第八十三話 その花の名前は
ネゼ。アゲハに宿る、母親代理を自称する存在だ。
その正体は謎に包まれている。肝心のアゲハでさえ首を傾げる以上、他者にわかるはずもない。
有力な候補は、多重人格だろうか。
しかし、これは否定される。
なぜなら、ネゼが体のコントロール権を譲り受けると、身体能力が大幅に強化されるためだ。
さらには、欠損した肉体を復元して見せたのだから、別人格などでは説明がつかない。
ネゼとは誰だ?
未だ不明ながらも、わかっていることもある。
アゲハに向ける愛情は母親のそれだ。
しかしながら、ネゼ自身がそれを否定するように、アゲハもまた母親ではないと断言する。
母親のような何か。
現状ではそう表現するしかないのだが、オーディエンとの一戦以降、彼女は眠りについており、解明には至らない。
そうであろうと、アゲハの成長に伴い、部分的な力の開放が可能となった。
その能力に名前を与えてはいないが、体力の消耗と引き換えに肉体の強化が可能だ。
「ふんぬ」
気の抜けた掛け声だが、これを合図に変化が起こる。
アゲハの長い黒髪は、先端だけが眩しいほどに青い。
その色が浸透するように、頭髪のおおよそ半分が青色に塗り替わった。
変身とすら呼べない変わりようだ。
そうであろうと、彼女から放たれるプレッシャーは力強い。内向的な性格はそのままながらも、その気迫は歴戦の猛者を彷彿とさせる。
息を吐くアゲハを眺めながら、ハクアはこのタイミングでぼやいてしまう。
「なにが、ふんぬ、よ。気が抜けちゃって仕方ない」
「うぅ……」
「まぁ、いいわ。ユーカリはこの状態のアゲハ、初めて?」
率直な感想がアゲハを縮こませるも、ハクアは気にも留めない。
この問答を見守っていたユーカリだが、その表情は短髪も相まって少年のようだ。
「すごいっす! 綺麗な髪がなんと言うか、その、もっと綺麗に!」
自身の髪が短いからか、ユーカリはアゲハの黒髪に憧れていた。
長く、美しく、毛先だけが青色。
蠱惑的な髪が男女問わず注目を集めるも、当人は他者から見られることを嫌っているため、難儀な状況と言える。
「あ、ありがとう……」
「末端の青色がぶわーっと昇っていく感じ、かっこよかったっす! あー、私も伸ばしちゃおうかなー。でも、手入れとか勘弁だしなー」
警戒班は迷いの森から内外を監視することが仕事だ。
その際は樹木の上で息を殺して待機するのだが、長い髪は邪魔になってしまう。
そういったことを抜きにしても、この魔女はショートカットだ。オレンジ色の前髪は眉にすらかかっておらず、性格も相まって清涼感漂う。
とは言え、女性的でないかと言えば嘘になる。
ユーカリの胸は豊満だ。眼前の日本人には負けるも、隣のハクアには勝っている。大きさで優劣を決める部位ではないのだろうが、ここにいないエウィンや白紙大典ならば盗み見たはずだ。
もっとも、今の議題は髪の長さ。ハクアが赤髪を傾けながら意見する。
「長いと本当に大変よ?」
「わー、ハクア様が言うと説得力あるっす。もうちょっと伸ばしたら、自分で踏んじゃいそうっすね」
「あったわね、そんなことも。だからさすがに切ったわ」
ここは広大な空き地の片隅だ。鍛錬に励む若者で賑わっているのだが、この三人に歩み寄ろうとはしない。
なぜなら、アゲハが特別な客人だと周知されており、ましてやその内の一人は里長だ。この魔女を慕っているからこそ、邪魔をしないよう気を使っている。
それでも喧騒は届くのだが、それがこの場所の普通ゆえ、ユーカリは気にも留めずに感想を述べる。
「ハクア様ってすっごくおばあちゃんなのに、けっこうバカっぽいすねー。あ、嘘です冗談です許してくださギャー!」
二十四歳の悲鳴が木霊する。
ハクアがユーカリの足を蹴とばしただけなのだが、被害者は泣き叫びながら主張する。
「お、折れたっす! これ絶対折れたっす! 死ぬほど痛いー!」
躾けか?
