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第七十九話 エウィンとオーディエン

 真っ暗な洞窟の中を、二人は平然と進んでいる。

 涼しいと思える気温ゆえ、湿度が高さに反して不快ではない。

 苔むすここは水の洞窟。エウィンとオーディエンは下り坂のような道を、雑談を交えながら歩み続ける。


「思い出した。ハクアさんが言ってたぞ。おまえが嘘ついてるって」


 少年の声が反響するも、会話自体に支障はない。

 この指摘を受けて、魔物は炎の頭髪を傾けながらエウィンの顔を覗く。


「ナんのことだイ?」


 二人が灯りも無しに歩ける理由は、彼らそのものが光源だからだ。

 エウィンの場合は真っ白なオーラ。リードアクターと名付けた天技であり、以前は十秒足らずしか維持出来なかったが、今は体力が続く限り発動可能だ。

 オーディエンについては、胴体そのものが大きな火球ゆえ、そこにいるだけでマジックランプの代わりが務まる。


「アゲハさんを元の世界に戻す件だよ」

「アぁ、ソのことカ」

「おまえを倒したら、セステニアが手伝ってくれるってことなんだよな? だけど、ハクアさんはそんなのは嘘っぱちで、オーディエンに騙されてるって……」


 付け加えるのなら、ハクアはセステニアにそのような芸当は不可能だと指摘した。

 異世界への帰還。

 アゲハは日本人ゆえ、地球へ戻ることを一度は願った。

 エウィンは恩返しも兼ねて協力を誓うも、オーディエンの討伐で叶わないのなら振り出しに戻ってしまう。

 ゆえに、当人が隣にいるこの機会を逃すわけにはいかない。


「ン~、何か勘違いをしているようだネ。ワタシは知り合いを紹介すると言ったはずダ」

「そうだったと思う。だからそいつがセステニアなんだろ?」

「違うチガウ。アルジにそんな芸当は出来ないヨ。近いことハ、出来るけどサ」


 つまりは、思い込みから生じた誤解ということだ。

 オーディエンが紹介するつもりでいた人物は、セステニアとは別人らしい。

 そのことに気づかされた以上、エウィンは早とちりを恥じるしかない。


「え? じゃあ、異世界に詳しい魔物が、他にいるってこと?」

「ソの通リ。アレが魔物なのかニンゲンなのか、ワタシにもわからないけどネ」


 新たな事実がもたらされた瞬間だ。

 眩い暗闇の中で、エウィンは瞳をパチパチと開閉させる。


「そいつ、いや、その人ってどんな人なの?」

「容姿はニンゲンと瓜二つだヨ。髪は白くて、キミ達風に言うのなら美人なんだろウ。ソれでいテ、イつも裸」

「詳しく」

「名前はホワイエ。ワタシがそう名付けタ。アルジの古くからの知り合いらしくてネ、世界の在り様について何百年、イや、何千年も研究している変わり種サ。コこ以外の世界をいくつか見つけていてネ、煉獄と精霊界については往来すら可能ダ」


 エウィンは裸という部分に食いつくも、返ってきた答えは真面目だ。

 それの名前はホワイエ。オーディエンがセステニアの部下であるように、ホワイエもそうなのかは不明ながらも、百年以上を生きているのなら人間とは言い難い。

 イダンリネア王国も異世界については長年、調査中だ。

 しかし、満足な成果は得られていない。

 そういう意味でも、ホワイエは先をいく。

 もっとも、学のないエウィンはそういったことに興味を抱けず、淡々と疑問を投げかける。


「おまえも煉獄には行けるんだっけ?」

「ソうだヨ」

「コツさえ掴めば誰でも行ける?」

「ニンゲンには無理じゃないかナ。ワタシとホワイエ、ソしてアルジは特別だかラ……」


 オーディエンの説明に嘘がないのなら、この世界で煉獄に渡れる者はたったの三名。彼女らが一堂に会することはもはや奇跡と言う他ないのだが、エウィンの関心はそこにない。


「へ~、煉獄ってどんな場所なの?」

「トっても暗い場所サ、コこのようにネ。空がなくテ、地面も天井も硬い地盤で覆われていル。コちらの世界とは異なる魔物で溢れかえっていテ、ヘカトンケイレスやアラクネと戦ったキミならわかると思うけド、手ごわい連中サ」


