第127話 己の刃
クロの体が暗闇に揺れ、足元の重心を失いかける。ナイトの両手のククリナイフが、まるで影そのものの刃となって容赦なく迫る。必死に防戦するクロの胸には、自分の未熟さへの焦りが込み上げた。
その瞬間、頭の奥で兄・シロの声が鮮明に蘇る。
「俺のやり方を真似るな。お前にはお前の戦いがある。」
「手だけで振るな。心を刃に乗せろ。」
幼い頃の稽古場で、シロは笑顔で語りかけながら、双刃の扱い方を丁寧に教えてくれた。その温かくも厳しい声が、暗い夜に光を差すかのようにクロの心に届く。
「俺は俺の刃で戦う!」
クロは狼牙を握りしめ、腕の疲れや刃の重さを意識で制御しながら立ち上がる。緊張で震えそうな体に力を戻し、ナイトの冷静な攻撃を一つ一つ見極める。
「覚悟…それが兄の影を背負う者に必要なものか。」
ナイトの哲学的な声が、反響のように胸に残る。力だけではなく、判断力と心の覚悟が戦いを左右するのだと、クロは理解し始める。
狼牙を両手に馴染ませ、刃の軌道と重心を確かめながら、クロは徐々に攻撃にリズムを生み出す。ナイトの素早い動きも、予測可能なパターンに見え始めた。
「俺は、兄さんの影じゃない。俺はクロだ!」
胸に燃える覚悟を言葉にしながら、クロは反撃の体勢に入る。両手武器ならではの広い攻撃範囲を活かし、ナイトのククリナイフを弾き返す感触が、確かな手応えとなる。
タロ、イヴ、ミロが見守る中、クロの表情には迷いや恐怖はもうなく、鋭い集中が宿っていた。長い夜の戦いが、ついに逆転の兆しを見せ始める。
月光が二人の影を長く伸ばし、夜の闇を切り裂く刃の音が響き渡る。クロの目に、己の刃としての覚悟が宿った瞬間だった。