あるいは単なる暴力か?
どちらであろうと、ユーカリは涙を流しながら悶え狂う。
加害者はその姿を見下ろし続けるのだが、その光景は狂気そのものゆえ、近寄る者はいない。
「反省した?」
「反省したっす!」
「さっきの発言、取り消しなさい」
「それは嫌っす!」
「く、こいつ……」
謝罪はするが、非は認めない。
足を折られてなお抗う姿は滑稽でしかないのだが、ハクアを悔しがらせることには成功した。
その後も無意味な口論が飛び交うも、アゲハがユーカリの足を治したタイミングで模擬戦は再開される。
「図星でご立腹だからって、審判は公平でよろっす!」
「あんたねー、いつか覚えてなさいよ。それじゃ、アゲハの時間も残り少ないから、さっさと始めなさい」
力を解放していられる猶予は、せいぜいが数分。連続使用は出来ないため、急かされるように二人は戦い始める。
先制攻撃はまたもユーカリだ。折られた足は完治しており、爆ぜるように駆け出す。
距離を詰め終えるや否や、初戦を再現するような額への小突き。先ほどはこれで決着がついたのだから、ユーカリとしても試さずにはいられない。全力で殴らない理由は、そうしなければ殺しかねないからであり、実力差を加味すれば当然の配慮だ。
アゲハが謎の天技で強くなろうと、ユーカリの見立てでは結果は変わらない。今回もこれで倒せるだろうと考えている。
そういった思い込みを覆せるのが、今のアゲハだ。
次の瞬間、ユーカリは起こった出来事に対して目を疑ってしまう。
親が子を叱るように、その額をコツンと殴るつもりでいた。
しかし、アゲハはもはや別人。迫る拳をきちんと視認しながら、同じ速度で下がってみせる。
ユーカリの右腕が伸びきったところで、握り拳は何も殴れない。
空振りだ。
この瞬間、ユーカリは対戦相手についての認識を改める。
「ほー、やるっすね」
ただの一発。
されど、情報を得るには十分な応酬だ。
眼前のアゲハは、頭髪の半分が青く染まっただけの女性ではない。見違えるほど強くなっており、手加減はもはや不要だ。
ゆえに、ユーカリは大きく踏み込む。
その結果、両者の距離は改めて縮まるも、その際の速度は今日一番を叩きだす。彼女もまた、アクセルを踏み込んだ瞬間だ。
どちらかが腕を伸ばせば、相手へ触れられる間合い。それほどに近い距離ながら、ユーカリが選んだ一手はしゃがみ込むような足払いだ。
この奇策に失敗はありえない。
なぜなら、アゲハは虚を突かれた。眼前に迫った魔女が音もなく姿を消した以上、状況把握すらままならない。
そのはずだが、ユーカリの右足は空気だけを蹴り飛ばす。
(避けられた⁉)
その通りだ。
アゲハの異常発達した動体視力が、ユーカリの残像を捉えていた。
さらには、見てからでも反応出来るほどの運動神経が、左手方向へのサイドステップを実現する。
この攻防は、両者の実力が縮まった証左だ。
その後もユーカリは多種多様な攻撃を試みるも、その全てが不発に終わる。
二人の応酬が続く中、ハクアはあくびを堪えられない。
眠たいのではなく、退屈だからだ。
この魔女からしたら、二人の模擬戦はあまりにレベルが低い。
それでも内心では感心しており、文句を漏らさず見守る。
(ふーん、なるほど。身体能力だけなら、今のアゲハが上。だけど実戦経験と技量はユーカリの方が勝ってる、と。あの子の上昇具合、強化魔法や戦技とは比べ物にならない)
例えば、オーバースペック。支援系が習得する魔法であり、その効果は詠唱者の俊敏性をおおよそ一割高めてくれる。
戦技にも似たようなものはあるのだが、強化幅は同程度だ。
それが普通であり、アゲハの天技はその枠組みから大きく外れている。
