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第九十話 羽を休めて

 老戦士は身の丈二メートルを超えている。

 相対する魔女は、彼と比べて頭二つ分以上は小柄だ。

 チリチリと草木がくすぶる焼け野原で、二人はにらみ合う。

 モーフィスとモカ。互いに名乗ってはいないものの、挨拶など不要だ。

 彼女の姉は、モーフィスがつい先ほど殺した。

 首無し死体がそれであり、頭部はこの付近に見当たらない。

 モカにとっては、眼前の老人は姉の仇だ。

 そのはずだが、苛立つ素振りすら見せない。


「モカもいっぱい殺した。魔物も、巨人も、いっぱいいっぱい殺した」

「そうか。巨人族とやりあっとるっちゅうことは、おまえさん達の里は西にあるんじゃな」


 モカの失言をモーフィスは見逃さない。

 巨人族はコンティティ大陸のほぼ全域を縄張りとするも、裏を返すと部分的には押し負けている。

 イダンリネア王国とその周辺は、人間の支配下と言っても差し支えない。迷いの森は遠く離れた土地ながらも、その一部に含まれる。

 モカを含む四人の魔女は、西の方角から訪れた。得られた情報はこの程度ながらも、モーフィスは皺を増やすように笑みをこぼす。

 なぜなら、やっと得られた手がかりだからだ。

 この森が攻め込まれた回数は、一度や二度では済まない。

 ハクア達はその全てで勝利を収めるも、襲撃者については何一つとしてわからなかった。

 生け捕りに失敗したわけではない。

 拷問に抵抗があるわけでもない。

 言葉が通じるにも関わらず、彼女らについて一切合切が不明な理由。

 それは、情報を吐かせる前に自害するためだ。

 正しくは、そういった枷がバックドアとして襲撃者に組み込まれている。

 眼前の魔女にも細工が施されているはずだ。

 モーフィスもそれを承知で問いかけるも、モカは首を傾げてしまう。


「西? わからない。モカはお姉ちゃんの後ろをついてっただけ」

「む、う、斬新な返答じゃ。おまえさん達はどこで暮らしておる?」

「知らない。洞窟の向こう」


 新たなパターンとの邂逅だ。

 この魔女が情報を漏らすことはない。

 なぜなら、無知だからだ。

 モーフィスは唸りながらも、念のため尋ねる。


「どこの洞窟じゃ?」

「知らない」

「困ったのう。仮におまえさんが俺達を殺せたとして、帰りはどうするつもりじゃ?」


 当然の疑問だ。

 この問いかけがモカの首を傾げさせるも、答えはあっさりと導き出される。


「あ、思い出した。タイガーとティットスがいる。一緒に帰る」

「ほう、お仲間か。そいつらはどこじゃ?」

「森の外」


 モーフィスは念のため周囲を見渡すも、人影はこの魔女と後方待機の警戒班三人だけ。実際にはそれ以上の同胞が身を潜めているのだが、敵の姿はモカだけだ。


「外? 時間差で攻め入る……」


 この瞬間、巨体が慌てて振り返る。

 気づいてしまった。

 ゆえに、確認せずにはいられない。


「誰か、ユーカリとアゲハを見とらんか⁉」


 その二人は日課として、ミファリザドを狩っている。朝食後、いくらか落ち着いた頃合いに出発するため、今がまさしくその時間帯だ。

 ユーカリとアゲハが敵と出くわしてしまう可能性。

 それに気づけた以上、目撃者になり得る警戒班は尋ねる相手としては最適だ。


「先ほど見ました! いつものトカゲ狩りです!」


 今日の当番であるルルが叫ぶように事実を伝えると、隣のナーフェも首を縦に振る。

 この報告がモーフィスの脳裏に最悪の事態を連想させるも、敵の眼前で集中力を切らす行為は愚かと言う他ない。


「隙だらけ」


 白髪の魔女が、細腕でこん棒を振り抜く。

 この鈍器は巨人族から奪った戦利品だ。人間を叩き潰すための凶器であり、本来の使用者は巨人が想定されている。

