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しあわせのなみだ

 サトミはヒロムの言葉が信じられなかった。

 ファン? え、いま、ヒロムくん、わたしのファンになるっていった?

 ききかえそうとしたが、おどろきのあまり言葉が出てこない。

 酸欠の金魚のように、ただ口がパクパクと動くだけだ。

「だれも応援してくれないのがつらいなら、おれがファンになって、(たから)()さんを応援するよ」

 嵐のようなファン宣言はさらに続く。

「おれ、スマホは持ってないけど、セイジのスマホでSNSとかフォローするし、ライブの情報もチェックする。あと待ち受け画面も(たから)()さんの画像にさせる」

「おい、ヒロム。なに勝手に――」

「クラスメイトにも(たから)()さんのこと教える。だからアイドルをめないでよ」

 そこまで一気にしゃべると、ヒロムは、

「大好きなことなら、辞めないでよ」

 その言葉はまるで自分にいいきかせているみたいだった。

「大好きなことを続けられるのって、あたりまえのことじゃないんだ。すごくしあわせなことなんだ。だから、おれ、(たから)()さんにはアイドルでいてもらいたい。自分で選んだ道を進んでもらいたい」


 自分で選んだ道を進んでもらいたい。


 その言葉を聞いたとき、サトミの胸に熱いものがこみあげてきた。

 そうだ。

 わたしはアイドルが好きだ。

 好きでこの仕事をしているんだ。

 大勢のファンを相手にライブをしたことはない。

 数えきれないほどのペンライトの(あか)りをステージから見たこともない。

 小さいころに(えが)いた夢はまだひとつも叶えていない。


 それでも――。

 それでもわたしは大好きなアイドルをやっている。

 大好きなことをしながら、しあわせの道を歩いているんだ。

 それを自分で辞めるのなんて、そんなの……そんなのもったいなさすぎる!


「おれなんかがファンで不安なのはわかる。でも――」

「さとみん」

「え?」

「わたしの愛称です。ファンなら愛称でよんでくれないと」

 サトミが、なみだをためた目でほほえんだ。

「ヒロムくん、ありがとう」

 細めた目から、なみだがこぼれ落ちた。

 でも、それは悲しみでできたなみだじゃない。

 自分を見てくれる人がいる。

 応援してくれる人がいる。

 そのうれしさから生まれた、純度100パーセントのうれしなみだだった。


 ★  ★  ★  ★  ★  ★


 好きなものはサッカーとハンバーグ。

 きらいなものはシイタケ。

 アイドルの知識はまったくの0。

 それが(ばん)ヒロムという少年だった。

 そんなヒロムがサトミのファンに名乗り出たのは使命感からだった。


(大好きなことを自分で辞めたら、ぜったいに後悔する!)

(たから)()さんを、おれと同じ目に遭わせちゃダメだ!)


 その使命感が、ヒロムを突き動かしたのだ。


 サトミの流したなみだは床に落ちると、ビーズのような粒に変わった。

(たから)()サトミはアイドルが大好きです。だから、もうアイドルを辞めるなんていいません。たったひとりのファンのためにも」

(たから)()さん……」

「さ・と・み・ん」

 顔を近づけながら、サトミが指をふった。

「愛称でよんでくれないと、すねちゃいますよ」

「そんな……」

「冗談です。さとみんはライブのときだけでいいですよ」

 それを聞いて、ヒロムは安心した。

 いくらファン宣言をしたからといって、さすがにみんなの前で「さとみん」よびは恥ずかしすぎる。

「でも、やっぱり1回ぐらい聞きたいかも」

「ええ!?」

「1回だけでいいので、さとみんってよんでください。そしたらアイドルパワーが充電されますから」

「いや、アイドルパワーとか知らないんだけど……」

「その気にさせたヒロムくんにも責任があるんですよ。だから、ほら、さ・と・み・ん」

「ええと……」

 横を見ると、ヤマトとエイルが口パクで「さとみん」コールをしていた。

 あー、もう! こうならヤケだ!

「……さとみん」

 いった瞬間、胸の奥がカーッと熱くなるのを感じた。

 うう、やっぱり、恥ずかしい! それに拍車をかけるようにヤマトがピーピーと指笛を鳴らす。

「いいねいいね、この感じ。よーし、こうなりゃ、おれもファンになるぞ」

 ヤマトがいきおいよく手をあげる。

「えー、わたくし青島(あおしま)ヤマト、ただいまより(たから)()サトミのファン2号になりまーす」

「じゃあ、ぼく3号になりまーす」

 エイルも手をあげる。

 そしてふたりでセイジを囲んで、

「あれれ~? セイジくんは手をあげないのかな~」

「いや、おれはその……」

「あげないのかな~」

「…………」

「…………」

「…………わかったよ、4号やるよ」

 セイジがしぶしぶ手をあげた。

「待ち受け画面のこともあるしな。ファン4号はおれがやるよ」

「というわけで、ぼくたちみんなサトミちゃんのファンだよ」

 エイルがサトミに肩を寄せた。

「センターの子のファンは3人。けどサトミちゃんは4人。サトミちゃんが一番人気だよ」

「ありがとう、エイルちゃん」

 エイルの手を握ると、サトミはうれしなみだを流しながらこういった。


「大好きなことを続けられるのって、本当にしあわせなことなんですね」


 ★  ★  ★  ★  ★  ★


 そう。大好きなことを続けられるのは、しあわせなことだ。

 だからこそ続けることができるなら、ぜったいに続けたほうがいい。

 たとえ、どんなに好きなことでも……。

 そしてずっと続けたいと思っていても……。

 ときには自分の意志で、その気持ちを断ち切らなくちゃいけないことがあるのだから。


 泣いているのにしあわせそうなサトミを見て、ヒロムはすなおにうれしいと思った。

 けど、なぜだろう。

 うれしいのと同じぐらい、うらやましいと思う気持ちが心にツメを立てる。

 そんな自分がヒロムはイヤになった。

(みっともないぞ、ヒロム)

 ヒロムは自分の心をしかりつけた。

(おれはサッカーを辞めるんだ。自分で決めたことだろ)


(つづく)



更新は毎日おこなう予定です。

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