 言うなれば、魔物の楽園か。

 少年はそう解釈すると、傭兵らしい疑問を思いつく。


「おまえやセステニアより、やばそうな魔物も?」

「ファファファ、イるかもネ。ワタシもアルジも亀裂から離れた場所までへは行っていなイ。アんなところで殺されたくないからネ」

「亀裂?」

「世界を繋ぐ出入口サ。アルジは扉と呼ぶけド、ワタシは亀裂と名付けタ。ドこでも開けるわけじゃないかラ、コこで披露することは出来ないヨ」


 空間の裂け目。それを作り出すことでウルフィエナから煉獄へ渡っていると、この魔物は言ってのける。

 オーディエンの発言を受けてエウィンが考え込んだことから、一組の足音だけが洞内に響き続ける。もう一体はわずかに浮遊しているため、楽器は少年の靴だけだ。

 入口付近こそ洞窟と呼ぶには狭かったものの、気づけば十分な広さを誇る。

 足音以外に水滴のような音が紛れ込むも、ここはそういう場所ゆえ幻聴ではない。


「ずっと気になってたんだけど、おまえの目的って何なの?」


 大雑把にはわかっているつもりだ。

 これまでに、オーディエンから様々な言葉を投げかけられた。

 キミこそが世界を救う。

 モっともっと試練を与えないといけないのかナ?

 おおよそ魔物らしからぬ言動だ。言葉を話す時点で普通ではないのだが、それを差し引いても友好的過ぎる。

 オーディエンは人殺しだ。この事実だけは揺るがない。

 それでも、エウィンに対しては何かを期待しており、当人としても気になってしまう。


「知りたいかイ?」


 じらすような口ぶりだ。

 当然ながら、エウィンは準備していたように頷く。


「ダったら教えてあげル。キミを強くするこト、アルジの結界を解除するこト、ソしテ……」

「そして?」

「コの世界の命運をかけテ、キミはアルジと戦ってもらウ」


 これこそがオーディエンの思惑だ。

 エウィンは眉間にしわを寄せるも、この魔物は本音しか言っていない。

 その真偽が見極められないのだから、疑うことは必然だ。


「何を……、意味がわからない。主が殺されてもいいのか? いや、違うな。僕が勝てないって確信してるのか……」

「確かニ、アルジは恐ろしいほどに強イ。ワタシよりモ、誰よりモ……。今のキミには戦う資格すらないと言い切れル。デもネ、ソれを言ったラ、コの時代のニンゲン全てに当てはまル。誰かが立ち向かわないト、キミ達は全員殺されちゃうヨ? ハクアだっテ、アゲハだっテ……」


 脅すような言い回しだ。

 本来ならば怯まないエウィンも、アゲハの名前を出されたらどうしようもない。


「そ、その前にアゲハさんだけは帰ってもらう」

「ファファファ、ワタシに勝てたラ……ネ。ア~、伝え忘れていたかモ。ワタシと戦いたかったラ、先にアルジを倒してネ」


 契約が書き換えられた瞬間だ。

 エウィンは闘気を震わせながら、洞窟内で吠える。


「ふざけるな! おまえより強いセステニアを、どうやって僕が……。いや、それを言ったらおまえにすら……」


 手も足も出ない。

 リードアクターを使いこなせるようにはなったものの、力量差は依然として絶望的だ。

 オーディエンに勝てないのなら、その上に挑むことは自殺と同義だ。

 わなわなと震えるエウィンを他所に、炎の魔物は悪びれることなく言ってのける。


「キミは気づいていなイ」

「何を……?」

「自分自身の可能性サ。ワタシの見立てでハ、モっともっと強くなれル」


 慰めるような口調だ。依然としてイントネーションは狂っているのだが、今回ばかりは不快さが伴わない。

 そうであろうと、納得出来るかどうかは別問題だ。

 エウィンは苛立つように反論する。


「だから、何を根拠に……」

「アゲハだヨ。アレが普通でないことハ、キミも気づいているよネ?」


 この指摘に、エウィンは硬直してしまう。

 図星だ。

 彼女と出会ってから、この少年は影響を受けた。

 最たるは、身体能力の向上だ。草原ウサギしか狩れなかった傭兵が、今では巨人族はおろか煉獄の魔物にすら立ち向かえる。オーディエンには勝てずとも、その成長具合は常軌を逸している。


