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第八十六話 渡り鳥

 木と土の匂いが、辺り一面を包み込む。

 降り注ぐ陽射しは暖かく、大空は雲一つない快晴だ。

 木々は枝葉を広げて日光浴を楽しむも、彼女らは仕事中ゆえ、そうもいかない。


「ユーカリちゃんとお客さん、今日も元気にトカゲ狩りだね~」


 ここは森と荒野の境界線だ。

 多数の樹木が群れを成し、森を形作る。

 そこから一歩でも踏み出せば、その先は乾いた大地の縄張りだ。

 ミファレト荒野。雑草すら生えない土地ながら、ミファリザドという名の魔物が生息しているため、毎日のように誰かしらが狩りに出向く。

 先ほどの声は女のそれだ。

 しかし、荒野側から森を覗き込もうと、その姿は見当たらない。

 当然だ。声の主は木登りを終えて、枝に腰かけ大地を見下ろしている。

 もう一人もまた、隣の樹木から荒野を監視中だ。


「二人が肉を持ち帰ってくれるから、仕事が減って助かるわね」


 迷彩を兼ねた緑色の長袖チュニック。ズボンもしっかりと茶色だ。

 長い茶髪を傾けながら、その魔眼で荒野から同僚へ視線を移す。

 彼女の名前はルル。警戒班の一員だ。三十代後半ながらこの仕事に就いている理由は、その実力を買われたからに他ならない。

 いかにこの森が結界に守られていようと、人の目による監視は必要だ。

 極稀に傭兵が訪れることもあるため、彼らが悪人でなかろうと万全を期したい。

 里長でもあるハクア直轄のこの部隊は、ローテーションで見張りを務めている。


「ルルさんはそうかもですけど、私的には退屈だな~。体動かしたいよ~」


 愚痴る彼女はナーフェ。口を尖らせる仕草や落ち着きのなさは子供のようだが、れっきとした成人だ。

 枝に腰かけ幹に寄りかかっている。

 さらには、むき出しの両足を前後に揺らしており、その仕草は退屈だと言わんばかりだ。

 勤務態度としては不適切かもしれないが、この仕事は長丁場ゆえ、肩肘張ってはいられない。

 ましてや彼女の言う通り、非常に退屈だ。変わらない風景をぼんやりと眺め続けることが使命ゆえ、愚痴の一つも許されるだろう。


「サタリーナさんに直談判してみたらどう? お肉なんていくらあっても構わないもの」


 ルルもまた、くつろいでいる。

 いつもと変わらない仕事。

 見飽きた荒野。

 緊張感を保つ方が無理というものだ。

 サタリーナは警戒班の班長であり、二人の上司にあたる。

 ルルの提案は的を射るも、ナーフェは黄色い髪を揺らさずにはいられない。


「ダメって言いそ~」

「そうかしら? そうかも……。もっと鍛錬に励みなさい、くらいは言いそうね」


 この二人を比べた場合、ナーフェは幾分劣ってしまう。

 そうであろうと、警戒班に選出されている時点で優秀な人材だ。

 班長のサタリーナはこの二人よりも高みにいるため、部下に成長を求めてしまう。

 魔物を殺すことで強くなれることから、トカゲ狩りも立派な鍛錬だ。

 一方で、このやり方が正しいとは限らない。


「ここのトカゲじゃ、楽勝過ぎるもんね~」


 これこそが、魔物討伐で成長出来るかどうかの線引きだ。

 ナーフェは既にミファリザドより強い。

 こういった力関係にある場合、討伐の恩恵は受けられない。

 この摂理が存在するため、ナーフェが今以上に強くなるためには、トカゲ狩りではない方法を選ばなければならない。

 自身と同等かそれ以上の魔物を探すか。

 指導役のモーフィスに頭を下げるか。

 この里の場合、当然ながら後者だ。

 班長のサタリーナもそのつもりでいるのだが、ナーフェは乗り気ではない。

 その理由を、ルルは年長者としてあっさりと言い当てる。


「仕事中に参加しても良いのなら、ナーフェちゃんもやる気が出たでしょうに。残念でした」

「む~」


 見張りをさぼらせてはもらえない。

 その事実が不服なのか、ナーフェは空中逆上がりのように枝を支点としてクルクル回る。落ちた場合、打ち所によっては軽傷では済まないはずだが、失敗しない自信があるのか、その顔は唇を尖らせている。

