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第八十四話 ミファリザド狩り

 古民家の居間で、二人の女性がくつろいでいる。

 団らんと呼ぶには静かすぎるも、これが普段の在り様ゆえ、不仲というわけではない。

 建屋同様に、家具の多くが年代物だ。この里にはそういった専門店が存在しないため、壊れない限りは使い続ける。

 居間の奥には多数の本棚が並べられており、その光景は本屋かあるいは図書館だ。

 赤髪の魔女が椅子に腰かけ、読書にふけっている。

 もう一人の女性も、食事用のテーブルで歴史書に目を通している最中だ。

 だからこその沈黙なのだが、玄関を叩く音が静寂を打ち破る。


「アゲハちゃんいますかー?」


 掛け声自体はやかましくない。

 しかし、扉が軋むほどの打撃音は相当だ。悪気はないのだろうが、アゲハを驚かせるには十分過ぎた。

 硬直する同居人を尻目に、白衣をたなびかせてハクアが駆ける。


「開けるから! うるさいわね!」


 苛立つように扉を開けばご対面だ。

 二人の視線が交えるも、両者の表情は似て非なる。

 眉間にしわを寄せるハクア。

 ヘラヘラと楽しそうな訪問者。

 オレンジ色の髪は少年のように短く、昨日の引き続き革鎧を着用。腰には二本の短剣を携えており、出かける準備は完了だ。

 ユーカリ。魔女の里を守る、警戒班の一人。眼前の里長同様にその瞳は魔眼なのだが、能力の覚醒には至っていない。


「おはようございます! 迎えに来たっす!」


 彼女の大声が、早朝の空気を震わせる。元気であることの証ながら、ありていに言えば騒々しい。

 声のボリュームを絞れないユーカリに対し、ハクアとしても呆れてしまう。


「あんたねー、うちの玄関壊すつもり? それともなに? また蹴られたいの?」

「ご、誤解っす! ごめんなさいっす!」


 ハクアはこの里の頂点だ。

 偉いだけでなく、実力という意味でも最強を誇る。この魔女がちょっとだけでも加減を緩めれば、人体の損壊は容易だ。

 二日連続の骨折は避けたいことから、ユーカリは謝るしかない。

 オレンジ色の頭髪とつむじを眺めながら、ハクアはため息をつく。


「朝食は食べ終えたから、いつでも出られるわ。アゲハ、準備なさい」


 その号令が、室内の女性を立たせる。

 読みかけの本をそっと閉じ、そのままテーブルの上へ。手ぶらで構わないと事前に伝えられたことから、短剣に手を伸ばすだけで他は何も必要ない。

 アゲハの服装は普段通りだ。

 灰色のリネンチュニックには華やかさなど微塵もない。魔法使いが好むローブに近い衣服ながらも、彼女が着ると化ける。

 なぜなら、豊満過ぎる胸が生地を限界まで持ち上げており、さらには備え付けのベルトで体のラインを強調するのだから、色香が目に見えるほどだ。

 真っ黒なズボンもみっちりと膨れている。背後から眺めた場合、臀部の凹凸がわかるほどゆえ、色っぽいことに変わりない。

 アゲハは長い髪を揺らす。先端だけが青い黒髪もまた、蠱惑的と言えよう。


「だ、大丈夫、です」


 待機していたのだからあっという間だ。

 自信なさげに現れたアゲハに対し、ユーカリは笑顔を返す。


「おはよーっす。じゃ、行こっか」

「おはよう、ございます。お願いします」


 予定通りの外出だ。二人はこれから、ミファレト荒野を目指す。

 強くなるために。

 シンプルな目標ながら、その道のりは楽ではない。

 その地に生息する魔物は強敵だ。少なくとも、草原ウサギのような雑魚とは比較にならない。

 だからこその護衛であり、ユーカリが右手を突き上げて歩き出す。


「いざ行かん!」

「いって、きます」


 若者らしくハツラツと出発だ。

 アゲハは猫背のままながら、それが普通ゆえハクアとしても叱りはしない。


「いってらっしゃい」


 標的はミファリザド。荒野に住まうオオトカゲであり、その肉は里にとっても欠かせない。

 それを殺す。そうすることで強くなれるのだから、リスクを冒してでも挑むべきだ。

 ユーカリが案内人を務め、その隣をアゲハが歩く。

 珍しい組み合わせが、牧歌的な集落の中を歩き続ける。



 ◆



 今回の遠征が鍛錬を兼ねている以上、途中からは徒競走だ。

 競えるほど実力が近しいわけではないため、アゲハは言いなりになるしかない。


「そのまましばらくは真っすぐっす」

「は、はいぃ……」


 ここは森の中だ。迷いの森と呼ばれる僻地であり、多数の樹木が二人の前に立ちはだかる。

 それらを避けながらの前進ゆえ、走る速さは普段よりも遅い。体力の消耗も激しく、視界不良と不安定な足場は事故を招きかねない。


「なかなかのペースっすよ」


 ユーカリの位置取りはアゲハの後方だ。

 鼓舞するように声をかけるも、事実、オレンジ頭の魔女は汗一つかいていない。

 里を抜け、森に足を踏み入れたタイミングで二人は走り始めた。

 迷いの森は無人を謳う土地ゆえ、道の類は作られていない。イダンリネア王国の傭兵が極稀に立ち寄ることから、ここは未開拓だと装い続ける必要がある。

 ゆえに、走り抜けるだけでも一苦労だ。

 エウィンやユーカリといった実力者ならば、あっという間に抜けられるだろう。

 しかし、アゲハに関してはそうもいかない。必死に走ってもなお、速度は彼らの半分未満。どれほどの木々とすれ違おうと、前方は薄暗い森のままだ。


(ユーカリさん、すごい。急いでも、減速しても、きっちりついてきてくれる)


 人でごった返す大通りを走れないように、森の中は走りにくい。

 ましてやここには石畳みの道などなく、自然そのままの悪路だ。

 硬い大地。

 柔らかな腐葉土。

 盛り上がった根。

 一歩ごとに足裏の接地面が異なるため、速度の低下は免れない。

 それでもアゲハは走る。


(転ばないように。ぶつからないように。運動の一環だと思って……)


