白い世界の黒い穴
気がついたとき、ヒロムはまっしろな空間にいた。
空も大地もすべてが白一色の世界。ああ、そうだ。ここは最初に召喚された待機空間だ。
あわててあたりを見まわしたが、セイジたちのすがたはない。
どうして自分は地球じゃなくて、待機空間にいるんだろう?
それを考えているうちに最悪の事態が頭をよぎった。
(そっか。おれ、ゲームオーバーになったんだ)
ヒロムは白い空を見あげた。
うつむいて一滴でもなみだをこぼせば、そのまま永遠になみだがとまらなくなるような気がしたからだ。
「ごめん、みんな。おれ、みんなの未来を守れなかった」
情けなくて、くやしくて心が割れそうなほど痛い。
空を見あげたまま、ヒロムを嗚咽をもらした。
「いま流してるのは悔しなみだかい?」
ハッとしてふりかえると、すぐ近くにスーツを着た男が立っていた。
スラリとした長い手足にメタルフレームのメガネ。
声をかけたのはジョーイだった。
けど、いま目の前にいるジョーイは巨人サイズでもなければ、タブレットの画面におさまるほど小さくもない。人間サイズの感覚なら180センチといったところだろうか。
「いままでいろんなプレイヤーを見てきたけど、勝ったのに悔しなみだを流すプレイヤーは、きみがはじめてだよ」
「え?」
「おめでとう、ヒロムくん」
ジョーイがヒロムに手を差し出す。
「きみはすべてのゲームをクリアして、ぼくに勝った。きみたち地球人はトイ☆ウォーズ史上6番目のウイニングプレイヤーだ。その証拠に、いまのきみはフィギュアじゃないだろ」
「あ……」
いわれてはじめて気がついた。
いまのヒロムには関節パーツもボールジョイントもついていないし、折れたはずの右足首もちゃんとあるべき場所に〝肉体〟としてくっついている。
全身に感じていた痛みも、そういえばまったく感じない。
こんなにたくさんの変化がおきているのに、それにいままで気がつかなかったのが、ふしぎなくらいだ。
「からだが消滅するよりもほんの一瞬早く、きみの指が自動ドアのレーンの内側に届いていたんだ。だから今回のトイ☆ウォーズはきみたち地球人の勝利だ」
ヒロムがいつまでたっても握手しないので、ジョーイは自分からヒロムの手を握って、ぶんぶんふりまわした。
「いや~、ありがとう。きみたちのおかげで登録者数がぐんとあがったし、過去最高の視聴回数とコメント数もかせぐことができたよ。できるなら今後もきみたちと一緒に動画を撮りたいけど、約束は約束だからね。くやしいけど今回の地球侵略はあきらめるよ」
「どうせ5年間たったら、また侵略しにくるんでしょ?」
嫌みったらしく、いってやった。
破壊も侵略もしないというジョーイの約束は5年しか有効期限がない。あんなにつらい思いをしても、地球の未来はたった5年しか保証されないのだ。
「安心したまえ。ぼくの住む宇宙と、きみたちの住む宇宙とでは時間の流れる速さがちがうんだ。アルスの1年は地球の100年。つまり地球は500年間、無事ってわけさ」
「500……年?」
「さすがに500年後は、きみたちも生きてはいないだろ? まあ、ぼくのビジネスパートナーになれば何千年でもーー」
「なりませんよ。ぜったいに」
「はは、そういうと思ったよ。さて、そろそろおわかれの時間だね」
ジョーイがヒロムの後方をあごでさした。
いつのまにか、すぐ近くの地面に黒い穴が開いていた。
「これが地球へもどるルートだよ」
穴の底は深すぎて見えない。本当にこれが地球につながっているんだろうか?
「入ったら、べつの宇宙に飛ばしたりしませんよね?」
「そんなことしないよ。これに入れば、きみは地球にもどり、とまっていた時間も動き出す。そうそう、セイジくんたちのことなら心配しなくていいよ。4人ともたましいは無事だからね。きみが地球にもどったあと、彼らも、ちゃんと地球にもどしてあげるよ」
それを聞いたことで、やっとトイ☆ウォーズを制覇したよろこびが心ににじんできた。
「ジョーイさん、最後にひとつだけいいですか?」
「なんだい?」
「どうしておれをプレイヤーに選んだんですか?」
ジョーイのまゆがピクリと動いた。
「トイ☆ウォーズは最低な企画だけど、みんなと出会わなければ、おれは自分の本当の気持ちを母さんにつたえようなんて思わなかった。もしかして、ジョーイさん、おれに――」
「そんなくだらないことしないよ」
ジョーイが淡々とした口調でこたえた。
「ぼくが好きなのはポテチとおもしろい動画だ。悩みだとか家庭問題とか、そんなくだらないもの、トイ☆ウォーズには必要ない」
ジョーイはヒロムの目線の高さに顔をあわせると、
「くだらない質問ついでだ。くだらない言葉をきみに贈ろう」
メガネをはずして、ヒロムの目を見つめた。
そしてーー
「きみの想い、お母さんに届くといいね」
どこかさびしげな声と言葉に戸惑ったものの、ヒロムは顔をしかめて、ぶっきらぼうに会釈した。
ジョーイのことだ。ありがとうなんていうより、失礼な態度をとったほうが、よろこぶにちがいない。
その予想通り、ヒロムのしかめっ面を見て、ジョーイはうれしそうに笑った。
「それじゃあね、ヒロムくん」
別れ際にジョーイがヒロムの肩をたたいた。
(いくぞ!)
大きく息を吸いこむと、ヒロムは目を閉じて、穴の中に飛びこんだ。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