「アゲハさん……」

「ソうダ。キミだけらラ、ワタシにすら勝てなイ。デもネ、アゲハと共ニ……、ウ~ン、ナんて言えばいいのかナ? 死線を越えテ? 九死に一生を得テ?」


 オーディエンが珍しく言い淀む。

 表現の仕方がわからないだけなのだが、エウィンにとっては簡単な話だ。


「傭兵らしく、魔物を狩りまくれってこと?」

「ア、ウん、ソうだネ。効率を求めるのなラ、ハクアに鍛えてもらうといイ。今のキミにハ、時期尚早だろうけド」

「うるさい。ただまぁ、ハクアさんと手合わせなんかしたら、うっかり殺されそうなのも事実。なんせ、おまえと戦うようなもんだし……」


 蟻が人間に挑んだ場合、気づかれずに踏み潰されても不思議ではない。

 エウィンとハクアにはそれほどの差があり、彼女が目一杯加減したとしても、その拳が頭蓋骨を砕く可能性は十分にあり得る。

 絶命だ。回復魔法は当然ながら、アゲハの治療さえも間に合わない。

 恐怖に引きつるエウィンだが、話しが脱線していることに気づく。


「あ、いやいや、僕が訊きたいのはおまえがやろうとしていることで……。僕とセステニアを戦わせたい? それは過程であり手段だろう? その先に何を企んでる?」


 この指摘は正論だ。

 そうであると裏付けるように、オーディエンが静かに驚く。


「キミは賢いネ」

「たまーにそんな感じのことを言われるけど、僕って馬鹿っぽく見えるってこと?」

「ファファファ、ソうかもネ」

(ソうかもネ⁉ こ、こいつ……)