 落ち着きのない同僚とは対照的に、ルルは至って冷静だ。ミファレト荒野を眺めながら、話題を戻す。


「客人のアゲハさん、順調なのかしら? けっこうな期間、トカゲ狩りに励んでたと思うけど……。ユーカリは何か言ってた?」

「体力はついたって~。まぁ、でも、まだまだみたい」


 ミファリザドの狩猟は、アゲハとユーカリの日課だ。

 朝方、警戒班は二人の姿を必ず目撃する。

 その後ろ姿はすっかり遠ざかってしまったが、この話題は継続だ。


「まだまだって、どういうこと?」

「ハクア様は、あの人をユーカリちゃんくらいには強くしたいみたい」

「あら、それは大変」


 ルルが顔を傾けながら驚く。

 当然だ。ユーカリは警戒班に採用される強者ゆえ、並大抵の努力では追い付けない。

 ナーフェは枝の上で立ち上がると、背伸びをしながら持論を展開する。


「途中でトカゲ狩りを切り上げるとして~、わたしの見立てだと十年以上はかかりそうなんだよね~。うわ、みんなおばさんじゃん」


 この発言は事実ながらも、もう一人の魔女は反論したい。


「さ、三十代は、まだまだピチピチだから……」


 ルルは現時点で三十七歳。残念ながら、肌の乾燥が気になるお年頃だ。

 もっとも、二十五歳からは共感が得られない。


「え~、本当ですか~? お母さん、無理しなくてイイんですよ~」

「うっさいわね! お母さんパワー、なめんじゃないわよ! 朝から子供達の朝食作って、片付けしながら昼食も作り置きして、帰ったら掃除と洗濯も済ませて、夕食も考えて……。お母さんパワー、なめんじゃないわよ!」

「きゃ~、おばさんが怒った~」

「キィー!」


 監視が仕事を言えども、この程度の雑談は許される。ヒステリックな雄たけびは行儀が悪いが、周囲に人影は見当たらないため、今なら問題ない。

 いくらか罵倒し合った後、二人は疲弊するようにテンションを落とす。


「はぁ、あんたと組まされると、暇しないで助かるわ」


 半分は嫌味ながらも、ルルの本音だ。

 森の監視は午前と午後で二チームが分担しており、この二人の勤務時間は正午まで。


「帰りにルルさんのおうちで、お昼食べてもイイですか~?」

「子供達の面倒見てくれるのなら、構わないけど?」

「わ~い、楽しみ楽し……」


 朗らかな時間は終了だ。

 ありえない違和感が、二人の体を硬直させる。

 気配の発生源は、荒野の方角から。それらは案山子のように立っており、距離としては話し声が届かない程度か。

 つまりは、気づかない間にそれほどの接近を許してしまった。


(いつの間に⁉)

(二人~? わたし、あんな魔女、見たことないんですけど~)


 ルルとナーフェは、木の上で息をひそめる。幹に隠れているため、荒野側からはそうそうに見つからない。それでも不安な気持ちは拭えず、心臓が跳ねる音さえ今は邪魔だ。

 突如として現れた謎の二人組。その瞳の内側には、赤い円が浮かんでいる。


「お姉ちゃん、ここ?」

「そうみたい。あ、でも、念のため確認……」


 姉妹なのだろう。どちらも頭髪は白く、仲睦ましく森を眺めている。

 警戒班から見て左の魔女は頭一つ分小柄だ。

 そうであろうと、それを子供だとは見間違えない。不釣り合いに巨大なこん棒を握っており、先端側を地面に置いてはいるものの、ここまで運べだ時点で腕力は常軌を逸している。