だからこそ、ユーカリという強者相手に食い下がれているのだが、ハクアは腕を組んだまま眉をひそめる。
(異常ではあるけど、欠点も多すぎる。今のままじゃ、戦力に組み込めない。一から鍛え直しね)
アゲハの弱点。千年を生きる魔女だからこそ、仮にそうでなくとも、無数に見つけられてしまう。
ハクアの懸念点は三つだ。
素人のような身のこなし。
対人戦においては意味を成さない、青い炎。
そして、長期戦に不向きな点。
とりわけ三つ目が最重要だ。
アゲハのスタミナを指しているのではなく、数分限定の肉体強化。この時間が余りに短いため、ハクアは頭を抱えてしまう。
(エウィンにも言ったけど、最低でも十時間。ううん、それ以上が望ましい。そうでないと、あれと戦うことなんて出来ないもの……)
赤髪の魔女が思い描く敵は、セステニアだ。
結界に閉じ込めるしかなかった、千年前の宿敵。これを完全に殺しきることこそがハクアの宿願であり、その大役を果たせる人物を探し続けてきた。
(それにしても、本当に下手ね。いくらでも殴り返す機会はあったろうに。はぁ、今のキックなんて本当に情けない。へっぴり腰から矯正しないと……)
審判役でありながら、この魔女はアゲハを応援している。
ユーカリも大事な部下ではあるものの、それ以上でもそれ以下でもない。
一方で、アゲハは貴重な手駒だ。現時点では魔物すら満足に狩れない弱者ながらも、その内側には光る物がある。
あるいは、闇よりも深い闇が宿っているのかもしれない。
どちらにせよ、セステニアと戦うためには必要そうな人材ゆえ、ユーカリを使って育てるつもりでいる。
そういった思惑を知るはずもなく、二人は模擬戦を継続中だ。
どちらも無傷ながら、攻めている時間はユーカリの方が圧倒的に長い。
アゲハは劣勢であると自覚しており、大振りの回し蹴りを仰け反るように避けられたことから、これを反撃の一手とする。
(け、蹴る!)
そのチャンスだ。
思惑自体は正しいのだが、サッカーボールを蹴とばすように右足を振り抜くも、対戦相手は既に後方へ跳躍済みだ。
(うぅ……)
対人戦の浅さが露呈した瞬間だ。
アゲハはこの世界に転生して以降、エウィンと共に多数の魔物を狩り続けた。
草原ウサギを蹴り殺し、ウッドファンガーやウッドシープも足技で。
もしくは青い炎で燃やすこともあったが、その場合、灰すら残らず燃え尽きてしまう。死体を持ち帰る際は蹴り殺すしかない。
つまりは、拳を使った経験は皆無だ。全く学べていない。
短剣についても飾りと化しており、こういった背景から、彼女は身体能力が高いだけの日本人から抜け出せていない。
エウィンの落ち度と言えばその通りだが、彼を責めるのは酷だろう。傭兵は魔物狩りの専門家ゆえ、対人戦など想定の範囲外だからだ。
「で、でも!」
珍しく、アゲハが吠える。
対戦相手は真正面で仁王立ちだ。余裕ぶれる程度には余力を残しており、駆け寄ってくるアゲハに対してもギリギリまで動かないつもりでいる。
その結果が、これだ。
「あ」
「あ」
二人が声を漏らした理由。それは、アゲハが前のめりに転倒したためだ。
体のバランスが狂った影響なのだが、それについても原因がある。
彼女の長い髪が、本来の色へ戻ってしまった。
つまりは時間切れであり、頭髪の半分を占めていた青色は、先端だけに留まる。
走っている最中に運動神経が落ち込んだ以上、転倒は必然か。
この光景を眺めながら、赤髪の魔女が歩み寄る。
「終わりよ。まぁ、うん、色々わかったわ。アゲハ、大丈夫?」
「はい……」
受け身も無しに転んだにも関わらず、アゲハに外傷は見当たらない。スタミナだけでなく頑丈さも向上しており、仮に膝を擦りむいたところで自力での治療が可能だ。
