心の迷宮
二手に分かれて数分が経過した。
セイジ、サトミ、エイルの3人は一本道を歩き続けていた。
「あの、セイジくん」
先頭を歩くセイジの背中にサトミが声をかける。
「ヒロムくんとケンカしたんですか?」
「してない」
「じゃあ、どうしてヒロムくんと目をあわせようとしないんですか?」
「目をあわさなくても会話ぐらいできるだろ」
「けどヒロムくんは――」
「おれにあいつのことを聞いてもムダだぞ。何もこたえないからな」
それっきり、セイジは黙りこんでしまった。
よし。押してダメなら引いてみる、だ。
聞くのがムリなら、セイジ自身にヒロムのことを「話して」もらおう。
「エイルちゃんはヒロムくんのこと、どう思いますか?」
「えっ、いきなり、どうしたの?」
とつぜん話をふられて、エイルが困った顔をした。
「ヒロムくんってキレイな顔してるし、女の子にモテると思いませんか?」
話しながら、サトミはセイジの背中を指さした。
それに気づいたエイルが、
――なるほど、そういうことね。
小さくうなずくと、わざとらしい演技で、
「あー、たしかにあれはモテるよねー。顔よし性格よしでおまけにサッカーチームのキャプテンでしょー。これだけそろって、モテないほうがおかしいよー」
「バレンタインには、いったいいくつチョコレートをもらうんでしょうね」
「5個、いや10個は余裕でしょー」
「もしかしたら20個もらったりして」
「そんなに多くない。16個だ」
急にセイジがこちらをふりむいた。
「おれの最高記録は18だけど、ヒロムは4年のときにもらった16個が最高記録だ。そんな数、食いきれるはずないのに、くれた子に悪いからって、あいつ、ひとりで全部食べたんだよ。それが原因で、つぎの日、腹をこわしたんだ」
「やさしいんですね、ヒロムくん」
「ああ。あいつは――」
ハッとしてセイジが口をつぐんだ。
「……はめたな」
「わたしはただエイルちゃんと女子トークをしてただけです。セイジくんには何も聞いてませんよ」
髪パーツをなでながら、サトミは余裕たっぷりにこたえた。
「まさかアイドルにはめられるなんてな」
セイジはくやしそうにまゆをひそめると、
「あいつはやさしいやつなんだ」
ためいきまじりにつぶやいた。
「サッカーで仲間がミスしたときは、かならずフォローの言葉をかけるし、たのめば一緒に居残り練習もしてくれた。キャプテンに選ばれるのも当然だ」
いつのまにかセイジは、サトミたちと横一列になって歩いていた。
「あいつはやさしい。だからそのやさしさを自分にも向けてやればいいんだ」
そう語るセイジの目には、はっきりとさびしさの色が浮かんでいた。
「他人だけじゃなくて、自分にもやさしくしろよ。もっと自分の気持ちを大切にしろよ。おまえがサッカーをできないんじゃ、地球を救っても意味ないだろ」
届くはずのない想いを声に出してしまうのは、それだけセイジがヒロムのことを気にかけているからだろう。
L字の角を曲がると、今度は1メートルほどの直線が続いていた。
「見ろ、あそこにドアがあるぞ」
行きどまりの壁に銀色のドアが備えつけられてある。
ジョーイはゴールのドアは金色だといった。銀色だからゴールじゃないのはたしかだけど、ドアを見つけたことで、3人の背筋にイナズマのような緊張感が走った。
「いくぞ」
深呼吸すると、3人はドアに向かって歩き出した。
★ ★ ★ ★ ★ ★
そのころ、ヒロムとヤマトは一本道の通路を歩いていた。
「ヒロム、おまえの歩数、あとどれぐらいだ?」
「448。ヤマトくんは?」
「おれはまだまだあるから心配すんな。ほら、背負ってやるから乗れよ」
ヤマトがその場にしゃがみこんだ。
「ここからは、おれがおまえを背負って歩く。そうすりゃ、おまえの歩数を減らさずにゴールへ近づけるだろ」
「そんなことしなくていいよ。おれ、ちゃんと自分の足で歩くから」
「そういうなって。よし決めた。おまえが乗るまで、おれはここを動かない。時間が惜しいなら、さっさとおれの背中に乗りな」
「ええ……」
「ほらほら、早くしないと時間切れになっちまうぞ」
ヤマトがせかすので、しかたなくヒロムは背中に乗ることにした。