 エウィン・ナービス、十八歳。ほんのりと心が傷ついた瞬間だ。

 いかに肉体強度が向上しようと、心は貧困街に住み着く浮浪者でしかない。

 差別されることは日常的だが、それが打たれ強さに結び付くことはなく、精神は十代らしく繊細だ。

 心の中で怒りながらも泣く一方で、オーディエンの説明は止まらない。


「確かニ、キミの言う通りダ。ワタシはアルジとキミと戦わせたイ。互いが最高の状態でネ……」


 部下らしからぬ発言だ。

 本来ならば、主を結界から解き放ちつつも、人間の排除に努めるべきだろう。

 しかしこの魔物は、それをしない。

 全く異なる思惑で動いており、アラクネの派遣も仕事をしている振りだ。


「万が一、僕がめちゃくちゃ強くなっちゃったら、おまえの主は負けちゃうかもよ?」

「ソれなれそれで構わなイ」

「え、どういう……」


 もはや意味不明だ。

 リードアクターをまとったまま、エウィンはついに足を止めてしまう。

 それを合図に洞窟内は完全な静寂を取り戻すも、女の声が闇を切り裂く。


「ワタシは見たいだけなんダ。最強と最強が戦うさまヲ。最前席でネ」


 これこそが真相だ。

 オーディエンの目的。

 これが存在する意味。

 嘘つきが本音を語った瞬間でもあるのだが、第三者には理解など出来ない。


「意味がわからん。だけど、本当っぽい気もする。セステニアが負けそうになっても、おまえは手を貸さない?」

「モちろン。アルジにはそのまま死んでもらウ。デもネ、キミが殺されそうになってモ、助けてあげなイ」


 公平であると誓う。

 おおよそ魔物らしからぬ発言ながらも、その後ろ姿は別人のように実直だ。

 道化師の狂言だと一蹴することも出来るのだろうが、エウィンは歩き出すや否や足早に追い越してみせる。


「信じてやる。おまえは敵だけど、互いの目的がぶつからないこともわかった。僕はアゲハさんを元の世界へ帰す。おまえは特等席から観戦してろ」


 だからこそのオーディエンス。

 魔物はエウィンを追いかけながらも、体を捻って歓喜に震える。


「ファファファファファ!」

「うるさ! 場所が場所なんだぞ……」


 まるでこの魔物が何人もいるように、笑い声が反響する。

 耳を覆いたくなるほどのボリュームゆえ、さすがのエウィンも驚きを隠せない。

 そうであろうと、ここはまだ道半ばだ。標的の姿は見当たらない。

 もっとも、二人は既に捉えている。

 魔物の気配を。

 結界の気配を。

 だからこそ、夜道を歩くようにそこを目指す。

 ここは水の洞窟。禁足地として封印されていた、隔絶すべき保護区。



 ◆



「あいつだ」


 息をひそめるように、エウィンがささやく。

 同時に、廊下から宿屋の一室を覗き込むように、眼前の広間を盗み見ている。

 ここに至るまでの道中、大部屋のような空間を何度か通過した。

 そこには水たまりや見慣れない植物の他に、カニやヒルの魔物が生息しており、二人は倒しながら進み続けた。

 その結果が、ここだ。


「ワオ、随分と大きいネ」


 オーディエンですら慎重だ。一方的に観察するため、通路から身を乗り出すように盗み見る。


「本当にデカいな。貝……、巻き貝ってやつか。ついでに、このフロアの広さも普通じゃない」


 彼らの眼前には、地下空洞らしからぬ空間が広がっている。天井は高く、奥行の把握はもはや困難だ。

 その中に鎮座する、巨大な円錐。それはらせん模様を描いており、エウィンの目には貝殻に映る。

 家屋すら圧倒するサイズゆえ、本来ならば生物だと見抜くことは不可能だ。

 それでも彼らが魔物だと断定する理由は、それぞれの特技に由来する。

 エウィンの場合、魔物探知。ある程度離れていようと、その気配を察知することが可能だ。

 オーディエンにそのような能力はないのだが、今回に限っては見破ることが出来た。


「ソうだネ。ダけどあれが結界の残滓だヨ。四百年前の経験ガ、コんな形で役立つなんてネ」

「土の残滓を吸収、だっけ?」

「アの時は偶然だっタ。マぁ、土の魔力は白紙大典に奪われちゃったけどサ」


 オーディエンは結界の残滓と戦ったことがある。

 四百年前、土の魔物と遭遇しており、その魔力を取り込むことに成功した。

 だからだろうか。結界の残滓に限定されるもその気配を感じ取れる。水の洞窟にエウィンを招いた理由もそのためだ。

 洞窟の通路側から中を覗き込みながら、少年は話を脱線させ続ける。


「白紙大典が取り戻した属性は、土と火なんだっけ?」

「ソの通リ。キミがハクアと出会った時ハ、火の結界に閉じ込められタ。アっさりと破っちゃったけどネ」

「そんなこともあったあった。そんで殺されかけて、おまえに守られた、と。我ながら不甲斐ない」


 口を動かしながらも、魔物の動向は観察中だ。

 しかし、その意味を疑いたくなるほどには、変化が見られない。

 貝殻は微動だにせず、それはそれで貝らしいものの、見ている側はただただ退屈だ。

 この状況には、オーディエンも首を傾げてしまう。


「ハクアは短気だからネ。サて、ドうしようカ? ワタシとしてハ、魔法の一発でも撃ち込んでみたいけド」

「そのことなんだけどさ、おまえは火の魔物で、あちらさんは水の魔物。相性最悪だと思うけど大丈夫なの?」


 正しい分析だ。

 ウルフィエナを司る、六つの属性。火はその内の一つであり、オーディエンはここに当てはまる。

 火は氷を溶かすも、水には弱い。