 モカは自身の身の丈と大差ないこれを、いともたやすく薙いだ。

 彼女の腕力が、巨人族と同等かそれ以上であることは疑いようがない。

 この暴力は人間を破壊出来てしまう。モーフィスと言えども、例外ではない。

 そのはずだが、今回に限っては相手がイレギュラー過ぎた。


「痛いのう。もう少し行儀よく待っておれんのか。いや、今回は俺の不注意か。ガハハ」


 圧倒的な重量で胴体を殴られたが、巨体はそこから動かない。

 先ほどは、幾本もの樹木を砕きながら吹き飛ばされたが、今回は異なる。

 その理由がわからないため、モカは不思議そうに老人の顔を見上げてしまう。


「なんで?」

「教えてやろう。俺の戦闘系統は強化系。おまえさんの実力を認めた以上、こちらも本気を出さなければ失礼じゃろう?」

「ん、肉質向上?」

「正解じゃ」


 肉質向上は戦技の一つ。全身の強度を高めてくれるため、言うなれば打たれ強さが向上してくれる。

 劇的な恩恵を受けられるわけではないのだが、モーフィスは既に身構えていたため、今回は耐えることが出来た。

 大胸筋を見せつけるように背筋を正すも、勝ち誇るためではない。


「里長! ユーカリとアゲハが危険じゃ!」


 報告だ。

 眼前の敵は有象無象の雑魚ではない。

 ならば、森の外で待ち構えている残りの二人も、強者であることはほぼほぼ確定だ。

 このままでは殺されてしまう。

 トカゲ狩りが鍛錬になるアゲハでは、敗北は確実だ。同伴するユーカリでさえ、勝ち目はない。

 モーフィスの咆哮を受けて、ハクアが声だけで反応を示す。


「ち、そう言えば、あの子達……。私が……、向かうしかないか。ここは任せたわよ!」

「おう!」


 このやり取りが、焼け焦げた森に静寂をもたらす。

 足音すらなく、最大戦力のハクアがここを離れた。

 その結果、モーフィスは残された者として、一対一を強いられる。

 もちろん、この状況は願ったり叶ったりだ。

 眼前の魔女が手ごわいと知れた以上、単身で挑みたいと思ってしまった。

 理由は二つ。

 警戒班に任せた場合、彼女らが殺されてしまうから。

 眼前の魔女が、間接的には家族の敵討ちだから。

 モーフィスは六十六歳の老人だ。世帯向けの一戸建てに一人で暮らしている理由は、体が大きいからではない。

 彼には家族がいた。

 愛する妻と、大事な一人娘。

 二十年前のモーフィスは、警戒班の班長だった。

 娘も警戒班に所属しており、親子揃って迷いの森を守っていた。

 契機は、娘が結婚した直後に訪れる。

 警戒班はミファリザド狩りも仕事の一つだ。その肉は貴重な食材ゆえ、森の警戒を交代するタイミングで荒野に赴き、トカゲを狩って持ち帰る。

 しかし、その日はいつもと異なっていた。

 アゲハとユーカリがそうであったように、彼らは見知らぬ魔女と出会ってしまう。

 待ち伏せか。

 襲撃のタイミングで鉢合わせただけか。

 どちらにせよ、戦いは避けられない。

 正しくは、一方的な虐殺だ。

 警戒班は選りすぐりの人材ながら、現れた魔女はそれ以上。警戒班は瞬く間に殺されてしまう。

 モーフィスが駆け付けた時には敵味方問わず死体の山が築かれており、赤髪の魔女ことハクアだけが傍らに佇んでいた。

 彼女がいかに強くとも、殺された同胞は蘇らない。

 そういう意味では、ハクアも間に合わなかった。

 圧倒的な実力で襲撃者達を掃討したものの時既に遅く、部下達は息絶えた後だった。

 この日、モーフィスは娘だけでなく、警戒班に所属していた義理の息子も殺された。

 たった一日で二人の家族を失った彼だが、不幸はこれだけに留まらない。

 後を追うように、妻が病死。

 この瞬間、モーフィスは真の意味で独りっきりになってしまう。

 そういった出来事が重なったことで、彼は警戒班の班長を退く。