もそもそと体を起こすと、縮こまるように正座へ。これから始まるであろう説教に身構えており、己の不甲斐なさがそうさせてしまう。
「思ってたよりは動けたわね。ただまぁ、課題も多い。ユーカリ、あんたの感想は?」
「そうっすねー、当面はトカゲ狩りでいいと思うっす」
堅実なやり方だ。
もっとも、ミファレト荒野のトカゲは大事な食材ゆえ、アゲハの深葬は使えない。
ゆえに下準備として誰かが弱らせる必要があるのだが、その役目は自分だとユーカリも自覚している。
想定通りの返答を受け、ハクアとしても言い渡すしかない。
「まぁ、無難なところね。明日からそうしましょう。だけど、終わったら今日のように手合わせなさい。あぁ、素振りというか、型から始めても構わないけど」
「その方が絶対良いっす。ってか、明日からっすか?」
「この子、もうクタクタだから。反動が大きいみたいだし」
「なるほどっす」
休めば午後から活動可能なのだが、今日だけは甘やかす。
近場のトカゲは午前中にあらかた狩られてしまうため、そういった意味でも今日はここまでだ。
「アゲハはもう帰って休みなさい」
「は、はい……」
普段から低いテンションが、今は底まで落ちている。
とは言え、子供ではないことから、アゲハはゆらりと立ち上がると、砂埃すら払わずに二人へ背を向ける。
痛々しい後ろ姿だ。完全に敗者のそれだが、実質的には負けたのだから糧とするしかない。
アゲハが遠ざかったタイミングで、ハクアがゆっくりと口を開く。
「サタリーナには私から言っておくから、頼むわよ」
「了解っす」
サタリーナは警戒班の班長だ。モーフィスに次ぐ実力者であり、だからこそ、その大役を任されている。
アゲハとユーカリの手合わせが終わろうと、ここは訓練場ゆえ、賑やかなことに変わりない。
老人の耳障りな笑い声を遮るように、赤髪の魔女がぼやく。
「時間、かかりそうね」
「え、そうなんすか? と言うか、アゲハちゃんのこと、どのくらいまで鍛えるつもりなんすか?」
意識合わせが出来ていない。
ゆえに、今更ながらの問答がこのタイミングで行われてしまう。
当然と言えば当然だ。ハクアは眼前の部下にセステニアという存在を明かしておらず、アゲハがそのための戦力であることすら伏せたままだ。
「そうね、素のままであんたより強く?」
「私が言うのもなんですけど、たしかーに長い道のりだー。しかも、警戒班の仕事より神経使いそうっす」
「ちょっとやそっとの怪我なら自力で治せるし、大丈夫じゃない?」
里長の強権で仕事を変えられたことに、不満などない。
アゲハを鍛えることも、頼まれれば了承する。
それでもやはり、心配だ。
ミファリザドは屈強なだけでなく、毒の息を吐き出す。
アゲハを後方で待機させても良いのなら問題ないのだが、彼女を鍛えるためにはとどめを譲らなければならない。
ユーカリは人見知りしない性格ゆえ、内向的なアゲハに対しても抵抗を感じない。この点は適任と言えるのだろうが、ふと思い出してしまう。
「もう一人の男の子は、いつ帰って来るんすか?」
「連絡がないのよね。あいつ、変なところで出不精だし……」
「明日かもしれないし、一か月先かも?」
「極論を言えば、そうなるわね。あぁ、あんたから見て、エウィンってどの程度なの?」
ハクアは強すぎるがゆえに、そういったことがわからない。
自身に匹敵する強者はオーディエンしかおらず、他は有象無象の雑魚だ。
ゆえに、力量差を知るには第三者の協力を仰ぐしかない。
「がはは、よくわからないっす!」
遠方で笑うモーフィスを真似ながら、ユーカリは率直な意見を述べる。
この態度も去ることながら、その言い分にはハクアとしても納得出来ない。
