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第九十一話 暖かな場所

「お昼食べてお腹いっぱいになったわね? 全部話しなさい」


 声の主はこの家の家主だ。

 威張るような声質ながら、立場的にも彼女の方が偉い。年長者であり、昼食を振舞ったのだから、食べるだけの少年は明らかに下だ。

 ここは迷いの森に隠された、魔女達の集落。

 この家は、里長でもあるハクアの自宅だ。

 彼女の言う通り、今しがた昼食を食べ終えた。後片付けも済んだことから、ここからは思う存分語らえる。


「全部……。僕としては、もう少し味が濃くてもいいかな」

「そういうこと言ってるんじゃないの!」

「痛い!」


 殴られた少年はエウィン。数時間前に二人の魔女を倒したばかりだが、今は椅子に腰かけくつろいでいる。

 忌憚のない意見を述べた結果、料理人もといハクアに頭頂部を殴られた。自業自得ゆえ、隣のアゲハも同情はしない。

 三人はテーブルを挟んで向かい合うように座っている。

 ここは居間だ。奥には多数の本棚が並んでおり、本屋のように書籍がずらっと陳列されている。

 本来は団らんのスペースながら、この家主は独り身ゆえ、そのようには使っていない。ここを生活の中心に据えており、一日の大半をここで過ごす。


「そもそもねー、大皿の肉を半分以上も食べといて、文句言うんじゃないわよ」

「だって、くたくたのペコペコだったから……」


 エウィンとしても、ハクアには反論したい。

 イダンリネア王国を朝一番に出国、そのままいくつもの土地を走り続け、午前中にはこの地にたどり着いた。

 本来ならばありえない偉業だ。アゲハは親子のように言い合う二人を眺めながら、頭の中に大陸の地図を思い浮かべる。


(王国から迷いの森……。東京から大阪くらい? エウィンさんは、その距離を二時間かからず走れちゃう。すごいな)


 ウルフィエナと地球では状況が全く異なるものの、距離だけなら彼女の予想通りだ。

 超長距離マラソンを汗一つかかずに走った上に、アゲハとユーカリを守りながら魔女を二人も殺してみせた。

 この実績は、エウィンが傭兵の中でも上澄みであることの証拠だ。

 もっとも、眼前の魔女はさらに強い。長すぎる赤髪を逆なでながら、威嚇するように吠える。


「そうだとしても少しは遠慮しなさいよ! アゲハの料理は私だって楽しみにしてるの!」

「だったら小皿で三等分……、イタッ! 暴力反対……」


 暴力の前では、正論など意味を成さない。

 涙ぐむエウィンに庇護欲が刺激されたのか、アゲハがこのタイミングで沈黙を破る。


「いつでも作れる、から、気にしないで。次はもっと、量増やすね」

「アゲハ、そうやってすぐ甘やかさないの。あんたも気づいてると思うけど、こいつは甘えてもいい相手にはとことん甘える、計算高い奴なの」


 ハクアの分析は概ね正しい。

 エウィンは無意識ながらも、そのような少年だ。

 六歳で両親と死別して以降、愛情の類とは無縁の人生を歩む。

 甘えられる相手がいないまま成人してしまったことから、気を許した相手には子供らしい側面を見せるのだろう。

 そういった仕草がアゲハには愛おしく映るも、一方でハクアを苛立たせてしまう。

 エウィンとしても、この指摘には困惑せずにはいられない。


「け、計算⁉ 無実です! 前科一犯の僕が言ってもアレですが、甘えん坊うんぬんには無罪を主張します!」


 支離滅裂ながらも、教養のない頭で絞り出した反論だ。

 しかし、ハクアは背もたれにもられながら鼻で笑う。


「なーに、あんた前科持ちなの?」

「う、話すと長くなるのですが、この度そういうことになってしって……。この一か月間、牢屋に閉じ込められておりました。あ、でも、毎日二回もご飯食べさせてもらえて、貧困街の自宅より快適でした!」