 以降は喪失感を埋めるように若者の指導役を務めるも、その甲斐あって警戒班は瞬く間に再編される。

 魔女の里で暮らしていながら、魔女に家族を殺された老戦士。それがモーフィスだ。

 敵の正体については、依然として何一つ掴めていない。

 それでも、わかることはある。

 迷いの森は不定期ながらも他所の魔女から襲撃を受け続けており、それが同一のグループであることは疑うまでもない。

 ゆえに、眼前の魔女は、間接的ながらも復讐の相手だ。

 男は白い歯を見せながら、本心を言い放つ。


「悪いが、おまえさんも生かしては帰さんぞ。姉共々、ここで始末する」

「モカは強い。モカは負けない。だから選ばれた」


 モカとしても言い返さずにはいられない。殺す相手に大口を叩かれた以上、手よりも口が動いてしまう。

 対照的に、大男は至って冷静だ。


「ふむ、やはり指示役がいるのか。ここまでわかれば今日のところは上出来か? 里長に任せたとは言え、二人が気になるしのう。よし、終わらせる!」


 これ以上は言葉など不要。そう断じるように、殺し合いが再開される。

 モーフィスが潰すように殴りかかるも、反射神経と小回りはモカが上だ。大きな拳をひらりと下がって避けられたばかりか、巨大なこん棒で即座に殴り返されてしまう。

 迫る凶器は巨大だ。そうであろうと、モーフィスは全く怯まない。盾に見立てた左腕で受け止めたばかりか、間髪入れずに反撃を試みる。

 相手が後退した分だけ距離を詰めると、有無を言わさないローキック。相手が子供のように小柄であろうと、手心を加えるわけにはいかない。

 眼前の魔女はこの森を焼いた。全焼には至らずとも、その被害は決して無視出来ない。

 ましてや、木々だけでなく昆虫や小動物も被害者だ。

 ここで食い止めなければ、里の人間が同じように焼かれてしまう。

 これ以上の虐殺を阻止するためにも、モーフィスは一人の人間として、眼前の魔女を殺さなければならない。

 そのための蹴りだ。グレーのワンピース越しに左脚の破壊を試みる。


「うっ?」


 モカの体が大きくよろめく。

 その結果、崩れるように膝をつくも、その理由は明白だ。

 左脚を損傷した。骨が折れたか否かは不確かながらも、すぐには立ち上がれない。

 無表情ながらも困惑する対戦相手を見下ろしながら、モーフィスが断言する。


「おまえさん、魔攻系じゃろう? 近づかれた時点で、いや、姉を殺された時点で詰んどる」


 つまりは、魔法の利点を活かせないと指している。

 離れた位置からの一方的な攻撃。これこそが魔攻系の立ち振る舞いであり、モカもそんなことは百も承知だ。

 しかし、彼女の姉は敗北した。その死体は黒焦げの地面に転がっており、頭部も離れた位置で放置されている。

 その結果が近接戦なのだが、魔女は反論せずにはいられない。


「モカは、負けない……」

「その意気込みは買うが、だったらほれ、さっさと立たんか」


 高圧的な言い回しが、彼女の神経を逆なでる。

 もちろん、モーフィスはそれを狙った上で発言しており、攻撃の手を緩めるつもりなどない。

 魔女が体を起こしきった瞬間だった。短パンから伸びる右足が、サッカーボールを蹴るように彼女の腹部を蹴飛ばす。


「かはっ!」


 モカの顔が初めて苦悶の表情を浮かべる。

 さらには勢いよく吹き飛ぶも、その際に鈍器を手放してしまう。

 それほどの衝撃だ。

 想像を絶する激痛だ。

 内臓がいくつか破壊されたのだろう。彼女は倒れたまま大量の血を吐いてしまう。

 灰色の髪を整える余力すら残っていない。混濁する意識の中、真っ青な空を見上げ続ける。

 耳を澄ましてはいないのだが、近づく足音はいつもより明瞭だ。


「超越者の割には脆いのう。鍛錬をさぼるからじゃ。いやまぁ、才能がある奴ほど陥るあるあるなんじゃが……」


 声の主はモーフィスだ。

 この老人は出かかった言葉を一旦飲み込む。

