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第八十話 水の洞窟と残滓

 地下空洞に陽射しは差し込まない。

 最奥の大広間なら猶更だ。

 それでもここが明るい理由は、光る苔に加えて彼ら自身の発光が大きい。


「来る!」


 巨大貝を目指すも、エウィンは焦るように減速する。

 依然として真っ白なオーラをまとっており、身体能力は上昇中だ。

 にも関わらず、焦らずにはいられない。

 声を荒げた理由も、自身が死と隣り合わせだと自覚しているためだ。

 短距離走のように走っていたにも関わらず、靴底をすり減らしながらの急停止。そうしなければ殺されると、先読みのおかげで知ることが出来た。

 次の瞬間、鞭のようにしなる何かが、暗闇を貫くようにエウィンを襲う。


「う⁉」


 尻餅をつくように仰け反ることで、ひとまずの回避は成功だ。

 そうであろうと、少年の顔は青ざめる。

 もしも未来予知の助力がなかったら、確実に致命傷を負っていた。

 そう思わせる速度と威力が、この何かには宿っている。

 真っすぐ伸びるそれはケーブルのようだが、そうではない。先端は尖りつつも螺旋を描いており、それ以外の部分はぬめぬめと湿っている。


「触手なのかナ? トころで大丈夫かイ?」


 暗闇を照らす火の玉と、そこに付随する四肢と頭部。その正体はオーディエンであり、自身が狙われなかったことから、笑みを浮かべる余裕すらある。

 返答が遅れるほどにはエウィンも必死だ。尻尾を巻いて逃げるように、大きく後ずさる。


「あ、危なかった……。本当に死ぬかと思った……」

「オかげでアレのことが少しわかったヨ」


 焦る少年とは対照的に、オーディエンは冷静沈着だ。

 視線の先には巨大な巻き貝が鎮座したままながらも、戦闘は既に始まっている。

 いくらか離れたタイミングで、エウィンは問わずにはいられない。


「何がわかったって?」

「プロテウスは動く素振りすら見せていなイ。デもネ、ヤる気満々ダ。ホら、貝の下から触手が伸びてル。ドうやら一本だけじゃないみたイ」

「二本目! 長いし、なんだあの先っぽ……」


 その形状はまさにドリルだ。

 触手そのものは、イカやタコの腕を連想する程度にはグニャグニャとしなっている。

 しかし、先端には鋭い円錐が備わっており、タケノコのようなそれをステップドリルと呼ぶ。

 それが二本。巻き貝と床の間から出現した。

 その事実がエウィンを怯ませるも、オーディエンは驚きもしない。


「ワタシの予想だト、水魔法の使用もありえル。気を付けてネ」

「い、言われなくとも……。こんなところで死んだって、何の意味もない」


 二人が後退したことから、二本の触手は直立したままゆらゆらと揺れている。

 警戒の姿勢なのか、隙を伺っているのか、真相は定かではないものの、一息つけることに変わりない。


「ワタシが左のを焼き切るかラ、キミには右を任せてもいいかナ?」

「いや、よくない。アイアンダガーは蜘蛛女に折られちゃったし、次も避けられるとは思えない」


 つまりは自信がない。

 プロテウスの触手はそれほどに強敵だ。リードアクターを発動させているエウィンでさえ、降参か撤退の選択肢しか見いだせない。

 勇猛果敢に挑むことで、アゲハを庇えるのなら話は別だ。

 しかし、状況が異なる。

 オーディエンがセステニアの結界を解くための戦闘であり、本来ならば手伝う道理がない。

 それでもこうして肩を並べている理由は、ここにはいないジーターが人質に取られたためだ。

 従わなければ、この軍人が殺されてしまう。

 ゆえに、洞窟の結界を破壊しただけに留まらず、こうして最深部まで足を運んだ。

 この時点で重罪なのだが、エウィンは気にも留めていない。教養の無さがそうさせるのだが、ジーターを救えたことも事実だ。

 その結果、結界の残滓と相まみえる。

 尻込みする人間を他所に、オーディエンは好戦的だ。


「ダったらそこで見ててネ。間引いてくるかラ」


 ろうそくの火が揺らぐように、炎の魔物が前進を開始する。足を動かさずとも進める理由は、わずかに浮いているためだ。

 オーディエンとプロテウス。両者の距離が縮まるということは、戦闘再開の合図に他ならない。

 ぼんやりと明るい暗闇の中で、長大な触手がシュンとしなる。