 エウィンの報告が女性陣を驚かせるも、ハクアは食いつかずにはいられない。


「なかなか帰って来ないと思ったら、そんなことになってたのね。なんで捕ま……、あぁ、そういうこと」

「え? ハクアさんはご存じ?」

「いえ、でも予想はつくの。ほれ、さっさと全部話しなさい」


 食事用のテーブルを挟んで、赤髪の魔女が少年を見つめ返す。

 ここからが本題だ。

 森の鎮火や死体の片付けは部下達に指示したため、里長としてはエウィンの近況を精査することが最優先だ。


「僕が逮捕された経緯……、まぁ、あいつのせいなんですけど、そこに至るまでも右往左往あったので、じゃあ順番に……」

「そうね。ここを出てって、そこからね」


 帰国の目的は調べものだ。異世界についての本を探すために、この少年は単独で旅立った。


「あの日、僕は、帰りました。王国に」

「なんで急に歯切れが悪くなるのよ」

「な、なんか緊張しちゃって……」

「嘘でしょう? 肩肘張らずにさっさと進めなさい」


 さすがのハクアも困惑だ。

 牢獄生活が彼の知能指数を下げてしまったのか?

 満腹ゆえに頭が働かないのか?

 どちらにせよ、促されるがままに説明を再開する。


「王立図書館に向かったものの、浮浪者には入る資格がないみたいで追い出されてしまいました。そりゃーもうご丁寧に、でも、完膚なきまでに断られました」

「あら、そう。残念だった……、え?」


 浮浪者には職業選択の自由すらない。傭兵は数少ない選択肢の一つであり、アゲハと出会う前は草原ウサギを十年近くも狩り続けた。

 この境遇を嘆かない理由は、そういうものだと受け入れるしかなかったから。

 つまりは諦めており、図書館から追い出されたことも傷つきはしたがそういうものだと受け止めた。

 ゆえに、本人はあっけらかんと説明するも、ハクアはこのタイミングで恐怖心を抱く。

 エウィンの隣で、アゲハが怒り心頭だ。黒髪の先端、その青色がじわじわと拡大している。

 アゲハは、エウィンの不幸だけは我慢出来ない。

 日本人にとって、図書館は誰であれ利用可能な施設だ。

 そうあるべき場所なのだが、イダンリネア王国にはそのような常識は通用しない。

 貴族や富裕層だけに開かれた施設であり、そのような制限を設ける理由は、平民に知識を与えないためだ。

 なぜなら、そうすることが階級の維持に繋がってしまう。

 知識を蓄えた偉い人間が、愚かな民を支配し続けるという構図。これが悪か否かは定かではないが、少なくとも王国はこの千年間、巨人族相手に常勝だ。

 軍人として、あるいは傭兵として、使い捨てられる王国民。

 彼らを魔物と戦わせる、特権階級。

 この差を逆転させないためにも、知識と教養の独占は必須だ。

 図書館の利用制限はその施策の一つであり、エウィンのような浮浪者は当然ながら追い出されてしまう。

 アゲハは賢い女性だ。この世界に転生してまだ一年と経たないが、王国の差別を見抜いている。

 今回はエウィンが虐げられた。

 この事実が、彼女を怒り狂わせる。

 ハクアとしても、傍観だけはありえない。


(このままだと家が壊される⁉ お、奥の手を……)


 赤髪の魔女が急いで立ち上がる。

 その場から一瞬だけ姿を消した理由は、台所へ向かったためだ。

 一秒もかからずに戻ると、その手はお皿を携えていた。


「はい、デザートの芋けんぴ」

「わーい、芋けんぴ」


 エウィンが子供のようにはしゃぐも、ハクアは間髪入れずに提案する。


「あんたばっか食べてないで、アゲハにも食べさせてあげなさい」

「え? そういうことなら……。アゲハさん、あーん」

「え⁉ あ、あーん」


 作戦成功だ。

 アゲハは突然の芋けんぴに顔を赤らめる。

 口を開けない場合、釘のように鋭い芋けんぴが顔に刺さってしまう。

 芋けんぴがハクアの自宅を救った瞬間だ。家主は白衣のポケットに手を突っ込むと、項垂れるように背もたれへもたれかかる。


(こいつが帰って来て騒がしくなったけど……。それ自体は構わないのだけど……。どうしてかしら? 話しが前へ進まない……)