 彼女の容姿は人形のようだ。

 変化に乏しい表情。

 長い白髪。

 灰色のワンピースはみすぼらしいものの、華やかな衣服はイダンリネア王国の専売特許ゆえ、魔女の水準としてはこれが普通か。

 彼女の名前はモカ。十代の子供にしか見えないが、実際のところは二十歳の大人だ。


「もう、暴れてもいい?」

「ちょっと待って。うん、間違いない。ここが、迷いの森。黒婆様がおっしゃってた場所だ」


 しわしわな地図を折りたたみ、半ズボンのポケットへねじ込む。

 現在地の確認は、心配だからではなく真面目な性格ゆえだ。

 ボブカットを揺らしながら、妹へ視線を向ける。

 それは準備が整った合図でもあり、鞘から片手剣を引き抜くと、次いで背中の盾を左手に構える。

 彼女はオルトリンデ。色褪せた軽鎧からは年季が感じられるも、腕や下半身は無防備だ。

 そのための盾なのだろうが、それもまた使い古されており、いくつもの戦場を渡り歩けばそれほどに痛むのか、見当もつかない。

 突如として現れた二人の魔女。目的地がここである以上、やるべきことは明白だ。

 姉の指示に従いつつも、妹は逸る気持ちを抑え込めない。


「だったらー」

「うん、始めよう。この森を全部、焼き払って」

「任せて」


 ゴーサインが出たことで、モカは自分の仕事に取り掛かる。

 オルトリンデも既に剣を構えており、迎撃ないし突撃の準備は完了だ。

 一方で、監視中の二人は状況を飲み込めていない。姉妹の話し声が聞こえない以上、判断を問われる状況だ。


(間違いなく、敵。来るの? 来ないの? 考えるまでもないか……)


 息を殺しながら、ルルは結論を導き出す。

 しかし、真に検討すべき事柄は別だ。


(私達だけで立ち向かう? それとも、セオリー通りに戻った方が……)


 方針を決めなければ、身動きが取れない。

 そう理解しているからこそ、ルルは敵を観察しながら思案し、年下のナーフェは指示を待ち続ける。

 この間は時間にしてほんのわずかだ。

 しかしながら、先手を譲るには十分過ぎた。

 次の瞬間、二人はさらなる異変を目撃する。

 ぼんやりと輝く、小柄な魔女。この発光現象は、二秒どころか三秒を越えても止まらない。

 この現象が、ルルの迷いを吹き飛ばした。


「戻るわよ!」


 木の枝がしなるほどの跳躍だ。警戒班は逃げるように後退する。

 そうせざるを得なかった理由。それは、敵の殺意が本物だからだ。

 魔法の発現には、詠唱という手順を踏まなければならない。これに要する時間はマチマチながらも、その多くが一秒ないし二秒で済む。

 今回の場合、四秒を越えていた。

 この時点で、該当する魔法は残り少ない。

 ルルは今から何が起こるかを察知し、同僚と共に撤収することを選んだ。

 正しい判断だ。

 巨大な火柱が、森を燃やしながらそう叫ぶ。



 ◆



「なかなか見つからないっすね」


 荒野にポツンと声がこぼれる。

 ジョギングのように走る二人。

 ユーカリは茶色い大地を見渡しながら、ぼやかずにはいられなかった。

 トカゲ狩り。この地に生息するミファリザドを倒す行為であり、これは食料調達に加えて鍛錬も兼ねている。

 追従する女性はアゲハ。朝陽を浴びながら真似るように周囲を眺めるも、迷いの森からは随分と離れたため、乾いた大地しか見当たらない。


「いませんね……」

「恐れをなして逃げ出したか。なんちゃって。ナハハ」


 ミファレト荒野は広大だ。

 一方で、ミファリザドの生息数は少なく、数分程度の移動では見つからないことも珍しくない。

 今日という一日は始まったばかりゆえ、焦る必要はないのだろう。

 ユーカリはオレンジ色のショートヘアーを揺らしながら、走りつつも器用に振り返る。


「トカゲと言えば、アゲハさんが色んな調理方法を教えてくれたから、みんな喜んでるっすよ」


 アゲハは知識や記憶を持ちこして、ウルフィエナに転生した。

 ゆえに、こちらの世界には存在しない料理を数多く知っており、魔女の里は大いに恩恵を受ける。


「よかった、です」

「レパートリーが増えるだけで、作る方も食べる方も幸せっす。アゲハさんのさらなる発明に期待しちゃうっす」


 アゲハとしては、知っている料理を紹介しているだけだ。

 そうであろうと、この世界の住人を驚かせてしまう。

 ユーカリもその内の一人であり、アゲハの鍛錬は恩返しの一環だ。

 連日のトカゲ狩りも、おおよそ二十日が経過した。アゲハの成長がいかほどかは定かではないが、これはもはや日課の一つ。愚痴をこぼすことはあっても、手ぶらで帰るつもりなどない。