「なんでよ。エウィンがモーフィスと戦ってるところ、何回か見たことあるでしょう?」
「そうなんすけど、あの子ってのらりくらりと言うか、ぜーんぜん覇気が感じられなくて。まぁ、それはアゲハちゃんも一緒なんすけどね」
「あんたがそう言うのならそうなんでしょうね。んじゃ、明日から頼んだわよ」
「お任せっす!」
顔合わせは終了だ。
今日という一日は始まったばかりゆえ、ユーカリにとっては休日と言っても差し支えない。
一方で、ハクアは帰宅後が本番だ。
話し合わなければならない。
決めなければならない。
そのために、赤髪を揺らしながら帰路に就く。
野良猫の一匹でも抱きかかえて帰宅すれば、アゲハを慰められるのだろう。
しかし、そうしない理由が彼女にはある。
(猫の毛の掃除って面倒なのよね……)
◆
不干渉を宣言するような沈黙。
昼食の時さえも、口数は少ない。
それでも、片付けが済んで満腹感に浸れている今こそが好機だ。
居間には二人と一冊しかいないのだから、先延ばしはここまでとする。
「ユーカリとやっていけそう?」
この瞬間、ハクアは自分で言っておきながらわずかに引きつってしまう。
まるで母親のような発言だ。そのような立ち位置など望んでいないのだから、慣れないことをしていると自嘲せずにはいられない。
「た、多分……」
アゲハとしても、この返答が精一杯だ。
指導役をわざわざ用意してもらえたのだから、大人としてその誠意をくみ取る。
人間不信は解消されていない以上、不安を払拭出来るはずもなく、曖昧な返答は必然か。
「そう。ちょっと頑固なところはあるけど、悪い子じゃないから。実力も申し分ないし、胸を借りるつもりでがんばりなさい」
「はい……」
重苦しい空気だ。エウィンがいない時はこのような雰囲気になりがちだが、今は一層際立っている。
しかし、先ほどの発言がもう一人の同居人を奮い立たせてしまう。
「アゲハちゃんの方がおっぱい大きいけどね!」
声の発生個所は、テーブルの上だ。そこには真っ白なハードカバーの古書が置かれている。
本でありながら人間の魂を宿すそれは白紙大典。生前はマリアーヌという名の女性ながら、今はこのような姿と化している。
能天気な大声が居間を震わすも、活気を取り戻すには至らない。
アゲハは当然のように無視するも、ハクアは渋々相槌を打つ。
「マリアーヌ様は、アゲハの強化方針についてどう思われますか?」
「そういう難しいことはわかんないけどさー、魔物の乱獲でいいんじゃない? わたし達だって、巨人と戦争してたら強くなれたんだしー」
人間と巨人族の争いは、おおよそ千年続いている。
人間側の劣勢から始まった戦争は、初代王を筆頭に何人かの超越者が活躍したことで終戦を迎えた。
超越者。言葉通り、人間という規格を飛び越えた強者だ。アゲハのような日本人にとっては、傭兵や軍人は全員が超越者に思えてしまうも、実際のところは異なる。そういった者達さえ霞むほどの実力を備えた例外こそが超越者であり、マリアーヌはその内の一人だ。
当時のハクアは半人前ながらも、今は最強の一人に数えられる。
「私も魔物を何百年と狩り続けた結果でしかありませんし、やはりトカゲ狩りが正解かもしれませんね。へっぴり腰は、ユーカリに矯正させるとして」
「う……」
魔女の言う通り、アゲハはまだまだ素人だ。
ハクアの細い指に撫でられながら、白紙大典も意見を述べる。
「髪の毛を青く出来る時間も伸ばしたいよねー。エウィン君はいっきに伸びたみたいだし、やれないことないんじゃない?」
「その可能性はあります。ただ、いかんせんアプローチの手法が……」
わからない。千年を生きる二人にさえ、エウィンとアゲハは謎だらけだ。