 美味しそうに芋けんぴを頬張る二人を眺めながら、ハクアもまた右手を伸ばす。

 同時に、催促を忘れない。


「食ってばっかいないで、続きを話しなさい」

「あ、はい。図書館の利用にはなんとかカードが必要だと教わったので、ダメ元でギルド会館に向かいました」


 オクタカード。貴族を筆頭に、一部の人間のみに支給される入館用の証明書だ。売買されるようなものではなく、入手には特別なコネが求められる。

 エウィンはギルド会館の窓口でこの件を尋ねるも、残念ながら空振りだ。

 しかし、新たな可能性を見いだせたことは吉報と言えよう。

 それが光流武道会だ。王国軍を中心とした催し物であり、腕に覚えのある軍人達が選ばれ、トーナメント方式で優勝を競う。

 優勝者には特別な褒美が与えられるため、エウィンがオクタカードを手にすることも理論上は不可能ではない。

 しかし、この手段もまた、あっさりと断たれてしまう。

 開催時期は、二年に一度の十一月。タイミングとしては丁度良かったのだが、この少年は出場の条件を満たせない。

 その理由は三点。

 出場料、求められる等級、そして地位だ。

 傭兵が光流武道会に申し込む際は、五十万イールを支払わなければならない。この金額は平均的な仕事のおおよそ二か月分に相当するのだが、エウィンの手元には八万イールしか残っていない。金策に励んだところで、残念ながら間に合わないだろう。

 等級に関しても、満たすことは叶わない。

 申し込める傭兵は、等級四以上に限られてしまう。

 一方でエウィンは等級二。等級三への昇級には年単位の時間がかかるため、これもまた不可能だ。

 そして、地位がここでも立ちはだかる。

 つまりは、浮浪者は他二つの条件を満たせたところで、出場を許されない。

 王立図書館の利用が完全に断たれてしまった瞬間だ。


「と言うことでその日は不貞寝して、次の日はお金を稼ごうと思ったんですが……」


 ギルド会館の依頼用掲示板には多数の羊皮紙が張り出されている。

 その多くが危険極まるものながら、その一枚はそれに加えて奇妙と言う他ない。

 なぜなら、依頼主は王国軍。

 エウィンはその人物を知っていた。

 第一遠征部隊の隊長、ジーター。ケイロー渓谷のゴブリン掃討戦で肩を並べた男であり、その剣捌きは多数のゴブリンを葬り去った。

 エウィンとジーターは再会を喜びつつも、その足でジレット大森林に赴く。

 目的は、特異個体の討伐。森の北部に現れたそれは手ごわく、既に軍人や傭兵が何人も殺されている。

 二人は森を抜けたタイミングで標的を発見するも、事態は急変してしまう。

 人間の言葉を話す炎の魔物、オーディエンが待ち構えていた。

 エウィンは特異個体を早々に仕留めると、父殺しの宿敵へ問い詰める。


「あそこには水の洞窟っていう地下空洞が存在して、僕も探検することになったんです」


 エウィンの報告に偽りはなく、だからこそ、ハクアは肩を落としつつもこのタイミングで割って入る。


「やっぱりオーディエンの仕業か。思ってた通りだわ」

「ファファファっていつもの感じで笑ってましたよ。水の洞窟は結界で入れなくて、でも僕が壊せちゃったもんだから。んでもって、最奥っぽいところで目当ての魔物と出くわしました。あいつ曰く、結界の残滓とか何とか……」