 その甲斐あってか、彼女の魔眼が地平線の彼方に異物を捉える。


「お、いたいた。正面、ちょい左っす」


 この地に樹木の類は見当たらない。

 ゆえに、でっぱりのような物体は目立つ上、それが動いていれば尚更だ。

 だからこそ、ユーカリは遠方のそれを見落とさない。

 アゲハも少し遅れてその方角を眺めるも、眉をひそめずにはいられなかった。


「トカゲが、二体?」

「いやー、トカゲじゃなさそうっす。うん、人間っすね」


 見間違いは一瞬だ。

 脳が視覚情報を正しく処理した今なら、正解を言い当てられる。

 遠方の何かは人間であり、この荒野を南下中だ。

 北上中のユーカリ達とはいずれ交錯するのだが、アゲハは首を傾げずにはいられない。


「誰だろう?」

「わからないっす。警戒班の誰かだと思うっすけど、それならそれで腑に落ちなくて……。だってあの人達、トカゲを担いでないっすよ」


 迷いの森は、ミファレト荒野の南西部に位置する。

 だからこそ、そこから出発したアゲハ達は北上中だ。

 遠方の二人組がトカゲ狩りを終えたのなら、巨大な戦利品を運びながら南を目指す。

 しかし、手ぶらとなると話は別だ。

 諦めるには、早すぎる。

 その違和感が、アゲハの足を止めてしまった。


「知らない人、かも?」


 この地はユーカリ達が独占している狩場ではない。

 イダンリネア王国の傭兵ならば、冒険がてら足を運んだとしても不思議ではない。

 今回のケースがそうだとしたら、ユーカリはアゲハ共々逃げるべきだ。

 人間宣言が公布されたのだから、本来ならば魔女であろうと堂々としていれば良い。

 しかし、ここはミファレト荒野。迷いの森に隠れ住んでいることを悟られないためにも、部外者との接触は極力避けるべきだ。


「その可能性が高そうっす。万が一に備えて、今日のところは引き揚げましょう。警戒班にも情報を共有したいっす」

「う、うん……」


 ユーカリの提案に、アゲハも首を縦に振る。

 遠方から迫る二人組が、知り合いならば笑い話だ。

 しかし、それならそれで構わない。里の秘匿に努めるのなら、軽率な行動だけは避けるべきだ。


「大回りにぐるりと走るっすよ」

「あ、そっち?」

「はいっす。真っすぐ戻ったら怪しまれるっすからね」


 来た道を引き返せば、最短距離で迷いの森にたどり着く。

 しかし、それは悪手だ。自分達の逃走経路を相手に教えてしまうため、ユーカリは南ではなく、南東を目指して走り始める。

 ミファレト荒野は陸の孤島ではない。最東部には巨大な洞窟が存在しており、そこを抜ければそこはケイロー渓谷。イダンリネア王国を目指す場合、このルートを辿れば良い。

 ユーカリが選んだ進路は、見方によってはそのように見える。相手を欺くための苦肉の策ながら、戦闘を避けるのならこれがベストか。


「念のため、アゲハさんに先を行って欲しいっす。疲れるかもだけど急いでくださいっす」

「うん、がんばる」


 ユーカリが全力を出したら、アゲハなどあっという間に置き去りだ。

 ゆえに、後方から見守りつつ、適宜指示を出す。

 この荒野にはミファレト亀裂という大地の裂け目があちこちに点在しているため、そこに隠れるという選択もありだ。

 しかし、その瞬間を見られた場合、袋小路に追いつめられてしまう。

 今はまだ十分に離れているため、そういったリスクを冒す必要はなく、二人は逃げるように走り続ける。


「お、誰かさんの姿が見当たらないっす。見失ってくれたのかな?」

「追うつもりが、なかったと、思いたいね」


 時間にして数分程度しか経っていないが、二人の脚力ならばかなりの距離をかせげたはずだ。

 そうであると裏付けるように、後方に人影は見当たらない。

 乾いた空気を体中で感じながら、ユーカリは方向転換を促す。


「そろそろ右に曲げるっすよー」


 その方角こそが迷いの森だ。

 不要な遭遇を避けられたことに安堵しながら、二人は正式な帰路に就く。