 その意図するところは明白だ。先端のドリルで敵を突くのではなく、振り下ろすように叩きつける。

 この瞬間、エウィンは安全圏にいるにも関わらず青ざめてしまう。

 その速さに。

 その威力に。

 片腕で受け止めた、オーディエンの頑丈さに。


「所詮ハ、残滓の残りカスだネ。コのまマ、焼かせてもらうヨ」


 有言実行と言わんばかりに、頭上の触手を握りしめる。

 握力で潰すためではない。

 ぬめったそれを逃がさないためであり、次の瞬間、魔物の拳からは真っ赤な炎が溢れ出す。

 触手が悶え苦しむように焼かれる中、エウィンは香ばしい匂いを嗅ぎつつも感嘆の声を漏らしてしまう。


「これが、オーディエンの魔法。なんて火力……」


 驚きの光景だ。

 水属性の巨大貝が、触手だけながらも焼き尽くされてしまった。

 属性の相性としては最悪ながらも、オーディエンは高い魔力で常識を覆す。

 まさしく力業だ。

 離れ業でもあるのだが、この魔物は平然と言ってのける。


「モう一本はエウィンに譲るヨ」

「か、簡単に言いやがって……。あ、動き始めた」


 四つの瞳が見つめる中、巨大な巻き貝がゆっくりと揺れる。

 その鈍足具合は貝そのものだ。

 逃げようとしているのか?

 仮にそうだとしてその方角は?

 それすらもわからないほどに動作は鈍く、そうであろうと洞窟内は地震のように騒がしい。


「ナるほどネ」

「え、何が?」


 先ほどとは異なり、今回はオーディエンが看破する。

 プロテウスが巨体を揺らした理由。それは、外敵二人を脅威と認めたからだ。

 正面を向くために、巻き貝を動かした。本気で戦うための準備であり、そのための予備動作はまだ終わらない。

 その光景が、安全圏のエウィンをさらに後退させる。


「さらに二本も⁉」


 ここからが本番だ。

 巨大貝の触手は最大四本。その内の一本は塵と化したが、三本は苛立つように揺れ動いている。


「エウィン! 大丈夫だと思うけド、モう少し下がった方がいいかもネ」


 言葉足らずなアドバイスだ。

 それでも、エウィンは言われるがまま、通路側へ後ずさる。


「そうするけど、おまえは?」

「ワタシの魔法が通用するとわかっタ。ダったら問題ないヨ」


 触手が増えてもなお、言い切る。

 オーディエンの自信は揺らいでおらず、エウィンも今だけは頼るしかない。


「さっさと帰りたいし、負けるんじゃないぞ」

「ファファファ、キミを鍛えるのはまたの機会にしよウ。欲張って死なれたラ、ソれこそ目も当てられなイ」


 使命は、結界の残滓を破壊すること。

 そう理解しているからこそ、オーディエンはエウィンを避難させつつ単独で挑む。

 ここまでは前哨戦だ。

 ここからが本番だ。


「オ遊びは終わりかナ。アルジに吉報を持ち帰らないト、ワタシが叱られ……」


 炎の魔物が気合を入れ直した瞬間だった。

 水の魔物がもたらした変化に、彼女の発言を遮られてしまう。

 巻き貝から伸びる触手は三本。その先端にはドリルが備わっているのだが、問題はここからだ。

 触手を杖に見立てるように、水の塊が三個、同時に生成される。

 攻撃魔法の一つ、スプラッシュだ。もっとも、一度に作り出せる個数は一個なのだが、この魔物は当然のように常識を覆す。

 それでもなお、オーディエンは怯まない。


「相性最悪とは言エ、ソんな魔法が通用するとでモ?」


 スプラッシュは、言ってしまえば大砲だ。弾のサイズは詠唱者の魔力に左右されるが、今回のそれは人間を潰せる程度には大きい。

 その発射速度もまた魔力によって変動するのだが、オーディエンには避けられるだけの自信がある。

 この余裕は傲慢ではない。発射された一発目を、右方向へずれるだけであっさりとやり過ごす。

 まるで、風船が風で運ばれるような動作だ。

 今回のスプラッシュは、拳銃の弾丸よりも遥かに速い。

 にも関わらず、オーディエンは余力を残しての完全回避。

 格付けが済んだ瞬間だ。

 最前席から眺めるエウィンでさえ、そう思わずにはいられない。

 今の魔法ですら、この少年なら被弾は確実だ。リードアクターをまとっていようと、未来予知の助けがなければ反応すらままならない。


(オーディエンがここまでとは……。僕は、こんなのと戦う?)