 エウィンがここで説明を区切った理由は、ハクアの反応を待つためだ。

 彼女は考え込みながらも魔眼を少年の方へ向けると、赤髪を揺らしながら口を開く。


「マリアーヌ様の因子は……、結界の残滓は手ごわかった?」

「はい。僕じゃ手も足も出せなくて、だからオーディエンが一人で倒してました。ハクアさんはなんでこのことを?」

「丁度一か月前に、つまりはあんた達がそいつを倒したタイミングで、マリアーヌ様に水の因子が戻ったの。そういう仕組みに、なっているの」


 千年前の出来事だ。

 光流暦六年、初代王は巨人族の本拠地に進軍する。

 そこで出会った敵こそが、人間でありながら巨人族を従える女、セステニアだ。

 最終決戦は熾烈を極めるも、最終的には王国側の勝利で幕を閉じる。

 しかし、仮初だ。

 セステニアは不老不死ゆえ、殺せない。

 ゆえに選んだ方法が封印だ。

 マリアーヌという女性は結界に関する天技を習得しており、その命と引き換えにセステニアを封印してみせる。

 その結界は千年経過した現代においても有効ながら、一方で綻びが生じ始めてしまう。

 つまりは、からくりが見破られてしまった。

 セステニアを閉じ込め続ける結界だが、解除の方法が存在する。

 大陸各地に零れ落ちた、マリアーヌの魔源。合計六個のそれらを彼女に戻すことで、結界は解除されてしまう。

 既に三個が済んでおり、その内二個がオーディエンの仕業だ。

 一つ目は千年前、初代王が仲間を助けるために倒してしまった。これが炎の因子。

 二つ目は四百年前、オーディエンが何も知らないままに討伐。これが土の因子。

 三つ目はつい先日の出来事だ。

 水の因子が白紙大典に帰り、残りは氷、風、雷だけとなる。


「なるほど。属性の相性を無視して勝っちゃうオーディエンって、やっぱりめちゃくちゃ強いんですね」


 エウィンとしても唸るしかない。

 水の洞窟で戦った巨大貝は、水属性の魔物だ。火の魔法が通用しない相手ながらも、オーディエンは圧倒的な火力でこの貝を焼き尽くしてしまう。


「まぁ、あいつならね。で? 倒してハッピーエンドとはいかなかったんでしょう?」


 ハクアの言う通りだ。

 エウィンの転落はここから加速する。


「はい。水の洞窟から出たら、目の前には軍人さんがいっぱい。そのまま逮捕で連行、牢屋に放り込まれて今に至る、と」

「いやいや、今には至らないでしょうに。釈放されたんだから」


 あるいは出所か。刑期を満了したのだから、釈放という単語は不適切だろう。

 エウィンが犯した罪は、禁足地への侵入。重罪であり、本来ならば極刑が相応しい。

 にも関わらず、刑期が一か月間に縮まった理由は、百を超える嘆願書が提出されたからだ。

 恩赦を求めるそれが上層部を突き動かし、この少年は首を斬り落とされないばかりか、たった一か月で開放された。

 エウィンの逮捕は極秘事項ながらも、王国軍の内部では瞬く間に知れ渡る。

 その結果、大勢の軍人達が動き出すも、とりわけその三人は対応が早かった。

 マークとダブル、そしてジーターだ。

 彼らが競うように嘆願書を提出するも、そこに至る経緯や立ち位置は異なる。

 マークは元隊長だ。半年前、六人の魔女に襲撃を受け、部下全員が殺された。マーク自身も危うかったのだが、駆け付けたエウィンに救われる。

 ダブルは第二遠征部隊の隊長だ。ケイロー渓谷でのゴブリン掃討戦に際して、エウィンに助力を乞う。この少年は戦力としても申し分ないが、それ以上に索敵能力がその作戦においては大いに役立った。

 ジーターは第一遠征部隊の隊長であり、ゴブリン掃討戦だけでなく、水の洞窟についても当事者だ。

 この三人がエウィンのために動くも、その流れはそれだけに留まらない。

 第一遠征部隊と第二遠征部隊は当然ながら、それ以外の軍人達も嘆願書をしたためた。

 最たる理由は、第四先制部隊絡みだ。マークが率いた部隊であり、魔女に全滅させられたため、今は存在していない。

 しかし、知人、友人達は知っている。

 救えはしなかったが、敵討ちは十八歳の傭兵によって完遂された、と。

 恩に報いないほど、彼らは愚かではない。

 禁足地への侵入がいかに重罪であろうと、エウィンは王国軍にとって紛れもない恩人だ。

 この主張が上層部だけでなく、さらに上まで届いた結果が、禁固刑一か月への短縮と言えよう。


「詳しくは教えてもらえなかったんですけど、今朝、いきなり追い出されて、僕としてもさっぱりなんです」


 そして、今度こそ今に至る。

 自身の状況を理解出来ていないエウィンに呆れながらも、ハクアは必要以上に問いたださない。芋けんぴを咀嚼し終えると、赤髪を揺らしながら両腕を組む。


「まぁ、いいわ。その足でここに来て、アゲハとユーカリを助けたのね」

「はい。ギリギリでしたけど、間に合って良かったです。あの人達って何者なんですか? 自分達のことを渡り鳥って言ってましたけど……」

「連中は昔からちょっかいを出してきてて、とくにここ百年はしつこいの。とっ捕まえて情報を吐かそうとしても、魔眼か何かで勝手に死ぬから、手がかりは一切なし。面倒くさい連中よ」