 本来ならば、こう言いたかった。

 近づかれたケースを考慮するのなら、大振りな武器ではなく短剣や小剣を携帯すべきだ、と。

 しかし、彼女の選択を一概には否定出来ない。

 モカは小柄な女性だ。リーチの差を埋めるのなら、巨人族のこん棒は悪手ではない。それを使いこなせる腕力があるのだから、選べる武器の中では最善だったのかもしれない。

 なんにせよ、決着だ。

 この魔女は森を焼くことは出来たが、モーフィスには敵わない。

 魔源を吸い取るという優秀な魔眼すら活かせないまま、最後の一羽は自らの血液で窒息死する。


「才能はあったんじゃろうな。少なくとも、俺よりは……。里長が選んだ嬢ちゃんに勝るとも劣らない、超越者じゃったろうに……」


 超越者。人間という枠組みから外れた、優れた身体能力の持ち主を指す。

 例えば、この老人もその内の一人だ。樹木はおろか、鋼鉄の武具すら握るだけで潰せてしまう。

 その握力は巨人族以上だ。魔物でない限り、生物的にあり得ない神業だ。

 だからこそ、超越者という分類が生み出された。

 この魔女も同類だ。生まれながらの超越者なのだが、今回ばかりは相手が悪かった。


「娘と大差ない若者を、殺さんといかんとはのう。もっとも、先に仕掛けたのはおまえらの方じゃ。こうしてちょっかい出してくるのなら、俺は容赦はせん」


 復讐の連鎖は止まらない。

 モーフィスはこの心理に気づいているからこそ、相手が誰であれ殺すことをためらわない。

 人形のように静止した敗者を見下ろしながら、大きく息を吐いてしまう。

 勝利を喜べない理由は、虚しさが原因か。

 この魔女を殺したところで、失った家族は戻らない。

 それをわかっているからこそ、空を見上げずにはいられない。

 その時だ。

 荒野の方角から、軽快な足音が近寄って来る。


「あ、モーフィスさん。これは……、あぁ、そういうこと……」


 少年は息一つ切らしていない。自動車のような速度で焼け野原を駆け抜けたばかりか、彼の抱える荷物は人間二人と大きなリュックサック。

 まるでランプのように白く発光するも、モーフィスはそれ以外の部分に関心を寄せる。


「おう、エウィンか。久しぶりじゃのう。んん? 両手に花とは言うが、いったいどういう状況だ? あ、まさか、荷物みたいに運んでるのはユーカリか?」


 エウィンがイダンリネア王国から帰還を果たした瞬間だ。

 真っ白な闘気はリードアクター。これのおかげで足が速くなったばかりか、大荷物も容易く運べてしまう。

 その荷物だが、大きなリュックサックだけではない。

 アゲハと、瀕死のユーカリだ。

 モーフィスの言う通り、エウィンはユーカリを俗に言うお姫様抱っこで運んでいる。意識はあるが身動きが取れないほどに衰弱しているため、運搬方法としてはこれがベストだと判断した。

 その結果、アゲハも運ぶとなると背中に担ぐしかないのだが、エウィンの荷物を放置するわけにもいかないため、彼女はおぶさりながら同時にリュックサックを背負うことになった。

 女性を抱えながら、二人目をおんぶ。この状態で荒野を瞬く間に走破したのだから、この少年もまた超越者に他ならない。


「あれ? カリカリさんじゃなくて?」


 エウィンはユーカリの名前を誤認しており、モーフィスの問いかけに首を傾げてしまう。

 ゆえに、アゲハは背負われたままながらも訂正せざるを得ない。


「うん、ユーカリさん、だよ」

「あ、そうなんですね。モーフィスさん、この人とアゲハさんが変な人に襲われてたので助けました。その際に……、あ~、説明は後でするのでこの人の手当をお願いします」

「おう、任せろ」


 負傷者の引き渡しが済み、アゲハがモーフィスへ説明する中、エウィンは見知らぬ死体を黙って見下ろす。


(モーフィスさんに返り討ちにあったのか。迷いの森がガッツリ燃やされてるけど、この子の仕業か? と言うか、もう一人は?)


