2度目の自己紹介 2
「ゲームじゃ、ふつうに跳んだり走ったりしてるけど、現実のおれは歩くことができない。車いすに乗って生活してるんだ」
セイジの言葉を聞き、サトミたちはおどろきのあまり、目を見開いた。
「今年の春休みに交通事故に遭ったんだ。それで下半身が動かなくなって、サッカーを辞めた。だから、おれはもうビクトリーズの選手じゃない」
「セイジは何も悪くないんだ。悪いのは、お酒を飲んで車を運転してたドライバーだよ」
「やめろ、ヒロム。いまさら相手を恨んだって、歩けるようになるわけじゃない」
「でも――」
「たとえ脚が動かなくなったって、おれの人生が終わったわけじゃない。手が動くなら、その手で未来をつかみ取るだけだ」
セイジが自分の手のひらを見つめた。
「けど正直いえば、こうして、また歩けることがうれしい。その点だけはジョーイに感謝してる」
「セイジ……」
「心配するな。感謝は1パーセントだけだ。あんなふざけたやつに、おれたちの未来をうばわれてたまるかよ」
顔をあげると、セイジはとなりのエイルを見た。
「エイル、つぎはおまえの番だぞ」
「うん」
エイルはすこし間を置いてから、自己紹介をはじめた。
「ぼく、星宮女学院に通ってるんだ」
「ホシジョに? マジで!?」
ヤマトが甲高い声でおどろいた。
それもそのはず。
星宮女学院といえば、通う生徒のほとんどが大企業の社長令嬢や国会議員のむすめといった、お嬢さま学校だ。
「長谷川製薬って聞いたことある? あれ、うちの一族が経営してる会社なんだ」
「長谷川製薬って、スポーツドリンクとか薬とか売ってる、あの有名な会社だろ。そこのむすめってなると、おまえ、マジモンのお嬢さまじゃねえかよ」
「まあ一応はね」
エイルは照れくさそうに肩をすぼめたが、
「でも、いくらお嬢さまでも、自分のやりたいことができないんじゃ、ぜんせんうれしくないよ」
すぐに、がくんと落とした。
「パパもママも、ぼくの趣味をぜんぜん理解してくれないし、家では『わたし』でしゃべれっていうしさ。おまけに興味のないピアノまで習わされてるんだ。隠れてでも好きなことをしないと、心が枯れちゃうよ」
「そっか……。そうだよな。親子っていっても、みんな仲がいいわけじゃないもんな」
ヤマトが、意味ありげにつぶやいた。
「さ、つぎはいよいよサトミちゃんの番だよ」
エイルがサトミの肩をタッチした。
みんなの視線がサトミにあつまる。
そう。なにせ彼女はアイドルなのだ。
ライブでの裏話や有名俳優との交友関係といった、ほかでは聞けないマル秘エピソードを教えてくれるかもしれない。
そんな期待がプレッシャーになったのか、サトミはみんなの視線から逃げるように、床に目を落とした。
「ええと、わたしが通っている学校は――」
「サトミ、学校のことはいいからさ、アイドル活動のほうを教えてくれよ」
ヤマトがいった。
「サトミがアイドルだってのは衣装でわかったけど、なんのグループに入ってるとか、どんな曲を歌ってるのとか、そういうのおれたち知らないじゃん。だからさ、まずはそこから教えてくれよ」
「…………」
「サトミ?」
「わたし、もうアイドルを辞めようと思ってるんです」
★ ★ ★ ★ ★ ★
一瞬、みんなが言葉をうしなった。
「ど、ど、どうして辞めちゃうの?」
メガネの奥の目をしばたたかせながら、エイルがたずねる。
「もしかして給料が安すぎて生活できないとか? だったら、ぼくのおこづかいを――」
「お金の問題じゃありません。たしかにお給料はすくないですけど、それとこれとはべつの問題です」
「じゃあ、どうして辞めちゃうの?」
「わたしにアイドルとしての才能がないから。ただそれだけです」
そこでサトミは、ためいきをついた。
「エイルちゃんは『キミトリンク』というグループを知っていますか?」
「キミトリンク? ええと」
エイルが視線を宙に泳がせる。
「……ごめん、知らない」
「知らなくて当然です。『キミトリンク』はライブ活動がメインで、ドラマやバラエティ番組に出たことは一度もありません。いわゆる地下アイドルです」
サトミはうつむいたまま、話を続けた。
「わたしが『キミトリンク』に入ったのは12歳のときです。けどそのすぐあとに人気メンバーが辞めたり、メンバーとファンのあいだでトラブルがあったりして、ファンの数は激減。いま、ライブに通ってくれているのは3人だけです」
「3人? えっ、たった3人だけなの?」
「はい。その3人もセンターの子のファンで、わたしもほかのメンバーもファンはいません。目の前で歌っているのに、だれもわたしを見てくれない。ライブ中に泣きそうになったことも一度や二度じゃありません」
「サトミちゃん……」
「待機空間に召喚されたのは、ミニライブがはじまるすこし前でした。わたし、このライブがおわったら、メンバーに辞めることを話そうと思っていたんです」
サトミは顔をあげて、みんなの顔を見た。
「わたしはアイドルが大好きです。アイドルになることが小さいころからの夢でした。でも好きって気持ちだけで成功できるほど、この世界は甘いものじゃありません。それに気づくのが遅すぎたんです。だから――」
「そんなのダメだよ!」
急にヒロムがさけんだ。
「宝木さんはアイドルが好きなんでしょ? アイドルになることが夢だったんでしょ? だったら辞めちゃダメだよ! ぜったい辞めちゃダメだよ!」
鬼気迫るとは、こういうことをいうのだろう。
目を見開き、怒涛のいきおいでまくしたてるヒロムの迫力はすさまじく、まるで何かにとり憑かれているみたいだった。
「辞めるか続けるかを自分で決めることができるなら、ぜったい続けたほうがいい。じゃないと、きっと後悔するよ」
そしてサトミの目をまっすぐ見て、こういった。
「決めた。おれ、宝木さんのファンになる」
(つづく)




