚きとショックで固まるクロ。
その下へ咄嗟にノラが駆け込み、手にしたヒトフリを抜いて双剣と刃を交わした。
刃の衝撃が湖畔に鋭く響く。
「実の弟に何してんだ…!」
ノラの悲しみと怒り、そして焦りが声に滲む。
だが、シロは静かに言い放つ。
「龍に会いたければ、まずこの黒き犬族が試練を受ける。君たち二人。犬族か猫族のどちらかが、僕に勝てれば龍から謁見を許される。勝てたらな……」
ノラを吹き飛ばすその腕は冷たく、厳しさに満ちていた。
湖の霧は二人の間を隔て、張り詰めた空気が辺りを支配する。
クロは涙を拭い立ち上がり、状況を理解した。両腕に狼牙を握りしめる。
「兄さん、宜しくお願いします。」
その声に、シロは誰にも聞こえぬ声で小さく
「懐かしいな……」と呟く。
深い静寂の中、兄弟の視線が交わる。
湖面に広がる霧が二人を包み、試練の幕が開いた。
クロの決意とシロの圧倒的な存在感
その緊張感が、湖の上を歩く白い影の光と相まった。
湖畔全体に静かで凛とした気配を漂わせた。
目の前に立ちはだかるのは、ただの親族ではない。
龍への道を切り開くための、過去と現在を繋ぐ最大の試練。
ノラ、クロ、ミロ、タロ、イヴ。
五人の胸は高鳴り、未来への覚悟を改めて固めた。
湖の霧は深く、白き犬族の姿は静かに光を揺らせながら、その存在感を増していく。
驚きと戸惑いから始まった急な試練が始まった。