 狩場への移動でさえ、その距離はフルマラソンに近い。

 あるいはそれ以上か。

 しかもここは森の中。走者の負担は計り知れない。

 アゲハの額に汗が浮かぶも、後方のユーカリは涼しい顔で右腕を回している。


「アゲハちゃんって、トカゲ狩ったことあるっすかー?」

「あ、は、はい……。でも、エウィンさんが、い、いたから……」

「なるほどっす」


 念のための確認であり、他愛ない会話でもある。

 アゲハとしては発声に体力を割きたくないのだが、後ろの魔女は元気な上に退屈だ。悪気はないのだが、親睦を深めるためにも話題を振る。


「アゲハちゃんって王国の人っすよね? ここにお引越しっすか?」


 追い出したいわけではない。

 部外者を警戒しているわけでもない。

 アゲハがそう望むのなら、ユーカリとしても受け入れるつもりでいる。

 里長の家に居候している時点で、エウィン達が客人であることは疑いようがない。

 ましてや、こうして鍛錬の手伝いを命じられたのだから、眼前の女性が特別であることは確定だ。


「えっと、今後のことは、わからなくて……。エウィンさんが、戻ってから、考えると、思う」

「そうなんすねー。わたしくらい強くなりたいってのと関係があるっすか?」

「ど、どうなの、かな。わたしは、エウィンさんの足を、引っ張りたくない、だけだし……」


 アゲハとしてはそうなのだが、赤髪の魔女は異なる思惑を抱いている。

 セステニアの抹殺。そのための鍵を担っているのが、エウィンとアゲハだ。

 もっとも、オーディエンがそう予想しているだけであり、ハクアは並行して自身の本命を鍛えるつもりでいる。

 ユーカリはこれらに関する情報を与えられていない。アゲハの素性についても伏せられたままだ。

 知らぬがゆえに、話題は気分で変化する。


「あ、やっぱりエウィンさんのことが好きなんすね」

「え⁉」


 背後からの指摘が、アゲハの足取りを狂わせる。

 顔を赤らめたままよろめく姿は、言い当てられた証拠だ。転倒は免れるも、大きく減速してしまう。

 その慌て方に、ユーカリは笑いを堪えられない。


「ナハハ、大丈夫っすか? と言うか、そこまで驚かなくても。エウィンさんとは傭兵仲間なんすよね?」

「あ、そ、そうです……」

「もしかしてー、普段からイチャイチャしてたり?」

「そ、そんなことは……。エウィンさんとは、そういう関係じゃ、ないし……」


 アゲハの言う通り、彼らは男女の間柄ではない。

 キスはおろか手を繋いだことすらなく、関係が発展しない理由はひとえにエウィンが原因だ。

 病的に臆病なアゲハが、告白という選択肢を選べるはずもない。

 ゆえに二人は恩人同士でありながら、現状維持で今に至る。


「じゃあ、アゲハちゃんの片思いなんすねー。応援してるっす!」

「う、うん、ありがとう……」


 後方からの声援が、社交辞令かどうかまではわからない。

 背中を押された以上、アゲハとしては走るまでだ。

 ここは迷いの森。荒野の片隅に広がる、自然豊かな森。



 ◆



 どの方角を見渡そうと、茶色一色の風景だ。植物の類が見当たらず、風が吹けば砂埃が舞ってしまう。

 青々と澄んだ空。

 その下に広がる野原。

 二人は滞りなくたどり着く。

 ミファレト荒野。傭兵すら寄り付かない大地であり、その理由は得られるものがないからだ。

 生息する魔物は一種類だけ。それがミファリザドという名のオオトカゲながら、その肉はいくらか硬いが美味だ。

 しかし、傭兵はこれを狩らない。王国の周辺にはより美味なウサギが生息しているためだ。

 需要がないから、狩っても金を稼げない。

 それがミファリザドであり、この地が傭兵で賑わない理由でもある。


「お、あそこにいるっす!」


 弾むような声はユーカリだ。硬い地面を踏みしめ、北の方角を眺めている。

 そのやや後方で、アゲハは既に満身創痍だ。単なる疲労ながら、両足は鉛の様に重い。


「はぁ、はぁ……」

「トカゲ狩りの時間っすよ」


 ここまでかかった時間は一時間半程度。終始走り続けたのだから、疲れない方がおかしい。

 にも関わらず、ユーカリは汗一つかかないばかりか満面の笑顔だ。革鎧の下の服も濡れておらず、対照的にアゲハのチュニックは水分を吸収している。


(ユーカリさん、やっぱりすごい。まるで……)