 さすがのハクアも、ため息をついてしまう。

 謎の襲撃者は不定期ながらも必ず現れ、この集落に牙をむく。

 被害規模はその時々ながらも、モーフィスの家族が殺されたという過去はその内の一つだ。

 里長としてはもどかしい。敵への反撃すら行えない現状は、彼女としても歯がゆい限りだ。

 そういった心情を察したのか、エウィンは空気をほぐすように持論を述べる。


「また来たら、またまた僕が返り討ちにしてやります。なんたって僕は、パワーアップしましたから」

「あぁ、モーフィスから少し聞いたわ。あんたが腕を上げたかもって」

「はい。牢屋の中は暇なので、ずっと筋トレしてました。腹筋、腕立て、スクワットを、それぞれ千回だか一万回だか……」

「数が全然違うじゃない」

「いや、だって、五十越えた辺りで数えるのが苦痛になっちゃって。むしろ筋トレより数える方が大変、みたいな。だからもう無心です」


 この少年は黙々と肉体を鍛え続けた。

 朝から晩までトレーニングに励むという行為は本来ならば悪手なのだが、この世界の傭兵に常識は通用しない。

 もっとも、身体能力の大幅な向上は事実だ。

 しかし、その最たる理由はトレーニングではなくアゲハに由来る。

 彼女の涙がもたらした奇跡。まさしく神の所業であり、転生者のみに許されたボーナスだ。

 エウィンはリードアクター無しに渡り鳥の一人を圧倒するも、本人は努力が実を結んだと思い込んでいる。

 残念ながら、この思い違いは今後も正されない。


「成果が出た以上、今後もがんばる所存です」

「にわかには信じ難いけど、そうね、明日、うん、明日にでも、モーフィスに成長の度合いを確認してもらいなさい。私の経験則だと、筋トレなんてたかが知れてるはずなんだけど……」

「わかりました。あ、そうそう、オーディエンについて色々わかりましたよ。もしかしたら、ハクアさんの知らないことも」


 話題が変わるも、これはこれで重要な案件だ。

 ハクアは皿へ伸ばした腕を止めると、眼前の少年を見つめ直す。


「へぇ、話してみなさい」

「あいつの目的は、セステニアの封印の解除じゃありません」

「そう言ってたの?」

「はい。あいつはただ見たいだけなんです」

「何を?」


 ハクアが問うも、居間は静寂に包まれる。

 エウィンが芋けんぴを口に含んだためだ。細いそれは噛めば噛むほど甘く、女性二人から催促するように見つめられても、この少年は咀嚼を止められない


「はよ言え」

「んぐっ⁉ なんですぐ殴るのこの人……。オーディエンの目的は、僕とセステニアを戦わせることです」


 ハクアとオーディエンは友人ではないのだが、古い知人であることは間違いない。

 そういう意味では、エウィンよりもこの魔物について知っている。

 その実力を。

 その実績を。

 その野心を。

 しかし、この説明には耳を疑ってしまう。

 ゆえに、眉をしかめずにはいられなかった。


「意味がわからない。どういうこと?」

「正しくは、最強と最強が戦うところを見たいってことらしいです。片方はセステニアで、もう片方は僕じゃなくてもいいようですけど、あいつは僕をご指名です」

「あんたが無様に殺されるさまを見たいってこと?」

「こわ……。まぁ、結果はどうでもいいらしいです。最初聞いた時は僕も理解出来なかったんですけど、牢屋の中で筋トレしながら考えてみたら、あぁ、確かにって納得出来て……。見れるもんなら見たいに決まってます、そんな戦い」


 この説明にハクアは首を傾げるも、アゲハが久方ぶりに口を開く。


「わ、わたしの、世界だと、格闘技っていう、スポーツと言うか、分野があって、見たい人は、お金払ってでも、観戦してた」


 ボクシングやプロレスを筆頭に、多様なショーがいくつかの媒体で発信されていた。

 殺し合いではなくルールに乗っ取った試合ながらも、エンターテインメントとして人々を魅了したことは事実だ。

 もっとも、ウルフィエナの住民には馴染みがないため、共感は得られない。


「本当に? 殴り合うだけでしょう?」

「うん、殴ったり、蹴ったり……。でも、勝った方は、お金持ちに、なれる」


 アゲハの説明は誇張気味ながらも、概ね正しい。

 戦うことが、見世物になる。地球ではそのような考えが浸透しており、動く金も高額だ。

 アゲハは日本人ゆえ、エウィンの発言をあっさりと受け入れられるも、ハクアが理解出来るかどうかは別問題だ。


「意味わからない。エウィンはどう考えてるの?」

「本音だと思ってます。オーディエンは本当にただ見たいだけで、なんせ僕が勝っても負けても、どっちでも良いとすら言ってましたから」

「そう……。あいつの今までの言動と照らし合わせると、まんざら嘘でもなさそうね。納得は出来ないけど……。例えばなんだけど、私とオーディエンが戦うとしたら、見てみたい?」