 その結果が、これだ。


「う、なんで⁉ 体が動かないっす!」

「え?」


 異常事態であることは間違いない。

 しかし、彼女らの反応は真逆だ。

 ユーカリは上半身こそ普通に動かせるも、両脚を前に運べない。

 一方でアゲハは正常だ。同伴者の叫び声を聞きながら、グングン前に進めてしまう。

 慌てふためく二人とは対照的に、第三者の足音は冷静だ。コツコツと一定のリズムを刻みながら、真正面から歩み寄る。


「オレの魔眼は節穴かぁ? あのバケモン、平然と走ってたように見えたけどよぉ」

「その認識で間違いない。少なくとも、私のパレードは通用しない。あれはそういう存在だから」


 女の声が二つ、荒野を撫でながらアゲハ達を捉える。

 彼女らの声質は真逆だ。

 一つ目は男のように太く、二つ目は氷の様に冷たい。

 肩を並べて歩く二人だが、その瞳は当然のように魔眼だ。

 アゲハだけでなく、ユーカリも怯むことしか出来ない。


「追い付かれたってことっすか。あんた達、何者っすか⁉ あれ、後ろには動けるっす……」


 後ずされたことで、ユーカリは一層混乱してしまう。

 なぜなら、自身の金縛りをグラウンドボンドだと予想していた。対象をその場から動けなくする弱体魔法なのだが、これに縛られた場合、前にも後ろにも踏み出せない。

 しかし、アゲハを庇いながら左足で後ずさることは出来た。謎の圧迫感は健在ゆえ、前に進むことは叶わないが、それ以外の方向には進めるらしい。

 種明かしを兼ねた情報提供は、敵側からもたらされる。


「前進を拒む魔眼、それが私のパレード。あなたはもう、迷いの森には帰れない」


 自身の能力を淡々と述べる。その姿は毅然としており、表情は仮面のように無機質だ。

 真っ赤な髪は額で真横に切り揃えられており、後頭部側も寸分の狂いもない横一列。

 喪服のようなワンピースは黒一色ゆえ、彼女の独特な雰囲気を際立たせる。

 装備は、両腕のガントレットと短剣だ。彼女に近づける者はいないのだが、正面にはアゲハという例外がいるため、備えないわけにはいかない。

 この魔女の名前はティットス。かつては五十三番を率いてジレット監視哨を襲撃するも、今は本来のチームに合流、新たな任務の最中だ。


「どうせここでオレに殺されるしな!」


 もう一人は、巨人族のような大女だ。

 隣の魔女と比べた場合、頭一つ分以上も大きい。ティットスが小さいわけではなく、こちらがそれほどに長身ということだ。

 横幅にも厚みがある理由は、首から下が膨大な筋肉で覆われているためか。

 重そうな鎧を着こんでおり、そこから伸びる両腕は丸太のような太さだ。

 一方で武器の類は携帯していない。己の拳が武器なのだと、筋肉が物語っている。

 いかつい顔は嬉しそうに笑っており、黄色い髪は角刈りのように短い。

 彼女の名前はタイガー。鍛えこまれた巨躯を見せびらかす一方で、顔の小じわまでは隠せていない。この場の誰よりも年長者ながら、今は子供のようにはしゃいでいる。


「ティットスはそこで足止めな! 二人共、オレがやっちまっても構わないよな⁉」

「お好きにどうぞ。意味不明な女の方は、生きたまま持ち帰って解剖したいけど……」

「面倒くせー! 死体で勘弁してくれ!」


 ティットスとタイガーの目にも、アゲハという存在は異質に映る。

 人間の形をした何か。

 理屈は不明ながら、視界に捉えるだけで形容しがたい恐怖心を植え付けられてしまう。

 それでも怯まずに済む理由は、勝利を確信しているためだ。

 パレードが通用しないという事実を軽視してはならないのだが、もう一人には通用している以上、なんら問題ない。

 逃げるのなら、追いかけて殺す。

 向かってくるのなら、やはり殺す。

 どちらもやるべきことは変わらない。

 それをわかっているからこそ、魔女が力強く前進する。

 この敵襲に対し、ユーカリは冷や汗を止められない。