 遠い目標だ。

 しかし、父親の仇であり、アゲハの帰還を叶えるためにも諦めるわけにはいかない。

 そういったことは理解しながらも、心が折れかかってしまう。

 オーディエンとプロテウスは、それほどに格上だ。

 エウィンの本能が訴える。

 この場から逃げろ、と。

 眼前の戦闘に巻き込まれたら最後、即死は免れない。

 それでもオーディエンは戦い続けており、発射される水の塊を全て避けるばかりか、その合間に炎の魔法で反撃を試みている。


「頑丈だネ。触手は燃やせてモ、本体はそうもいかないカ」


 火の玉を撃ち込もうと、巨大貝は痛がる素振りを見せない。三本の触手も健在であり、それらは休むことなく水の塊を生成中だ。

 魔法の撃ち合いではきりがない。

 そう考えた結果、オーディエンが方針を変更する。


「ダったラ、内側から焼くとしよウ」


 そのためには近づく必要がある。

 急発進だ。

 彼女は水の魔法と触手の猛攻を全て避け切ったばかりか、塔のような巻き貝に拳をめり込ませる。


「耐えられるかナ?」


 腕を突っ込んだままの最大火力。貝殻の内側で、オーディエンの拳が炎を爆ぜさせる。

 その中は螺旋を描く空洞だ。頑丈な外表面を貫かれた時点で、プロテウスと名付けられた魔物に勝ち目などない。

 巨大な貝殻が震えている。

 三本の触手も悶えている。

 オーディエンは今なお右腕を突き入れており、火炎放射器のように炎を生成中だ。

 洞窟の中が、目に染みるほどの匂いで満たされた頃合いに、勝者は腕を引き抜く。


「呆気ないネ。エウィン、ワタシの実力、ワかってもらえたかナ?」

「あ、あぁ、ぼんやりとだけど……」


 魔物の気配が一つ減った大広間で、少年は脱力するように肩を落とす。

 どこまでも不快な、刺激臭。

 炎のせいで熱せられた空気。

 どちらも不快だ。

 もっとも、自身の非力さと比べれば腹を立てるほどでもない。


「キミには残りの三体ヲ、倒してもらわないト」

「セステニアを、おまえの主を結界から解き放つために?」

「ソれもあるけド、一番の理由はキミダ。今回の残滓ですラ、キミを寄せ付けない程度には強かっタ。デもネ、他と比べれば存在規模は小さイ。ソして、ワタシやアルジはコイツらよりもっともっと上にいル。コの事実を突きつけられたキミに問おウ。諦めるのかイ?」


 諦めない。そう言い切りたいものの、エウィンは唇をわずかに動かすことしか出来ない。

 身勝手に反論することは可能だ。

 しかし、その言動に自信が持てない以上、軽々しく口を開きたくない。

 エウィンはアゲハと出会うことで、理屈は不明ながらも強くなれた。

 その一方で、伸び悩んでいるのも事実だ。

 今以上に成長したい。

 されど、そのやり方がわからない。

 だからこそ、今言えることは一つだけだ。


「諦めたくない」


 眼前の魔物と和気あいあいと話してはいるが、これは父を殺した。

 アゲハを地球へ帰すためには、これを倒すことが現状唯一の手段だ。

 ありがたいことに、それらは見事重なっている。

 オーディエンの討伐。あるいは負けを認めさせれば、目的は果たせる。

 もっとも、どちらにせよ現状は絵に描いた餅だ。

 手も足も出ない。

 戦う資格すら持ち合わせていない。

 長い道のりだ。

 何年、何十年と鍛錬に打ち込んだところで、たどり着けるとは思えない。

 ましてや、そのやり方が正しいかどうかも定かではない。

 魔物を狩り続けるだけで良いのか?

 筋肉トレーニングを取り入れた方が良いのか?