 無尽蔵のスタミナはエウィンを彷彿とさせる。

 魔物の索敵についても申し分ない。あっという間に一体目を発見したのだから、優秀な戦士であることは確実だ。


「さぁ、ゴーゴー。あ、亀裂は見当たらないっすけど、一応気を付けて欲しいっす」

「わ、わかりました」


 ミファレト亀裂。この荒野特有の自然物であり、あちこちに大地の裂け目が見受けられる。その深さは十メートルにも達するため、落ちたら無傷では済まない。


「偉そうなこと言っておきながら、もう十回以上は落ちたことあるっすけどね! ナハハ」


 例えるならば、三階建ての建築物からの落下か。打ち所によっては軽傷で済むだろうが、かなりの衝撃が肉体に加わってしまう。

 もっとも、ユーカリほどの強者ならば問題ない。

 おそらくは今のアゲハでも、かすり傷程度か。

 魔物を狩るだけで人間はそれほどに強くなれるのだから、この仕組みを鍛錬に組み込まない方が効率としては悪い。

 太陽の陽射しに晒されながら、二人はグングンと北上する。

 無機質な大地が熱せられる中、護衛役としては作戦会議を始めなければならない。


「アゲハちゃんの能力について知りたいから、あいつだけは燃やす方針で」

「あ、はい。その、この炎は、触らないといけなくて……」

「大丈夫っす。私が抑え込むので、その間によろしくっす」


 深葬。アゲハの青い炎。これは対象に触れなければ発現しないものの、その威力は絶大だ。

 どれほどのものか、ユーカリとしても一度は見ておきたい。ミファリザドの肉は持ち帰るべきだが、一体分ならば問題ないと判断した。


「と言うことで始めるっす」


 魔眼が見つめる先には、地を這うように魔物が身構えている。

 茶色い肌はワニのようにゴツゴツしており、全長はこの二人以上。

 ミファリザド。アゲハがコモドオオトカゲを連想する程度には、地球のオオトカゲと似通った姿だ。


「よく見ると、つぶらな瞳でかわいいっすよね」

「え? あ、うーん、そうかも?」


 アゲハが困る程度には、共感は難しい。もう少し小柄ならばそう思えたのだろうが、眼前の魔物は人間よりも巨大だ。四足歩行ゆえ見下ろすことになるものの、その迫力は計り知れない。