「た、戦うしかないっす。とてもじゃないけど、逃げられないっす」


 なぜなら、あっさりと追い付かれてしまった。アゲハが足を引っ張っているのだが、仮に自分一人であろうと、逃げ切れないと本能で悟れている。

 それほどの力量差だ。

 ゆえに勝算などないのだが、背中を向けた時点で可能性はゼロになる。

 こうなってしまっては、迎え撃つしかない。

 巨人のような魔女は一人で戦いたがっており、数だけならこちらが上だ。


「ふ、二人で、なら……」

「そうっすね。ただ、うぅ、やっぱり前に進めない。アゲハさんは何ともないんすよね?」

「うん」

「だとしても、私のフォローに専念して欲しいっす」


 作戦会議は終了だ。

 ティットスの魔眼に晒された結果、立ち止まるか下がるしかないユーカリ。

 縛られてはいないものの、その実力と性格ゆえ、対人戦が不得手なアゲハ。

 この二人で戦うしかない。

 彼女らの対戦相手は、鼻息荒く接近中だ。


「すぐに壊れないでくれよ。こっちは久方ぶりの任務ってんで、張り切ってんだからな!」


 テンションの高さは、殺意の表れか。

 構図としては、子供二人が大人に挑むような状況だ。

 その大人が事務仕事に明け暮れる女性ならば問題ないのだろうが、今回の相手は巨人族と見間違うような巨体を誇る。

 つけ入る隙があるのなら、武器を携帯していない点だ。指をポキポキと鳴らしていることからも、殴ってくると容易に想像出来る。

 対するユーカリは素手ではない。腰の右から短剣を抜き、左の短剣も同時に引き抜く。

 準備としてはこれだけだ。前に進めない以上、この位置で待ち構えるしかない。


「来るなら来い!」


 この声に呼応して、アゲハも準備を手早く済ます。

 祈るように力むことで、形態変化はあっさりと完了だ。

 長い黒髪が、先端側から青色に染まる。変色は全部ではなく半分に留まるも、変化の本質は頭髪ではない。

 身体能力の大幅な向上だ。その上昇具合はすさまじく、この状態ならば模擬戦でユーカリに喰らい付ける。

 二人共に、準備は整った。

 そういった気概を感じ取ったのか、敵がこのタイミングで名乗り出る。


「オレの名前はタイガー。おまえさん達をぶち殺す女の名前だ。記念に覚えておきな」

「え? あ、どうもっす。親切ついでに、馬鹿なことは止めて帰ってくれませんか?」


 張り詰めた空気がわずかに緩む。

 しかし、油断は禁物だ。

 タイガーは既に歩みを止めており、つまりは手を伸ばせば届く距離。

 合図があれば、殺し合いは始まってしまう。


「そうも、いかないねぇ!」


 これこそがゴングだ。

 眼下の獲物を砕くように、タイガーが右腕を振り抜く。

 筋肉を搭載したその腕は、もはや暴力の塊だ。

 その迫力に後方のアゲハが怯む中、狙われたユーカリは動じない。既に覚悟を決めており、この状況下でも冷静だ。

 振り下ろされるようなその打撃を、右方向へのステップでいなす。

 眼前の敵は巨大であり、強敵だ。その認識を改めるつもりはないが、その動きを見極めつつ対処出来たことから、ユーカリは俯瞰的に戦局を見極められる程度には余裕を取り戻す。


(これでどうっすか!)


 彼女が右手方向に移動した理由は、拳を避けるためだけではない。


「ん? お?」


 タイガーは静かに驚く。

 挨拶代わりの打撃が当たらなかったことも去ることながら、目の前の風景に目を丸くしてしまう。

 左前方には、オレンジ髪の魔女。

 やや離れた正面には、黒髪の女。

 ユーカリが立ち位置を変えたことで、二対一という構図を際立つ。

 これこそが狙いだ。

 同時に、もう一人の魔女が加勢しないことも確認出来たため、今は目の前の敵に専念する。

 反撃開始だ。ユーカリは短剣を突き立てるため、右足で地面を蹴る。

 本来ならば、前進は不可能のはずだ。

 しかし、今回に関しては問題ない。


(やっぱりっす!)


