第3章「再現、あの日の失恋劇」
その日も、旧美術室に集まったのは五人。
秋津涼、水城ほのか、伊佐坂笑美、中嶋ケンゴ、そして先週から参加した新メンバー——
「……あ、あの、自己紹介、改めてしますね……」
彼女はおずおずと立ち上がり、小さく咳払いをしてから名乗った。
「藤野 凪です。二年のE組。……高校に入ってからずっと、ある人のことが好きだったんですけど……なんか、もう、限界になっちゃって……」
言葉を選びながら話す彼女の声は、弱々しいけれど、どこか熱を帯びていた。
「失恋……だったんですか?」
水城が優しく尋ねると、凪はこくんと頷いた。
「はい……失恋というか……気持ちを伝えないまま、勝手に終わらせました」
その言葉に、場の空気が一瞬だけ揺れる。
「わかる……それ、わかるな……!」
なぜか中嶋ケンゴが目頭を押さえた。
「想いって、出しちゃえばスッキリすると思ってたけど、出せなかった想いも、それはそれでちゃんと苦しいんだよね……!」
「ちょっと静かにしてろ」
伊佐坂に一蹴されたが、ケンゴはめげない。
水城が再び手を叩く。
「じゃあ今日は、新しい試みをしてみようと思います!」
「また変なこと始める気だな」
秋津が呆れた声を出すと、水城は自信たっぷりに言った。
「題して——“こじらせ再現劇”。過去の失恋を、演劇形式で再現してみようの会!」
「……演劇?!」
全員が目を丸くする。
「恥ずかしいよな、そんなの……!」
「え? 俺、やってみたい!」
「黙れケンゴ」
水城は構わず、続ける。
「自分の“こじらせた瞬間”を演じ直してみると、客観的に自分の気持ちが見えるかもしれないでしょ?」
伊佐坂が眉をひそめる。
「そんなの意味あるの?」
「あるかはわからない。でも、私たちってさ、誰にも気持ちをぶつけられないまま終わった人たちでしょ。せめて、自分の中ではっきりさせるために、“役”としてやってみるのも、悪くないと思うんだ」
静まり返る美術室。
やがて——凪が、小さく手を挙げた。
「……やります。わたし、やってみたいです」
全員の視線が集まる。
「……わたし、いつも思ってたんです。“好き”って言えなかった自分がダメだったのか、伝えてもダメだったのか、って。どっちにしても……本当はもう、ちゃんと決着つけたいんです」
その言葉に押されるようにして、伊佐坂が肩をすくめた。
「……いいよ。演劇ごっこ。どうせ暇だし」
「俺も乗るぜ! 演技なら中学で“ウサギ役”やった実績あるし!」
「その情報いらない」
秋津も黙って立ち上がる。
「……じゃあ、まずはお前からだな、藤野」
こうして始まった、こじらせルーム初の「再現劇」は、
涙と笑いと、そしてちょっとした浄化を生んでいくことになる。