第144話 ノラとクロの過去
ノラの意識は、暗く冷たい空間に吸い込まれるように漂った。
目の前には、幼い自分が一人、薄暗い路地で泣き崩れている光景が広がる。
風は冷たく、肌を刺す。
周囲に寄り添う者はおらず、孤独の重みが胸を締め付ける。
「どうして……俺は一人なんだ……」
声に力はなく、ただ空間に吸い込まれるように消えていく。
ノラは小さな影の自分に手を伸ばすが、掴もうとするたびに遠ざかり、孤独感は増すばかりだった。
涙が止まらない幼い自分を前に、ノラは胸の奥から重苦しい感情に押し潰されそうになる。
過去の苦痛が、まるで棘となって心に刺さる。
捨て子として生きた日々、天涯孤独で耐え抜いた記憶
その痛みは現在の自分の強ささえも疑わせるほどの重さだった。
「逃げても、無駄だ……受け止めなるんだ……」
ノラは力なくも、口に出してそう呟く。
涙を拭い、重苦しい感情の波に耐えながら、孤独を否定せず受け入れる。
胸が締め付けられるたびに、自分の存在を信じる小さな光を心に灯し、孤独の影と向き合い続けた。
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クロにとってもこの試練は過酷だった。
視界に映るのは、幼い自分が戦場の方角を見つめる光景。
まだ子供で、戦場に立てず、兄や同族達が戦う方角を、ただ遠くから見守る事しか出来なかったあの頃だ。
心の奥で渦巻く焦燥と後悔が、鎖のように胸を縛る。
「もし……あの時、俺が……」
思考が幾重にも絡まり、出口の見えない迷路に閉じ込められたようだった。
声をあげて泣き叫びたくもなるが、影の自分が振り返るたびに、その無力さが増す。
「いくら考えても過去は変わらない……後悔の中でも、前に進まなきゃ……」
クロは目を閉じ、必死に自分を奮い立たせる。
心の中で何度も立ち止まり、苦しみの波に飲まれそうになるが、諦めずに前を見据える。
胸を締め付ける痛みと向き合い、過去の自分を抱きしめるように心を開く。
後悔は消えないが、それを受け止める覚悟こそが、今の自分を支える力になる。
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ノラは涙をこらえ、孤独の象徴だった影の自分を抱きしめるようにして歩み寄る。
痛みは消えないが、胸の奥に小さな光が差し込む。
孤独だった自分が、仲間と共に歩む未来を信じる力に変わる瞬間だった。
クロもまた、子供の頃の自分と向き合いながら、胸に渦巻く後悔と無力感を受け入れる。
痛みに押し潰されそうになりながらも、未来を切り開く意志を心に刻む。
その決意は、孤独と後悔を乗り越えた魂の強さとなった。
互いに視線を交わさずとも、心の中で深く通じ合う。孤独と後悔に耐え、試練を乗り越えた二人の魂には、確かな光と覚悟が刻まれていた。
夜の霧に包まれた湖畔の静寂は、二人の内面で生まれた勇気と決意の余韻で満たされていった。




