第123話 削ぎ落とし研ぎ澄ます
スワロの分身はなおも乱舞し、夜風そのものが刃に変わったかのようにノラを追い詰めていた。十を超える残像が一斉に襲いかかり、誰の目にも勝敗は決したように見えた。
イヴが悲鳴をあげる。
「ノラさん、もう無理……!」
だが、ノラはヒトフリを握りしめ、わずかに口角を上げた。
「……ヤマト無双流の教えには、“武具を頼りに力を振り切るだけじゃなく、己を削ぎ落として研ぎ澄ませ”って言葉があるんだ。俺はそれに、ちょっとだけ自分の生き方を混ぜてみた」
ノラは静かに腰を落とし、呼吸を整える。大地と一体化するように重心を沈め、ヒトフリをを逆手に構えた。
「奥義――《無双一閃・灰月》」
次の瞬間、ノラの体が霞のように揺らぎ、空気が震えた。スワロの分身が一斉に襲いかかる刹那……ノラは一歩、ただ一歩を踏み込んだだけ。
だが、その踏み込みは全ての残像を断ち切る一撃となった。
光のように閃いた刃は、真ん中を駆け抜け、ただ一人の“核”に吸い寄せられる。
気が付けば、スワロの喉元にヒトフリの刃が止まっていた。冷たい刃がかすかに肌を掠めそうなギリギリ。だが、切り裂くことはない。
「こんなにてこずったのは久々にだった…。流石、空王の側近。」
ノラは小さく呟き、寸止めの構えを解いた。
スワロの全身を冷たい汗が伝う。あれほどの速さをもってしても、最後の一撃を防げなかった。
「……見事だ。私の負けだ、ノラ」
レイピアを静かに下げ、スワロは膝を折って降参を示した。
タロが思わず声を上げる。
「やった! ノラ兄ちゃんが勝ったんだ!」
イヴも涙ぐみながら拳を握る。
「すごい……最後の一撃、本当に見えなかった……」
クロは深く頷き、拳を胸に当てた。
「俺も……あの一閃を目指す。今は届かなくても、いつかきっと」
スワロは立ち上がり、悔しさよりも清々しさを漂わせながらノラに頭を下げる。
「君の剣は速さをも超えた。イーガ様に報告しよう。君たちには……謁見の資格がある」
ノラは大きく息を吐き、義手の爪を収めた。
「……ありがとう、スワロ。お前の速さがあったから、この一撃を掴めたんだ」
その言葉にスワロは小さく笑みを浮かべ、夜風にマントを翻した。
戦いは終わった。だが、次の試練はもう近づいている。窓越しに差し込む月光は、その先に待つ運命を静かに照らしていた。




