第122話 残像の核
ノラの息は荒く、胸は上下を繰り返していた。義手の爪には幾筋もの傷跡が刻まれ、もはやまともに振るうのも辛い。だが、彼の瞳は未だ曇らない。
スワロは一歩退き、薄く笑んだ。
「悪くない。だが、ここからは本当の速さを見せてやろう」
次の瞬間、ノラの視界が揺らいだ。四方八方にスワロの姿が現れる。月明かりの下、同じ残像が幾つも重なり、まるで分身が生まれたかのように。
「なっ……!?」
イヴが叫び声を上げる。
「影が……三人、四人……もっと増えてる!?」
タロが歯を食いしばる。
「違う! 本物は一人だ……でも、速さが残像を作ってるんだ!」
ノラは防御に徹した。だが――。
「くっ……速すぎて、どっから来るかわかんねぇ!」
次の瞬間、背に衝撃。振り返れば、左から突き。避けても、右の腹に鋭い痛み。
無数のスワロが交互に刃を突き立て、ノラを追い詰めていく。義手で受け止めたと思えば、背後から別の刃が迫る。
「がはっ……!」
膝をついたノラの口から血が溢れる。
スワロの声が重なるように響いた。
「これが“疾風乱影”――私の奥の手だ。速さそのものを分裂させ、相手を翻弄する。ここまで来れば、君に勝ち目はない」
ミロが立ち上がろうとするが、クロが手で制した。
「今は信じるしかない……ノラは、まだ負けを認めてねぇ」
ノラは地面に片膝をつき、荒い息を吐きながら笑った。
「……確かに、速ぇな。まるで風が幾つにも分かれて押し寄せるみてぇだ」
「ならば諦めろ」
スワロの声が幾重にも重なる。
「……だけどな。風ってのは、いくら分かれても……必ず“ひとつの流れ”に戻るんだろ?」
ノラの瞳に、静かな光が宿る。
血を拭い立ち上がったノラは、両足を大地に深く踏みしめた。
「全部見切る必要はねぇ。お前がどんなに分身を作ろうが、必ず“核”がある。そこを、ぶち抜くだけだ!」
スワロの残像が一斉に襲いかかる。十を超える影が同時に迫り、夜風そのものが刃となってノラを呑み込もうとする。
しかし、ノラの眼差しはその中心を射抜いていた――。