 走り込みも必要なのか?

 この少年は、草原ウサギを狩り続けただけの傭兵でしかない。魔物討伐の専門家ではあっても、常識外の存在を倒せるかどうかは別の話だ。

 その魔物が、嬉しそうに口角を釣り上げる。


「ダったラ、ワかるよネ?」

「え? わからない……」


 二人の思考がかみ合わなかった結果、気まずい沈黙が訪れる。

 焦げ臭い異臭は未だ健在ながらも、いくらか慣れた頃合いに、オーディエンが驚くように問いかける。


「ア、ソうなノ?」

「悪かったな、こちとら学がないんだよ。おまえが僕の父さんを殺したせいで、母さんも死んで、以降ずっと浮浪者だからな」


 本人はそう言うものの、地頭は決して悪くない。

 さらには、拾い物の教科書を読みふけったことから、浮浪者らしからぬ教養の持ち主だ。

 そうであろうと、わからないものはわからない。

 開き直るようにそう宣言するも、その甲斐あってオーディエンが指針を示す。


「ハクアだヨ」

「ハクアさん?」

「彼女なラ、ウうン、彼女だけガ、キミを高みへ導けル」


 赤髪の魔女。迷いの森で世捨て人のようにひっそりと暮らす女性だ。里長として住民を束ねているためか、森の外へ出ようとすらしない。

 彼女の実力は本物だ。危機察知能力を持つエウィンを、肉体が反応を示すよりも前に殺せてしまえる。

 オーディエンと互角にやりあえる唯一の人間を自称するも、現状はそれを否定する材料が見つからない。


「ハクアさんの次くらいに強い人に鍛えてもらったけど、それじゃダメってこと?」

「今はそれでも構わなイ。アラクネを一撃で倒せたことかラ、キミは確実に成長しタ。デもネ、モっともっと強くなるためにモ、ハクアを頼るべきダ」

「弱い魔物を狩っても強くなれないっていうあれと一緒ってこと?」

「ソうだネ。ワタシを倒したいのなラ、ワタシくらい強いハクアと戦わないト」

「なるほど……」


 エウィンが納得する程度には丁寧な説明だ。

 このタイミングでリードアクターを解除するのだが、気が緩んだ証拠でもある。

 その結果、洞窟内が急激に暗くなるも、本来の明るさに近づいただけで異常ではない。

 残された光源でもあるオーディエンだが、考え込む少年へそっと近づく。


「サぁ、地上へ戻ろウ。結界の残滓も、白紙大典へ戻ったようだしネ」

「白紙大典へ? あぁ、そういう仕組みなんだ……」


 結界の残滓は、千年前に白紙大典から漏れ出た魔源だ。

 それが魔物ないし動物と結びつき、異形へ進化させてしまった。

 今回倒したプロテウスも、元はこの洞窟に生息する小さな巻き貝でしかない。


「残りは氷と風と雷。キミに任せるヨ」

「簡単に言ってくれる。そいつら強いんだろ?」

「アぁ、プロテウスよりずっト、ネ」


 だからこそ、それらはこの千年もの間、誰にも狩られずに生き延びる。

 実は、傭兵組合の掲示板に特異個体として張り出されているのだが、懸賞金が安いことから挑む者は滅多にいない。

 その後も二人は他愛ない雑談で盛り上がながら、来た道を戻る。

 湿度が高く、空気が顔に張り付こうと。

 終始登り坂であっても。

 彼らの体力ならば足取りが鈍ることはない。


「そういえばさ……」


 エウィンは暗闇の中で思い出す。自身のことゆえ、確認せねばならない。


「ン?」

「なんで僕なの? セステニアの対戦相手なら、ハクアさんの方がずっと適任だと思うけど……」

「ファファファ、ハクアじゃダメ」

「なんでさ」

「ダって勝ち目がないかラ。百回やったら百回負けル。勝負にすらならなイ」


 断言するオーディエンに対し、エウィンは眩暈を覚えてしまう。


「おまえの主って、どんな化け物なんだよ……。だとしたら、なおさら僕じゃ無理だって……」

「今のままならネ。キミハ……、キミ達は気づいていなイ。世界を越えられるほどの可能性ガ、キミ達には宿っていル。少なくともワタシにはそう思えル」

「なんだよ、それ……。だから、僕を選んだ?」

「ソういうことサ。抽象的で納得いかないかイ?」