 見当たらない。

 少なくとも、この周囲には死体は一つだけだ。

 モーフィスの号令で警戒班が一同に集まると、ユーカリへの水分補給が開始される。

 そのタイミングで、エウィンは問いかけずにはいられない。


「僕は魔女を二人を倒しました。そっちは?」

「俺も二人殺したぞい。そいつと、後ろの方にもう一人」

「敵は四人組って言ってましたし、だったらこれで終わりですね」


 少年の言う通りだ。

 渡り鳥は四人の精鋭で組まされている。

 森を焼きつつ里を滅ぼす姉妹と、逃亡者を殺す二人。

 その二段構えはあっけなく阻止された。

 モーフィスとエウィン。この二人がいなければ、ユーカリとアゲハだけでなくもう何人かは殺せただろう。


「ガハハ! エウィン、よくやった! おまえさんが間に合わなかったら、ユーカリとアゲハは……」

「殺されてたでしょうね。ユーカリさんがどれほどかは知りませんが、アゲハさんですら髪の毛青くしても敵わないとか、どんだけやばい連中だったか……」

「じゃが、おまえさんは勝ったんじゃろう?」

「はい。ただまぁ、問答無用で殺しちゃいまして……。本当は生け捕りがベストなんでしょうけど、敵がまだ残ってるとなるとこっちは仕留めるしかないかな、と思って……」


 魔女を襲う魔女についての情報収集。もしもこれが実現したのなら、反撃が可能となっただろう。

 しかし、モーフィスはこれを否定する。


「残念ながら無駄じゃ。奴らからは情報を得られん。口封じの魔眼か何かが作用してのう、問い詰めても無駄なんじゃ」

「え? それって、こういう襲撃が過去にもあったんですか?」

「あぁ、一度や二度ではない」


 この瞬間、エウィンは真っ白なオーラを解除する。敵がいないとわかった上、この森が計画的に狙われていると知らされたことから、なぜか気が抜けてしまった。


「あいつの言ってた通りってことなのか?」

「ほう?」

「あ、王国を攻めるのにここが邪魔だ、みたいなことを言ってて……」


 エウィンが殺した魔女の発言だ。

 渡り鳥にも情報を漏らさないための魔眼が呪いのようにかけられているのだが、それは自分達の居場所に関する情報に限定される。


「そうか……。ところで、里長とは会わなかったか? おまえらを探しに行ったんじゃが……」

「いえ、もしかしたらすれ違ったのかも。ミファレト荒野は広いですし」


 本来ならば何日もかけて横断する荒れ地だ。目印になるような建造物すらないため、事前の約束があろうと合流のハードルは非常に高い。

 手厚い介護を受けるユーカリを眺めながら、モーフィスが息を吐くようにつぶやく。


「そうじゃろうな。なんにせよ、ご苦労だった。警戒班から身を引いたとは言え、礼を言わせてくれ」


 大男が白髪を見せるように頭を下げる。

 この作法には、エウィンとしてもたじろぐしかない。


「そんな……。僕としても、間に合って良かったです。と言うか、こっち側の被害は?」

「うむ、全員無事じゃ。俺が割って入らなければ、何人か死んでたろうが……。今回の敵は、それほどの強敵ということじゃ」

「僕だって筋トレして強くなってなかったら、どうなってたことやら。ところで、ユーカリさんが別の意味で死にそうですけど……」


 そして二人は視線を動かす。

 その先では、革製の水筒を口に突っ込まれ、ユーカリが溺死しかけている。過剰な水分補給が人間を殺す瞬間だ。


「奴も栄えある警戒班の一人。ちょっとやそっとじゃ死なんじゃろう」

(本当かな~? 白目向いてるけど……)


 老人の予想が正しいか否かは、この傭兵にはわからない。

 どちらにせよ、言えることは一つだけ。

 今回の襲撃は阻止出来た。負傷者は出てしまったが、幸運にも命に別状はない。

 アゲハが気まずそうにエウィンへ歩み寄るも、無言を貫く。再会を喜んではいるのだが、口下手ゆえに言葉が出てくれない。

 そんな彼女へ笑顔を向けながら、エウィンはゆっくりと口を開く。


「積もる話もあるでしょうし、後は任せて帰りましょう。他人の家ですけど」

「うん」


 エウィンは浮浪者ゆえに帰る場所がなく、アゲハに関しても異なる理由で地球には戻れない。

 それでも問題ない理由は、ここが迷いの森だからだ。ハクアの家に居候しており、そこが帰る場所になっている。

 未だ燻ぶる焼け野原。戦闘の傷跡そのものながらも、そこを歩く二人は笑顔を絶やさない。

 おおよそ一か月ぶりの再会だ。口数少ないアゲハですら、楽しそうに近況を述べる。


「あ、わたしも、パワーアップに、名前をつけた、よ」

「へ~。髪の毛青くなるやつですよね?」


 彼らの歩みが重なった。

 ここが、新たな始まりの幕開けだ。


「うん、ワスレナグサ。青くて、小さな、お花」

「かわいい花なんですね。そういうネーミングセンスが僕も欲しかった……」


 エウィン、十八歳の傭兵。

 アゲハ。二十四歳の日本人。

 本来は出会うはずのない両者だが、神の気まぐれが奇跡を起こした。

 もっとも、この状況は想定外だ。二柱の神も、喜ばずにはいられない。

 ここは迷いの森。

 ここはコンティティ大陸。

 ここはウルフィエナ。

 魔物が蔓延る世界で、二人は一刻ながらも羽を休める。

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― 新着の感想 ―
カリカリさん、でおもわずクスッとしてしまいましたw
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