「え? 超見たいです。アゲハさんもそうですよね?」

「あ、その、わたしは、別に……」

「はう! いきなりはしごを外された! モ、モーフィスさんにも訊いてみてください! 絶対見たいって言います!」


 孤立無援ながらにエウィンは焦るも、対照的に女性陣は冷静そのものだ。

 ハクアはお茶で喉を潤しながら、天井を見上げる。


「あんな戦い、二度と見たくないのだけど……。まぁ、いいわ。今度会ったら、私からも問い詰めてみようかしら」

「ひょっこり現れますもんね、あいつ……。あぁ、もう一個ありました、判明したことが。オーディエンにはもう一人、仲間がいます」


 この点こそが、ハクアが勘違いしていたことだ。

 セステニアを頂点として、その下にオーディエンが位置する。ここまでは正しいのだが、この勢力は二人だけでは済まない。


「もう一人? どういうこと?」

「名前はホワイエ。見た目はほとんど人間らしくて、美人で胸が大きくて、しかも裸らしいです」


 オーディエンは胸について言及していない。少年の妄想が着色してしまっただけだ。

 この情報に対して、女性二人は異なる反応を示す。


「ホワイエ……、そいつが何なの?」

「異世界について研究しているそうです。しかも裸らしいです」

「うるさい。アゲハ、一発殴っときなさい」

「うん」

「え? ちょ、僕は何も……。ただ、ホワイエさんとお近づきになりたいだけで……。ギャー! 目がー!」


 エウィン・ナービス、十八歳。将来の不貞行為を咎められた結果、両目を潰されてしまう。

 いつもの痴話喧嘩ゆえ、マッチポンプながらも治療はあっさりと完了だ。

 この世の不条理を噛みしめながら、少年は続きを話す。


「はぁはぁ、まだちょっと痛い……。僕がセステニアを倒して、その後にオーディエンも負かすことが出来たら、ホワイエさんを紹介してもらえるらしいです」

「あんたが言うと、なんだかいやらしいことに聞こえるわね。と言うか、その順番なのね? まぁ、そうなるのか」


 強さや上下関係を考慮するならば、部下でもあるオーディエンが先に立ちはだかるべきか。

 しかし、この魔物は主が戦う姿を、最前線で眺めたいと考えている。その場に自分がいないということはありえないため、歪な順番になってしまう。


「はい。あ、訊きそびれたな。僕以外があいつらを倒した時は、どうなるんだろう?」

「さぁ? 美人で巨乳の裸女は、お預けなんじゃない?」

「く! その人と出会うためにも! あ、間違えた。アゲハさんを元いた世界に帰すために! 僕ががんばらないと!」


 残念ながら、取り繕えていない。

 隣の少年が邪な感情を抱いていると改めて察知したことから、アゲハが両手の人差し指を指差すように向ける。

 目つぶしだ。

 そうであると裏付けるように、悲痛な叫び声が響く。その絶叫はハクアの自宅から漏れ出て、静かな里に木霊するほどだ。

 若者の暴力的なスキンシップを眺めながら、ハクアは考え込まずにはいられない。


(ホワイエ……、そんな仲間がいるなんて、オーディエンは一度たりとも……。当たり前か、あいつも私を利用してるに過ぎないもの、必要以上に手の内を晒すわけないか)


