第137話 密教の暗躍
濃霧が立ち込める湿地帯。
月光すら届かぬ闇の中、地の底から鈍い鼓動が響き渡る。
鎖につながれた数百のトヒたちが恐怖に震えていた。
黄金の瞳を輝かせ、ナーガが長い尾をゆらめかせる。
「……始まったな。リーフラの楽園など、脆いものだ」
傍らでコドラが冷たい笑みを浮かべる。
「夢を語る愚か者どもに、古代の現実を突きつけてやる。
海を裂くもの、大地を砕くもの、そして空族が飛び回る空を制するもの……この世に再び“恐竜の時代”を呼び覚ますのだ」
沼族の戦士たちは泥をかき分け、古代の巨大な白骨を掘り起こしていた。
水気を帯びた骨は常の獣ではありえぬ形状であり、古の支配者たちの息吹を秘めているかのようだった。
鎖につながれたトヒたちは、恐怖に身をすくめる。
すすり泣く声が湿地に不気味に響き渡る。
その声を、ナーガもコドラも冷ややかに味わうように見つめた。
「生贄は揃いつつある」
コドラは低く呟く。
「……あとはルーン石の完全な共鳴だ。だが、石の一部はノラたちの手にある。必ず奪い取らねばならぬ」
ナーガは口元を歪め、長い舌で湿った空気をなめるように笑った。
「恐怖と絶望は、古の覇者たちを目覚めさせる力。
我らの計画は順調だ。夢に浸る者どもは、己の無力さを知ることになる」
霧が深まり、湿地全体に不気味な気配が広がる。
沼族たちは古代の骨を積み上げ、密教の呪文を低く唱える。
その声は地の底から響く鼓動と混ざり合い、悪夢の胎動を呼び覚ますかのようだった。
「海を支配する者、大地を蹂躙する者……そして空を制する者」ナーガは視線を空に向け、牙を剥いた。
「トヒたちの夢も、希望も、我らの前では無力に過ぎぬ」
コドラは湿地にひれ伏すトヒたちを見下ろし、唇を歪めた。
「ノラたちが集めたルーン石も、最終的には我らの手に落ちる。全ては計画通り――否、計画以上の力を手に入れる。こちらには、レプタに残る旧時代の遺跡群に刻まれた復活の儀式のヒントがある。トヒにも感謝せねばな。」
沼族の低い呪文が重なり、骨の山がわずかに光を帯びる。
濃霧の奥で、恐ろしい復活の胎動が確実に始まっていた。
湿地の闇に響く鼓動。
黄金の瞳に浮かぶ笑み。
そして、古代の覇者たちの目覚め……
すべてが、次なる戦いの序章を告げていた。




