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第九十六話 小話「年末年始」

 イダンリネア王国は、独自の暦を採用している。

 光流暦。建国を元年として、その歳月は千年を突破した。

 今年は千十八年だ。

 しかし、明日からは異なる。

 千十九年。

 今日は一年最後の一日であり、日本ではこれを大晦日と呼ぶ。


「この世界でも、お祝いとか、するの?」


 黒髪を傾けながら、アゲハが問う。

 話し相手は当然ながらエウィンだ。

 二人はベンチに腰かけており、そよ風の心地良さに身を委ねている。

 午前の鍛錬、午後のトカゲ狩り。どちらもそつなくこなした。

 夕食を作るにはいくらか早い時間帯ゆえ、彼らは真っすぐ帰宅せずにこの時間を楽しんでいる。


「する家はすると思いますよ。城下町でもパレード的なことをしますしね」


 エウィンはこの世界の住民だ。

 それでも他人事のように返答する理由は、自身が貧困街に住み着いているためか。

 つまりは、行事ごととは無縁の人生だった。

 六歳までは両親と過ごせたが、裏を返すとそれ以降は泥水をすすって生きるしかなかった。

 対するアゲハだが、恵まれた境遇だ。

 人間不信に陥ったことは不幸以外の何物でもないが、母親からの仕送りに甘えられた点は幸運だった。


「わたしの故郷だと、おそば食べたり、お節料理、食べたり……。こっちだと、どう?」

「食べ物は、普段よりちょっと豪勢なくらいかな? お節料理ってどんな食べ物なんですか?」

「日本に古くからある、色んな料理の詰め合わせ、かな。特段美味しいわけじゃ、ないんだけど、新しい一年が始まったって、実感があるの」

「なるほど。アゲハさん達ってなかなか文化的と言いますか、明らかに文明レベルは進んでるのに、変なところで、らしさみたいなものを大事にしてますよね。地球への、なんだろう、入口? 出口? みたいなものが開いたら、アゲハさんを見送りつつも、ちょっとだけ覗き込んでみたいです」


 地球への帰還が実現した場合、渡航者はアゲハだけだ。

 なぜなら、エウィンはこの地を去るつもりなどない。

 ウルフィエナこそが故郷だから。

 母親と目指した場所が、イダンリネア王国だから。

 今は魔女の集落に住み着くも、これに関しては一時的なものだと自覚している。

 つまりは、いずれは城下町に戻るつもりだ。

 贖罪であり、呪いでもあるこの思想は、エウィンという人間を構成する要素になってしまっている。

 恩人のぶれない発言に対し、アゲハは話題を変えずにはいられない。


「あ、その、明日は、みんなでお出かけとか、あったりするのかな?」

「うーん、ハクアさんは何も言ってませんでしたねー。帰ったら訊いてみましょう。西の湖で釣りとか、楽しそう」


 迷いの森には河川が走っている。

 その源泉は巨大な湖だ。森の西に位置するそこには、多数の命が溢れている。


「うん。ちょっと離れてるけど、わたし達なら……」

「ちょっと本気を出せば、一瞬ですよ」

「ふふ、そうだね」


 徒歩なら、一日はかかる道のりか。

 しかし、彼らの脚力ならあっという間だ。


「モーフィスさん、何も言ってませんでしたし、明日も普通に鍛錬……、あるんだろうなぁ。あの人、体動かさないと欲求不満で死んじゃうおじいちゃんだし……」

「六十六歳であの筋肉、すごいよね」

「僕もあれぐらいムキムキになりたいもんです」

「え……」


 そのためのトレーニングだ。エウィンはこれこそが強くなるための近道だと思い込んでおり、毎日欠かさらず、肉体に負荷をかけ続けている。

 アゲハとしては、賛同しにくい。モーフィスはボディビルダーのような見た目ながらも、彼女はその容姿に魅力を感じていない。

 そんなことは露知らず、少年はこの話題を掘り下げる。


「明日からもいっぱい食べて、筋トレもして、どんどん強くなって……。アゲハさんも、少しは腹筋割れました?」

「あ、ど、どうだろう? エウィンさんは、ムキムキな女の人が、好み?」

「あー、いえ、特にそういうこだわりは……。痩せてるよりは、足が太い方がいいかなぁ、くらいで……」


 そもそも誰かと恋仲になろうとは思っていない。

 己のすべきことはアゲハの帰還だと自負しており、それに向けて邁進することしか考えていない。

 あるいは、恋愛感情そのものが欠如しているのか。

 どちらにせよ、衣食住が揃っているこの環境下では、強くなること以外に興味を持てない。

 明日で一年が終わる。

 新たな一年が始まる。

 去年までは、一人でその瞬間を迎えるしかなかった。

 エウィンも、アゲハも、その点だけは共通だ。

 今回は三人と一冊。家族ですらない彼らが、新たなスタートを切ろうとしている。

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