 ハクアとオーディエンの関係は難しい。

 敵同士でありながら、手を取り合っている。

 あるいは、休戦協定を結んでいるだけか。

 どちらにせよ、両者の方向性は奇しくも合致している。


「エウィン、一ついいかしら?」

「はぁはぁ、二連続で目ん玉潰されてそれどころじゃないんですけど……」

「オーディエンは、あんたの成長を待ってくれるって言ってた?」


 これこそが最大の懸念点だ。

 オーディエンはその気になれば、すぐにでも主の封印を解けてしまう。

 その手段は二種類。

 結界の残滓を自力で葬り去るか。

 エウィンを強制的に拉致し、セステニアの結界を破壊させるか。

 どちらも実行可能であるとハクアは理解しており、オーディエンの意志を確認せずにはいられない。


「いえ、何も……。ただ、僕を戦わせる気満々だったので、待ってくれるんじゃないですか?」


 楽観的な推測ながらも、事実そのはずだ。

 視力の回復を恐る恐る確かめながら、エウィンはゆっくりと椅子に腰かける。

 その隣には、鼻息荒く芋けんぴを口に運ぶアゲハ。数時間前には殺されかけるも、今はエウィンを虐げられる程度には元気だ。

 そんな両者を見比べながら、ハクアが大きく息を吐く。


「今日はもうゆっくりなさい。私は警戒班を何人か連れて森を見ないといけないから、アゲハ、夕食は任せたわよ」

「うん」


 家長の起立が、居間の空気を解きほぐす。

 雑談を交えながらの家族会議はお開きだ。エウィンとアゲハは単なる居候ながらも、既に遠慮はない。

 今はまだ昼過ぎながらも、里はどこか疲弊している。

 そんな中、エウィンはどこか嬉しそうだ。


「あー、そっか。アゲハさんのご飯、久しぶりだなぁ。って、さっきのお肉がそうだったか」


 地下牢で出された料理も申し分なかった。

 質素な上に薄味ながらも、飢えずに済むという環境は浮浪者にとっては楽園だ。

 それでもここには、アゲハがいる。

 子供が母親に甘えるような感情ながらも、エウィンは夕食に期待せずにはいられない。


「食べたいもの、ある?」

「ん~、あ、焼きおにぎり」

「うん、作るね」


 ここはハクアの自宅ゆえ、調理器具も調味料も揃っている。わがままは言えないが、エウィンの希望に沿う程度なら十分可能だ。

 ハクアの外出を見届けたタイミングで、この家には二人だけが取り残される。

 食事と休憩ですっかり疲労が取れたことから、エウィンとしても提案せずにはいられない。


「ハクアさんはああ言ってくれたけど、トカゲ狩りを手伝った方がいいのかな? 大変なことになっちゃったし……」

「そう、だね。わたしも、今日は狩れなかったから……」

「え? アゲハさんが狩りを?」

「うん、強くなるためにも、やることになって」


 その後も二人の談笑は弾む。おおよそ一か月ぶりの再会ゆえ、話題はいつまでも尽きない。

 アゲハは口数少ない女性ながらも、この少年の前なら口を開ける。

 エウィンも彼女のことを大事に思っており、もっともこの感情は恩人としてのそれだ。


「あ、だったら、筋トレおすすめですよ。一緒にやります?」

「え、えっと、少しなら……」


 エウィンの提案が彼女を困らせる。

 腕立て伏せ一万回など、絶対に不可能だ。この少年のペースに付き合った場合、肉体は確実に壊れてしまう。

 それでも否定しきらない理由は、アゲハとしてもエウィンとの時間を共有したい。

 この世界に転生後、直近の一か月を除けば常に行動を共にしてきた。依存しているだけかもしれないが、彼女にとってはそここそが定位置だ。

 二人の会話に主たるお題目などないが、これは会議でもなければ討論会でもない。思いついた順番に話し合えば、追従するように盛り上がれてしまう。

 牢屋での過ごし方。

 ミファリザド狩りの苦労。

 水の洞窟をオーディエンと探索したこと。

 彼らの話し声はいつまでも途切れない。

 暖かな居間で、肩を並べて座り合う男女。この光景だけを切り取れば恋人か夫婦のようだが、実体は異なる。

 少なくとも、エウィンは恋心を抱いておらず、なぜならアゲハを送り返すつもりだからだ。

 それでも今は、笑顔を絶やさない。帰還のタイミングなどわからないのだから、その時が訪れるまでは手を取り合って進み続けたい。

 エウィンとアゲハ。

 全てを失った傭兵と、地球からの転生者。

 彼らはまだ知らない。

 迷いの森を狙う、黒い闇を。

 オーディエンとセステニアの実力を。

 この世界の秘密を。

 そうであろうと、問題ない。

 二人は全てを越えて、いつの日かたどり着く。

 そのための力は、既に与えられている。

 リードアクターとワスレナグサ。

 種が芽吹いた以上、快進撃はここからだ。

 彼らの歩みは、決して止まらない。

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