第114話 ビャクとシバ
宿の一室。
ランプの淡い灯りが木の壁を照らし、外からは広場の賑わいが遠くに聞こえていた。
互いの旅の報告を終え、場がひと息ついたところで、ノラが口を開いた。
「それで…ビャク、シバ。二人はどうしてエアーに?」
ビャクは細い指で杯をくるりと回し、唇に笑みを浮かべる。
「犬王チャピ様と猫王ライガ様から命を受けたの。空族の動向と…特別な保護種トヒの真相をね。
それを確かめるために、私たちはイーガ様に会いに来たのよ」
シバは壁際に腰掛け、膝に置いた弓の弦を指先で静かになぞった。
「……私たちは、試練を済ませて正式にイーガ様に会った。
王たちは、空族の動きに誰よりも敏感だ。だからこそ、報告を欠かすわけにはいかない」
その声音は冷ややかに聞こえた。だが、ふとシバの瞳がノラに向いたとき、かすかな熱が宿った。
「昔、シロ様のそばで学んだ日々を忘れてはいない。……ノラ、お前は義手でも変わらず前に進むのだな」
一瞬の沈黙。
シバはすぐに視線を外し、再び冷静を装った。
ノラはその奥に隠された尊敬を敏感に感じ取り、口には出さず微笑みだけを返す。
クロが場を和ませるように口を開いた。
「つまり…チャピ様とライガ様は、空族への疑問を早くから察していて、確かめに来たってことか」
「そういうことね」
ビャクは頷き、長い毛並みを指で払いながら答える。
「トヒの存在は、空族にとっても大きな鍵を握る。だから私たちはその命で動いてここに来たの。……あなたたちがここに来たのも、きっと偶然じゃないわ」
ノラは苦笑しながら肩をすくめた。
「やれやれ……どうもビャクが隣にいると、何も話が頭に入ってこないな……。
相変わらず、マタタビより強烈だ」
その言葉にタロがすかさず口笛を吹く。
「へえ?ノラにそこまで言わせるなんて、ビャクさんってただ者じゃないな」
イヴは口元を押さえてクスクス笑う。
「ふふ、ノラってこういう時わかりやすいのね。顔に出てるわよ」
ミロは真面目な顔つきで首を傾げた。
「つまり……ノラにとって特別な方、ということでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待て!」
ノラは慌てて手を振るが、その様子にビャクは妖艶に笑みを深める。
「まあ、初対面なのに見抜かれちゃったわね。可愛い弟子たちだこと」
室内に柔らかな笑いが広がり、重かった空気がすっかり和らいでいった。
その穏やかなひとときの裏に、それぞれの胸には次なる一歩の予感が静かに芽生えていた。