「お、やっぱフィギュアだけあって軽いな。これなら1万歩ぐらい余裕で歩けそうだ」
「爆発するから、ぜったいやめてね」
「わかってるよ。おまえを爆発に巻きこむわけにはいかないもんな。よっしゃ、それじゃあ行くぞ」
まっすぐな通路を進み、L字の角を曲がる。
角を曲がると、すぐにまたL字の角が見えた。
「なあ、ヒロム」
不意にヤマトが声をかけた。
「おまえの本当の気持ち、ちゃんとおばさんに話してみろよ」
「え?」
「悪いな。じつはおまえとセイジの会話、あのとき隠れて聞いてたんだ」
ヤマトがあやまるように頭をさげた。
「おまえ、おばさんのこと好きなんだな」
「まあ、いちおう家族だし」
「すなおでけっこう。けどさ、このままじゃ、おまえ、いつかおばさんのことキライになるんじゃないかな」
角を曲がると、まっすぐな通路の奥に銀色のドアが見えた。
「こんなかたちで大好きなサッカーを辞めたら、おまえ、いつかおばさんのことを恨んで、キライになるような気がするんだ」
「そんなこと――」
「ないって言いきれるか? 胸の中、ずっとチクチクしてるんじゃないか」
ヤマトのいうとおりだ。
サッカーを辞めて、これからは母さんのそばにいよう。
そう決めたときから、辞めたくないという本心が、助けを求めるみたいにチクチクと胸の奥を刺し続けている。
「おれ、サッカーを続けたい」
ヤマトの背中にヒロムは本心をぶつけた。
「おれはサッカーが大好きだ。だから本当は辞めたくない」
「だったらその気持ちをおばさんにつたえてみろよ。結果の保証はできないけどさ、ちゃんと自分の気持ちをつたえたら、すくなくとも後悔はしないんじゃないか」
通路の途中で、ヤマトが立ちどまった。
「おれ、両親がいないんだ」
ヤマトが、ブロックでできた天井を見あげた。。
「店でお好み焼きを焼いているのは父ちゃんでも母ちゃんでもねぇ。おれはじいちゃんとばあちゃんの3人家族なんだ」
「…………」
「父ちゃんも母ちゃんも、おれが物心つく前に事故で死んじまったんだよ。だから親との思い出のあるおまえが、うらやましいんだ」
見つめているのは天井なのに、ヤマトの言葉はまっすぐヒロムの胸に届いた。
「理想の押しつけなのはわかってる。それでもおれは、おまえにおばさんのことを好きでいてもらいたい」
「……ヤマトくん」
「おばさん、目を見ただけで、おまえがサッカーをやりたいってわかったんだろ。だったら、おまえの気持ち、かならずわかってくれるよ。だからさ、自分の本当の気持ちをつたえてみろよ」
銀色のドアまであと50センチ。
ヒロムはある決心をして口を開いた。
「ヤマトくん、おれ、自分で歩くよ」
「あとちょっとなんだ、最後までおれが背負ってやるよ」
「ありがとう。でも、おろして。自分の足で歩きたいんだ」
ヒロムはかかとで、ヤマトのふとももを小突いた。
「おれは人間だ。おもちゃじゃない。だから、ちゃんと自分の足で歩くよ」
ヤマトがおどろいたように、こちらをふりかえる。
「おれの人生はおれのものだ。だから、ちゃんと母さんに自分の気持ちをつたえるよ。サッカーを続けたいって」
「いいね、その目。覚悟完了って感じだ」
ヤマトはヒロムを背中からおろした。
「そうだ。せっかくだから、おばさんのことハグしてやれよ」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
「恥ずかしがんなって。赤ちゃんだって親に抱っこされたら泣きやんだりするだろ。あれの逆バージョンでさ、息子に抱きしめてもらえたら、おばさん、すごく安心すると思うぜ」
「そうかな?」
「そうだよ。だからハグしてやれ。いいな?」
「わかった。ちゃんと自分の気持ちもつたえるし、ハグもする。だから、かならずみんなでトイ☆ウォーズを制覇しようね」
「みんなで……か」
「ヤマトくん?」
「なんでもない。さ、そうと決まったら早く行こうぜ」
銀色のドアに向かって、ヤマトが大股で歩き出した。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