「毎日狩って、毎日食べてるから、かわいいよりも美味しそうが勝るっすけどね」

「そ、そうなんだ……」

「んじゃ、毒の息に気を付けつつ討伐開始っす!」


 トカゲ狩りの幕上げだ。

 もっとも、ユーカリが同行している時点で一方的な虐殺になってしまう。

 ミファリザドは迎撃のために顔を持ち上げるも、彼女に接近を許した時点で手遅れだ。

 そうであると裏付けるように、巨体から悲鳴のような嗚咽が漏れる。

 オオトカゲの背中を踏みつける、ユーカリの左足。拘束するように、あるいは踏み潰すように、片足だけで眼下の魔物を拘束完了だ。

 ミファリザドは必死に抗うも、その姿は虚しい。

 尻尾を含めて巨体を揺らそうと。

 四肢をバタバタと動かそうと。

 一歩たりとも前へ進めない。

 当然ながら、後退も不可能だ。


「燃やすのどうぞっす」

「う、うん……」


 お膳立てが済んだことから、アゲハは恐る恐る歩み寄る。

 毒息を考慮して、正面ではなく側面から。十分に近づいたタイミングで、アゲハは腰を折って右腕を伸ばす。


「触るね」

「はいっす」


 このやり取りを合図に、巨大トカゲが青い炎に包まれる。

 いかにその皮が硬かろうと、焼却はあっという間だ。

 一瞬だけ悶え苦しむも、ミファリザドは溶けるようにそこからいなくなる。

 燃えカスすら残さない、必殺の炎。それが深葬であり、護身のために神から与えられた贈り物だ。

 その威力には、ユーカリも目を丸くしてしまう。


「おー、想像以上っす! 巻き込まれたと思ったのに、なんともないし!」

「うん、燃える時は、仰々しいけど、他のものは、巻き込まないから……」

「へー、便利ー。しかしまぁ、ハクア様が言ってた通り、これはトカゲ狩りに使えないっす。次からは短剣でブスッと殺しましょう」


 二人は次の獲物を求めて駆け出す。

 これは食料調達を兼ねた鍛錬だ。手ぶらで帰るわけにはいかない。

 もっとも、ここには監視の目などない。雑談は思う存分可能だ。


「このまま北の方へ行ってみるっす。ところで、どうやったらそんなにおっぱい大きくなるっすか?」

「え? ど、どうだろう、よく食べて、よく寝る、とか……」

「ほえー、私も大きい方なんすけど、アゲハちゃんには敵わないっす。ハクア様や班長には圧勝っすけど。ナハハ」


 スローペースで走りながら、ユーカリは空を見上げて笑い出す。

 アゲハとしてはついていくのに必死ながら、知らぬがゆえに問わずにはいられない。


「班長さん?」

「ハクア様の右腕みたいな人っす。魔眼は戦闘向きじゃないんすけど、その魔眼がエロいことし放題で……」


 サタリーナ。ユーカリやアゲハと同い年ながら、その実力はモーフィスに次ぐとさえ言われている。

 アゲハは会ったことがない。

 なぜなら、サタリーナにはこの日本人が化け物にしか見えないため、ありていに言えば避けられている。


「その魔眼って……」

「ぷぷ、当ててみて欲しいっす。きっと楽勝っすよ」


 ユーカリは心底楽しそうだ。ニヤニヤ笑っており、じらす理由は答え合わせが簡単だからだ。

 ヒントは提示された。アゲハは見つめられながらも、思案の後に回答する。


「と、透視、とか……」

「正解っす! 本当にもう最高っすよね! 着ている服を一着分だけ透かせるんすけど、全裸じゃなくて一着だけってところが笑えると言うかエロいと言うか……。いや、やっぱ笑えるっす!」


