第110話 老人の依頼
次の任務は、集落の老人からの依頼だった。屋根の修理と倉庫の荷物整理。
集落の小道を抜け、ミロは老人の家へ向かう。木々の間から差し込む光が、足元の石や草を柔らかく照らす。鳥のさえずりが遠くから聞こえ、作業の合間に心を落ち着かせてくれる。
屋根の上に登ると、重い梁が視界に入る。抱え上げ、慎重に差し替える。瓦の位置を確認しながら、指先に全神経を集中させる。
荷物整理では、古い箱や籠を運ぶ。埃の匂いが鼻をくすぐるが、動作は迷いなく、無駄がない。ひとつひとつの動作に丁寧さがにじむ。
時折吹き抜ける風に体をかがめ、揺れる梁を支える。木のきしむ音に耳を澄まし、全神経を作業に集中させる。手に伝わる微かな振動まで感じ取り、体を微調整する。
屋根の上で足を滑らせそうになる瞬間もあった。手にした梁が揺れ、体のバランスが崩れる――咄嗟に踏ん張り、体勢を立て直す。冷たい風が頬を打ち、緊張が全身に走る。
ミロの心臓が跳ねるが、すぐに落ち着きを取り戻す。梁を支え直し、作業を再開する。目の前の作業に没頭するうち、自然と動きが滑らかになっていく。
瓦の隙間から覗く太陽の光が、淡い影を作る。光と影の中で、手元の作業に集中するミロの姿は、一種の静かな戦いのようでもあった。
倉庫に移動し、荷物の整理を続ける。重い箱を持ち上げ、棚に丁寧に積む。箱の中身を確認しながら、どこに置くのが最適かを判断する。無駄のない動作が、作業の効率を高めていく。
ふと、古い箱の隙間から小さな手紙が出てくる。埃にまみれた文字を読み、ミロは微笑む。「大切なものは、しっかり守らないとね」と小声でつぶやく。
屋根の作業も、倉庫の整理も、徐々に形になっていく。木の梁や瓦、古い荷物が、それぞれの場所で安定し、整然と並ぶ。
時折、ミロは立ち止まり、全体を見渡す。屋根の角度や瓦の位置、倉庫の棚の高さまで確認する。小さな異変も見逃さない。
作業の合間に、老人が声をかける。「ありがとう、ミロ。助かったよ。」
ミロは軽く頭を下げる。肩の力を抜き、深呼吸する。体に残る疲労感が、充実感に変わる瞬間だった。
彼女は気づく――任務とは、ただ指示をこなすだけでなく、相手の安心と信頼を作り出すことなのだと。作業を通して生まれる信頼の積み重ねこそが、真の意味での成果なのだと実感する。
荷物整理を終え、屋根の修理も完了した。集落の家々が、少しずつ整い、安定感を取り戻す。風が静かに通り、作業の痕跡を包むように吹き抜ける。
老人は穏やかに笑い、ミロの肩を軽く叩く。「これで心配はない。君のおかげだ。」
ミロも笑顔で返す。互いに通じる信頼と感謝が、言葉以上に深く心に響いた。
作業を終え、立ち去る前に、ミロはもう一度集落を見渡す。小さな木々や家々、穏やかに暮らす人々の姿が、任務の成果として確かに存在していた。
「次で、最後の依頼ね……」
小さくつぶやき、ミロは次の道へ歩みを進める。