 遠方で待機している、もう一人の魔女。その魔眼は前へ進むことを阻むのだが、厳密には異なる。

 基点はティットスだ。彼女に近づくかどうかで判断されている。

 ユーカリにとっては前進だが、その魔女視点では横移動に過ぎない。

 仕様の穴を突くような一手ながら、殺し合いは騙し合いだ。

 灰色の刃が、巨体の左脚に到達する。

 タイガーはフルプレートアーマーをまとってはいるものの、一方で脚部まではカバー出来ていない。黒いズボンは防具とは呼べず、筋肉のせいで今にも張り裂けそうだ。

 左側面から迫ったことから、ユーカリは対戦相手の太ももに狙いを定めた。刃で突けば致命傷とはいかずとも、動きを制限することが可能だからだ。

 奇を狙わず、功を焦らない。

 それゆえの慎重な反撃ながら、その試みは失敗に終わる。

 短剣の刃先がたどり着く刹那、屈強な指が刃を握りしめる。

 タイガーの左手だ。それが短剣の刃部分を掴んで離さない。


「一張羅に穴が空くだろうが」

「くっ、だったら!」


 ユーカリの戦闘スタイルは二刀流。右手が止められようと、左手は自由だ。

 眼前に立ちはだかる左腕を切り裂くため、腕の振りだけで二本目の短剣を走らせる。

 その結果が、耳障りな金属音だ。

 この手応えには、ユーカリも目を疑ってしまう。

 ガキンと弾かれた。

 左手の痺れも、否定し難い現実だ。

 受け入れたくないが、受け止めるしかない。

 タイガーと名乗ったこの魔女は、鉄よりも頑丈だ。

 事実、ユーカリの短剣はスチールダガー。鋼鉄の刃は岩に切れ込みを作れる程度には切れ味鋭い。

 にも関わらず、刃が触れた左腕は無傷だ。

 どれほどの鍛錬を積めば、この領域にたどり着けるのか?