「当たり前だ。ただまぁ、将来性込みで評価してくれてるってことだけはわかったよ。お眼鏡にかなうかどうかは僕次第ってことも」


 不本意ながらも納得する。

 この魔物と出会って、半年が過ぎ去った。

 以降、振り回され、つきまとわれているのだが、完全な敵でないのなら一先ずは安心だ。

 もちろん、父親を殺した張本人ゆえ、許せるはずもない。。

 しかし、手も足も出せない以上、今は自身の成長が最優先だ。

 そう自分に言い聞かせながら、徐々に狭まる洞窟を歩み続ける。

 前方が眩しいほどに明るい理由は、そこから先が地上ゆえの必然だ。


「ふー、お待たせしました。あれ?」


 おそらくは待ってくれているであろう、軍人のジーターに謝罪の一つでも述べようと思った矢先だった。

 エウィンは予想外の光景に、瞳をパチパチと開閉させてしまう。

 すぐ後ろのオーディエンについても、興味なさげに沈黙を選ぶ。

 水の洞窟を包囲するように、立ちはだかる軍人達。彼らは焦茶色の軍服を着用しており、それは先制防衛軍の証だ。

 その中にポツンと、深緑色の軍服を着た男が座らされている。

 ジーターだ。武器は取り上げられており、不服そうに地面の上であぐらをかいている。


「エウィン、すまない。こうなってしまった」


 言葉足らずな説明だ。

 この状況についてさらなる情報を求めたいところだが、少年が首を傾げたタイミングで一人の軍人が動く。


「おまえ達を拘束する。罪状は、水の洞窟への不法侵入。無駄な抵抗は罪が増えるだけだぞ」


 エウィンよりも遥かに長身の女性だ。

 手足はすらっと長く、一方で軍服のボタンがしまらない程度には胸が大きい。水色の長髪がいかに美しくとも、少年の視線は胸部へ吸い寄せられてしまう。

 右手は槍を握っており、戦闘準備は万端。その穂先を少年へ向けた理由は、警告に他ならない。

 威圧的な態度も去ることながら、大勢の軍人に取り囲まれている状況はエウィンを動揺させるには十分だ。


「あ、あのう、どういうことですか?」

「言った通りだ。理由はどうあれ、おまえ達は水の洞窟へ入ってしまった。ゆえに連行する」


 この女は、第五先制部隊を率いる隊長だ。

 彼らはジレット監視哨に常駐している部隊であり、ジーターが傭兵を引き連れ特異個体狩りに出向いたことから、少し遅れて合流を果たした。

 援助を目的とした派兵だったのだが、オーディエンの登場が全てを狂わす。

 普段はクールかつニヒルなジーターも、この状況にはお手上げだ。


「こいつは頑固で融通が利かない。今は大人しく従ってくれ」


 つまりは、諦めている。

 エウィンが禁足地へ足を踏み入れることを見逃した時点で、残念ながら同罪だ。

 少なくともジーターはそう自覚しており、一旦は投獄されることを受け入れる。

 駆け足ながらも説明がなされたことから、エウィンも項垂れるしかない。


「わ、わかりました……。オーディエン、おまえのせいだからな」

「ファファファ、大変そうだネ」

「うるさい。連帯責任でおまえもお縄になれ」


 もはや愚痴るしかない。

 諸悪の根源に文句をぶつけるも、オーディエンは他人事のように言い放つ。


「ワタシは急いでるかラ。ソれじゃーネ」

「あ、おい! くっ、逃げられた……」


 王国の法律で縛れるほど、この魔物は大人しくない。

 あるいは、魔物ゆえに王国法は適用外なのか。

 どちらにせよ、オーディエンの姿は消え去った。音もなく飛び去ったのだが、魔物感知が出来るエウィン以外は、どの方角へ飛び去ったのかすら知覚出来ていない。

 その結果、エウィンとジーターだけが連行される。

 もちろん、本気を出せばこの傭兵も逃げ出せただろう。

 そうしなかった理由は、罪が増えるということもあるが、ジーターに迷惑をかけたくないという感情が働いたためだ。

 帰国後、エウィンはおおよそ一か月もの間、王国軍の拘置所に収容されてしまう。

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