 爆笑だ。彼女だけが腹を抱えて笑い続ける。


「上着とか、ズボンだけ?」

「そうっす。アゲハちゃんの場合、そのローブみたいなのだけ見えなくなるっす。はー、見てみたい……」

「え?」


 盛り上がる二人だが、午前中にもう二体のミファリザドを狩り終える。

 ユーカリが弱らせ、アゲハがアイアンダガーで刺殺すれば、危なげなく完了だ。

 もっとも、問題は帰還のタイミングで訪れてしまう。


「んじゃ、そいつはアゲハちゃんに任せるっす」

「え?」


 ユーカリの発言がアゲハの思考を停止させる。

 魔女は巨大な死体を抱えており、ならば眼前の戦利品を誰が運ぶのか?

 当然ながら、手ぶらなアゲハだ。


(わたしが? これを? も、持てるのかな? でも、運ばないと……。気合を入れて、ふん!)


 個体差はあれど、ミファリザドの重量はおおよそ二百キログラム。成長しきった豚と同程度か。

 アゲハと比較すると、倍どころではない。

 それでも果敢にトライするが、脱力した屍は見た目以上に重く、わずかに浮かせた時点で限界が訪れる。


「う、はぁ、無理……」

「あー、だったら私が……」

「ううん、ワスレナグサを、使う」


 奥の手だ。

 アゲハは眼下に魔物を捉えながら、改めて力む。

 その結果がこれだ。彼女の黒髪が、じわりじわりと青く染まる。

 これにはユーカリも唸るしかない。


「なるほどっす。その手が」


 ワスレナグサ。この天技を使うことで、アゲハの身体能力は大幅に向上される。

 そうであると裏付けるように、もう一つの死体はあっさりと持ち上げられた。

 女性二人がオオトカゲを抱える光景は不気味ながらも、そもそも見世物ではない。

 改めて、迷いの森目指す。


「午後も特訓っすよ」

「は、はい」


 午前のカリキュラムはこれにて終了だ。

 正しくはミファリザドを持ち帰るまでがそうなのだが、ほぼほぼ終わったと言っても差し支えない。

 今日から始まった鍛錬は、二人の予想に反して二十日近くも続けられる。

 本来のリミットは、エウィンがイダンリネア王国から戻るまで。

 そのタイミングがわからない以上、数日で切り上げられる可能性もあった。

 しかし、そうはならない。

 彼は地下牢に閉じ込められており、状況の報告すら行えない。

 ユーカリを教官とした修行の日々は、エウィンの帰還とは異なる理由で終わりを告げる。

 それが二十日後であり、その日も淡々とノルマをこなすつもりでいた。

 もっとも、初日の鍛錬は継続中だ。


「あ、うぎゅ」

「え? どうしたっすか? って、えー!」


 ドスンと地鳴りのような音が響く。

 アゲハのワスレナグサは数分程度で解除されてしまうため、里へたどり着くよりも前に時間切れだ。

 そこには、ミファリザドの死体と共に倒れ込む敗者の姿が。

 こうなってしまっては、ユーカリはアゲハの分も持ち帰るしかない。


「二体までならなんとかなるっすから」

「ご、ごめんね……」


 この日を境に、アゲハの成長は加速する。

 そうであろうと、間に合わない。

 二十日。たったそれだけの期間では、その差を埋めることは不可能だ。

 大空を羽ばたく、渡り鳥。

 一方、アゲハ達は人間らしく地面を踏みしめる。

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