 ユーカリは右手の短剣に力を籠めながら、顔をしかめずにはいられない。

 その反応を楽しむように、タイガーは相手を見下ろす。


「迷いの森の連中は、この程度なのかい?」

「あんた達、いったい何なんすか?」

「オレ達は渡り鳥。王国を滅ぼす集団だよ」


 渡り鳥。この地に派遣された四人組だ。

 当然ながら、ユーカリはその意味を理解出来ない。


「渡り鳥? 空はもっと上っすよ。飛んでどっかに行ってくださいっす」

「はん、そうもいかないね。王国に攻め込む前に、先ずは掃除だ。今頃は、オルトリンデとモカが森を焼き払ってる頃合いかねぇ」

「な⁉」


 巨人のような女からもたらされた事実。嘘だと否定したいが、今のユーカリには難しい。

 もっとも、やるべきことは決まった。

 眼前の敵を打ち倒し、その向こうにいる二人目を手早く倒して里へ向かうしかない。

 それが加勢となるか、救助となるのか。どちらにせよ、一刻を争う。

 止められた短剣は未だ動かせず、ゆえに右腕も固定されたままだ。睨み合いや言い争いは時間の無駄ゆえ、ユーカリは己を鼓舞するように行動を開始する。


「だったら!」


 顔面への攻撃だ。

 理想を言えば、アゲハにも協力を仰ぎたい。

 しかし、それは困難だ。

 なぜなら、タイガーの覇気に飲み込まれ、完全に萎縮してしまっている。

 ユーカリは一人で挑むしかない。

 その気概は持ち合わせており、そうであると行動で示す。

 右手の短剣が押すことも引くことも出来ないのなら、手放すまでだ。

 もちろん、無条件でスチールダガーを譲るつもりなどない。

 引き換えに、意識を奪う。

 そのための一手が、顎への蹴りだ。ユーカリは音もなく跳ねると、天を打つように右足を蹴り上げる。

 大胆な決断がタイガーを驚かせたのか? 彼女の反応は間に合わず、いかつい顔が大きく仰け反る。

 顎への直撃は強烈だ。下骸骨を砕くほどの一撃ゆえ、この魔女がいかに頑丈であろうと立ってなどいられない。

 蹴った本人もそう確信するのだが、渡り鳥に常識など通用しない。

 蹴り上げた右足に訪れた、謎の激痛。それが何なのか、ユーカリは着地よりも早く気づく。

 短パンから伸びる素足の足首を、大きな右手が掴んでいる。

 大男のようなその手が誰のものなのか? 当然ながら、考えるまでもない。


「きかないねぇ」


 一度は仰け反ったその顔を、タイガーはゆっくりと定位置に戻す。

 笑顔の理由は、手を変え品を変え向かってくる対戦相手との攻防が楽しいからだ。

 もっとも、打たれっぱなしは受け入れ難い。

 斬られ、ついには蹴られた以上、ここからは彼女の順番だ。

 タイガーが左手の短剣を手放すと同時だった。落下音が鳴り響くよりも前に、重々しい轟音が荒野を賑わせる。

 その正体はユーカリだ。彼女が地面に叩きつけられた結果、地震のように大地が揺れる。

 この行為は、残念ながら一度や二度では済まない。

 右へ。

 左へ。

 あるいは、前へ。

 後ろへ。

 タイガーは対戦相手の右足を掴んだまま、自身を支点としてユーカリを振り下ろす。

 そして、地面にぶつける。


「ほら! ほら!」


 クワで畑を耕すように。

 対戦相手を壊すように。

 怪力が人間を持ち上げては、大地をへこませるように叩きつける。

 もはや暴力ではなく、破壊だ。

 そうであると裏付けるように、ユーカリは意識を失っており、その顔は原型を留めていない。

 満足いくまで暴れたからか、勝者は呆れるようにつぶやく。


「もう終わりかい? こっちの魔女は脆いねぇ。だったら……」


 最後の一押しとして、タイガーは握力を強める。

 その結果、敗者は片足で吊るされたまま、足首を握りつぶされてしまう。

 飛び散る飛沫は赤く、それを気にも留めずにタイガーはユーカリを同僚の方角へ放り投げた。


「ティットス、そいつも連れ帰るか?」

「いらない」

「あら、そう? だったら殺しといて」


 動かぬ対戦相手には興味がない。

 そう主張するように、勝者は憮然と振舞う。

 決着だ。

 弱者は負け、強者が勝った。

 この結果はそれ以上でもそれ以下でもない。

 そのはずだが、当事者は恐怖のあまり震えてしまう。


「ゆ、ユーカリ、さん……」


 ここには渡り鳥二人と敗者以外に、もう一人いる。

 タイガーもそれは重々承知しており、笑みをこぼさずにはいられない。


「次はおまえさんだ。なぁ、一つ教えてくれないかい?」


 男のような低い声だ。

 もっとも、アゲハの耳には届いていない。

 彼女の瞳は、遠方のユーカリに釘付けだ。死体のように動かないばかりか、出血もおびただしい。

 彼女が手の届く位置にいるのなら、アゲハの能力で治すことが出来た。

 しかし、そういった事情とは無関係に、襲撃者二人の中間付近に投げ飛ばされてしまう。

 ユーカリを救うためには、眼前の敵を排除しなければならない。


「ど、どいて……」


 消え去りそうな声を絞り出す。今のアゲハには、これが精一杯だ。

 対照的に、タイガーは巨体を見せつけるように叫ぶ。


「おまえさん、人間でもなければ魔女でもないよな? 魔物っぽくもないし、本当に意味がわからんぜ。黙ってないで教えてくれよ」


 魔眼の能力を覚醒させた女性には、アゲハという存在が化け物に見えてしまう。

 震え上がる魔女も少なくないのだが、渡り鳥の二人は一歩も引かない。

 もっとも、その点はアゲハも同様だ。


「どいて、ください」


 半分黒い髪を揺らしながら。

 半分青い髪をたなびかせながら。

 この世界でただ一人の日本人が、一歩を踏み出す。

 その意気込みは本物だ。

 タイガーは無視されてもなお笑みを浮かべる。


「敵討ちかい。よし、来な!」


 荒野の片隅で、ついに始まる。

 アゲハ対タイガー。

 観客は渡り鳥と青空だけながら、客席が埋まるまで待ってなどいられない。

 ユーカリが敗れた時点で、状況は絶望的だ。

 それでも今は前に進む。

 勝ち目がなくとも、そうするしかないのだから。

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