第101話 骨の祭壇
濃霧に覆われた湿地帯。
月光すら差し込まぬ闇の中、地の底から鈍い鼓動のような響きが広がっていた。
「……掘り起こせ。時は迫っている」
黄金の瞳をぎらつかせ、ナーガが長い尾をゆるやかに揺らす。
沼族の戦士たちは泥をかき分け、巨大な骨を掘り出していた。
水気を帯びた白骨は常の獣ではあり得ぬ形――
ひとつは海を泳ぎ、獲物を飲み込む古代の支配者。
もうひとつは大地を揺るがし、森を薙ぎ払った巨獣。
両翼を広げて空を覆っていた天空の覇者。
鎖につながれた数十のトヒたちが、その光景に怯え、虚ろながら涙を流し膝をつく。
彼らの震える声は、湿地に不吉な旋律のように響いていた。
コドラが拳を打ち鳴らし、低く呟く。
「生贄は揃いつつある。……あとはルーン石だ。
石さえあれば、この骸どもは再び息を吹き返す」
ナーガの口元が歪み、不気味な笑みが漏れる。
「そうだ。海を裂くもの、大地を砕くもの、空を制するもの、古の覇者が甦れば、海族も勿論。他族も抗えぬ。
ノラたちが動く前に、必ず我らの手に落ちる……」
その時、湿地の奥深くの影に、二つの小さな姿が潜んでいた。
ベルとオロチである。
ベルは濃霧の中で肩をすくめ、静かにオロチに囁く。
「オロチ、見たか……? これが王の力の行く末だ」
オロチは目を丸くし、拳をぎゅっと握った。
「うわぁ……ほんとに出てる……骨……父様の目的…これは……」
声は震えているが、どこか不安と緊張が混ざっていた。
ベルは優しく肩に手を置き、落ち着いた声音で告げる。
「恐れるな。今は飛び込む時ではない。」
オロチは俯き、震える声でつぶやく。
「でも、父様とコドラが企んでることだと……世界が危ない……!」
ベルは目を細め、霧の向こうに揺れる白骨を見据えた。
「その通りだ。だが焦っても意味はない。まずは情報を整理し、どのタイミングで行動するかを見極めるのだ。無闇に飛び込めば全てが台無しになる」
オロチは小さく息をつき、目を輝かせる。
「俺たち、どうするんだ……? 誰もまだ外の世界と接触してない……」
ベルは頷き、静かに微笑む。
「焦るな。助けを求める段階ではない。まずは王の動きを見守りつつ、状況を把握しよう。わたしたちは、そのために陰から動く」
オロチは拳を小さく握りしめ、元気よくうなずいた。
「わかった……俺、ベルと一緒なら、絶対諦めない!」
ベルは肩をそっと叩き、低く囁いた。
「まだ、この状況じゃ誰も助けられない。時を待とう、オロチ」
霧の中で、巨獣の骨と黄金の瞳の影が不気味に揺れる。
水底にも地上にも、復活の胎動は確実に始まりつつあった。
だが、師と弟子の小さな決意が、静かに未来を照らす光となっていた。