「まぁでも、方針が定まったのは一歩前進っしょー。魔物狩りで今以上に強くなって、戦い方の型みたいなものも学んで、髪の毛青く……、アゲハちゃんさー、そろそろこれの名前考えない?」
「賛成です。アゲハ、さっさと決めなさい」
「え、え……」
白紙大典とハクアに促された以上、退路は断たれた。
技名を叫ばなければ使えない、といった制約がないことから、アゲハはこの天技に名前を与えていない。
彼女の中に宿る、ネゼから力の一端を借りる能力。そこまでは把握出来ている上、名無しでも運用出来ていることから、今までは困ることなどなかった。
しかし、日常会話をスムーズに進めるためにも、そろそろ名付けるべきか。
白紙大典の主張に共感した以上、アゲハとしても考えなければならない。
「えっと……」
「あ! だったらわたしが付けてあげよっか? うーん、髪の毛青青パワー! なんてどうかな?」
「賛成です。さすがマリアーヌ様。ですが、半分は黒いままですし、髪の毛青黒パワーはいかがでしょうか?」
「お、いいね! 採用!」
このやり取りがアゲハの思考を加速させる。代替案を示さなければ、髪の毛青黒パワーが採用されてしまう。
「うぅ、エウィンさん、みたいな、かっこいい名前に、したい……」
リードアクター。詠唱の後に、身体能力を大幅に向上させる天技だ。以前は最大十秒程度しか保てなかったが、今はスタミナが続く限り維持出来る。エウィンがアゲハの中のネゼと契約したことで得た能力ながらも、その仕組みや原理については何もわかっていない。
アゲハのつぶやきに対し、白紙大典が反応を示す。
「そう言えばさー、リードアクターって名前、エウィン君が考えたの?」
「あ、いえ、オーディエン、です、けど……」
嘘は言っていない。
しかしながら、赤髪の魔女は顔をしかめてしまう。
「はぁ? あいつって、エウィンにとっても親の仇でしょうに……」
「そ、そうです。エウィンさん、そういうところ、淡泊と言うか、割り切れちゃう、人なので……」
ハクアの主張も、アゲハの推察も正しい。
エウィンは父親をオーディエンに殺された。
憎むべき敵ながらも、自身の能力名にオーディエンの案を採用してしまう。別の候補が思いつかなかっただけなのだが、そうであろうと普通の精神でないことは間違いない。
ゆえにハクアは呆れるしかないのだが、白紙大典だけは能天気だ。
「へー、エウィン君らしいと言えばらしいねー。んで、髪の毛キラキラパワーで決まりってことでいいよね?」
思い付きでしゃべっているため、既にぶれ始めるも、誰も意に介さない。そもそも採用する気もないため、アゲハは必死に思案する。
「青……、あお……、青い何か……」
着想はやはり色だ。
青いものなど山のようにあることから、やはりすぐには思いつかない。
このつぶやきに対し、白紙大典が方向性を示す。
「だったらお花なんかどう? わたしの天技も花をもじってるしねー」
火花や水花。マリアーヌの結界は、属性と花を繋げた造語だ。
どれも実在しない植物ながらも、そこに重きを置いていないため気にはしていない。
とは言え、妙案だ。アゲハとしても、視界にいっきに開ける。
「青い、花……。あ、だったら……」
それは、日本では一年草として扱われており、日本人に馴染みが深い。
その姿を知らずとも、名前だけなら誰もが知っているはずだ。
この日、彼女の天技に名前が与えられた。
たったそれだけの行為ながらも、その意味するところは大きい。
戦場に咲く一凛の青い花。
後に、アゲハにもこのような通り名が与えられるのだが、偶然かどうかは定かではない。
これは単なる名付けながらも、アゲハの中で彼女は静かに喜ぶ。
花の名前はワスレナグサ。
青い花弁が、太陽の光を嬉しそうに受け止める。




