第145話 ハコニワ産まれの3人
深い霧が心の湖を覆い、ミロ、タロ、イヴの三人はそれぞれ孤独な記憶の中へと閉じ込められていた。
目を開けても、そこに広がるのは過去の幻影。
逃げ場はなく、心の弱さを容赦なく映し出す試練が彼らを蝕んでいく。
ミロの前に現れたのは、幼い頃に亡くなった母の幻影だった。
「お母様……」
ミロは震える声で呼びかける。
だが母は答えず、ただ幸せそうに他の子供たちと手を繋いで歩いていく。
庭園で親子が笑い合う姿、広場で子供が母の膝に飛び込む姿。
そのどれもが、幼いミロには決して手にできなかった光景だった。
「どうして……私は王の娘であるはずなのに、こんなにも一人ぼっちだったの?」
父は王としての務めに追われ、四天王に囲まれて育てられた幼少期。
王女として守られながらも、心の奥ではただ母に甘えたかった。
手を引かれ、景色を共に見て、声をかけてほしかった。
幻影の母は微笑みながら別の子供を抱き上げ、遠ざかっていく。
ミロはその場に膝をつき、喉の奥から絞るように声を洩らした。
「私も……ただ、お母様の子供として抱きしめてほしかった……」
だが次の瞬間、彼女の胸に浮かんだのは今の仲間たちの顔だった。
ノラの真っ直ぐな眼差し、クロの支えるような背中、タロとイヴの笑い声。
彼らと共にいる時、自分は決して一人ではないと知っている。
「……そうね。私はもう孤独じゃない。皆がいるから」
涙を拭ったミロの周りに光が広がる。
幻影の母が振り返り、柔らかに微笑んで消えていった。胸の奥に温もりだけが残り、ミロはまっすぐ立ち上がった。
タロの目の前には、無数のトヒたちが群れていた。
みな似た姿をしているのに、誰も言葉を発しない。
タロが「ねえ、遊ぼうよ!」
と声をかけても、無言で遊びに付き合ってくれる空っぽな同じ子供たち。
大人は虚ろな瞳で見つめるだけ。
やがてナチュラビストが現れ、彼を粗雑に押しのけた。
「お前は変わり者だ。ここにいろ」
言葉を持つ特異な存在として、特別な小屋に押し込められた日々。
閉ざされた扉の冷たさが胸を締めつける。
「どうして僕だけが違うの……?どうして僕ばっかり……!」
孤独と怒りに声を上げるが、返事はない。
その時、タロの心に浮かんだのはイヴの姿だった。
泣きそうな顔の彼女を見て「僕が笑わせなきゃ」と必死にふざけていた自分。
イヴが微笑んだ瞬間の嬉しさ。
「僕は……イヴを守りたいんだ。僕が明るくしなきゃいけないんだ!」
子供らしい力強い叫びと共に、暗闇を押しのける光がタロの周りに広がった。
孤独の小屋は消え、彼は真っ直ぐ前を見据えた。
イヴの周りでは、ナチュラビストの影が冷たく囁いていた。
「お前はただのトヒだ。言葉を持つ者ではない」
突き飛ばされ、石ころのように扱われた記憶。
周囲のトヒたちは声もなくただ並んでいる。
イヴは唇を噛み、心が折れそうになった。
しかし、思い出す。
いつも隣にいてくれたタロ。
無理をしてでも明るく振る舞い、自分を笑わせてくれた自分と変わらない唯一の子供。
夜、彼が背を向けて泣いていたことにも気づいていた。
「タロ……あなたはお日さまみたい。でも、本当は無理してたんだよね。今度は私が……お月さまの明かりみたいに、あなたを包んで癒したい」
その言葉と共に、イヴの胸から柔らかな光があふれ出す。
タロを見つめる瞳は揺らぎなく、深い優しさで満ちていた。
三人の光は、孤独の闇を打ち払っていった。
改めて、ミロは仲間への信頼を、タロは守る決意を、イヴは癒す力を、それぞれ胸に宿し、静かに目を開けた。
試練を越えた五人の魂は、再び光の中で一つに繋がっていった。