 これはこの世界の常識であり、抗えないルールでもある。

 今回の場合、エウィンとオーディエンは水の魔物に喧嘩を売るのだから、苦戦は確実だ。

 そのはずだが、女の顔に不安は見られない。


「問題ないヨ。アれは残滓の中で最も弱いからネ。属性の相性なんてお構いなしに倒せるはずサ」

「自信満々だな。今回ばっかりは頼もしいけど……」


 勝てる見込みがある、とオーディエンは断言する。

 四つの瞳は、依然として遠方の巻き貝を凝視中だ。

 離れていてもその姿を視認出来る理由は、彼らの発光とは関係ない。

 この地下空洞には、あちこちに光る苔が群生している。地上では見られない品種であり、外界と隔絶された環境が独自の進化を促したのだろう。

 それらがこの広間と巻き貝をぼんやりと照らしており、そのおかげで通路側から観察が可能だ。

 その大きさに怖気づくエウィンとは対照的に、オーディエンは平然と言ってのける。


「コこの貝が水の残滓を取り込んデ、アんなサイズまで成長したのかナ? イや、モはや進化かモ?」


 動物から魔物への変化が進化かどうかは定かではないが、別種へ変わったことは間違いない。

 元の大きさは不明ながらも、今は三階建ての建築物すら上回る。

 そんな生物を受け入れるこの空間も異常ではあるのだろうが、彼らにとっては戦いやすいだけの戦場でしかない。


「ピクリともしないから寝てる可能性もあるのか? どうする? この隙に……」

「エウィン、アレを侮ってはいけないヨ。キミが今まで出会ったどの魔物よりモ、ズっと強いからネ」

「い、言われなくてもわかってるって。あいつのプレッシャーは本物だ。まるで、おまえがもう一人いるみたいな……」


 リードアクターで心身共に強化済みだからこそ、耐えられている。

 そうでなければ、早々に逃げだしていた。

 それほどに、巻き貝の魔物が恐ろしい。大きいことも脅威だが、放たれる圧迫感は人間を容易く萎縮させる。

 そんな中、オーディエンだけは至って冷静だ。


「キミはまだ成長過程。臆病なくらいデ、丁度良イ」

「褒めてるようでけなしてるぞ、それ……」

「ファファファ、ゴめんごめン。ア、仕掛ける前に、アレの名前を決めようカ」


 突然の提案だ。

 エウィンも呆れるように目を丸くしてしまう。


「名前って……。これから倒す相手だし、無駄な労力を……」


 この少年は案外冷めている。

 実は、野良猫にすら名前を付けたがらない。

 そういう意味では、隣の魔物は情熱的だ。その体で周囲を照らしながら、腕を組んで考え込む。


「ウ~ン、ナかなか難しいネ」

「ジャンボアサリとかでいいんじゃ?」


 エウィンは冷めた表情で提案するも、オーディエンは首を縦に振らない。

 そもそもの前提として、アサリは二枚貝だ。その名前は巻き貝に相応しくない。

 とは言え、一票は一票だ。

 オーディエンは負けじと代替案を挙げる。


「プロテウス、ドうかナ?」

「うん、いいんじゃない」


 リードアクターに続き、巻き貝の名付け親もオーディエンで決まりだ。

 やる気の差が勝敗を決したのなら、こうなって当然か。

 冷める一方なエウィンを他所に、女の顔は満足げに口角を釣り上げる。


「ヨシ、準備は整っタ。セっかくだシ、キミの合図で始めるとしよウ」

「それは構わないけど。ちなみに僕は、ここから見守ってるつもり」


 エウィンが臆病風に吹かれようと、オーディエンは首を縦に振らない。


「コれはキミの訓練も兼ねていル。戦ってもらうヨ」

「え……」

「大丈夫だっテ。キミには未来予知があるだろウ? イざとなれバ、ワタシが守ってあげル」


 本来ならばありえない会話だ。

 魔物が人間を庇う。

 そのような光景はどこを探しても見当たらない。

 しかし、この二人に限っては成立してしまう。


「あいつが何をしてくるかわからない以上、僕を守るなんて不可能だろうに……」

「ダからこそキミなんダ。ワタシだって予期せぬ一手には対応出来なイ。ダけどキミなら……」


 先読みで見極められる。

 オーディエンがそう期待する以上、エウィンとしても愚痴るわけにはいかない。

 純白の闘気をまといながら、己を鼓舞するように拳を握る。


「わ、わかったよ。やってやる。どうなっても知らないからな」

「ソの心意気ダ。ダけどキミが怯えるなんテ、思ってもみなかったヨ」


 オーディエンが笑みを浮かべる一方、エウィンは眉をひそめる。

 当然だ。人間は怯懦な生き物であり、この少年とて例外ではない。

 少なくともそう自覚しているのだが、隣の魔物はやんわりと否定した。

 その理由を、問わずにはいられない。


「意味不明なことを。僕だって、あんなやばそうな相手を前にしたら、普通にビビるって」

「ファファファ、ソれこそ嘘ダ。ジレット監視哨でニンゲン同士殺し合った時モ、ワタシが手駒を披露した時モ、サらに言うならワタシと初めて相対した時モ、キミは向かってきタ」

「そ、それは、勝算があったからで……」


 取り繕うように反論するも、発言している本人ですら破綻していることに気づいている。

 だからこそ、オーディエンは問い詰めずにはいられない。


「ワタシが相手でモ?」

「う、それは……」

「ナんだろうネ、今回だけが逃げ腰な理由……」


 そして魔物は考え込む。

 結界の残滓と戦うことよりも、この問答こそが重要だと理解しているためだ。

 炎の髪をたなびかせながら思案するオーディエン。その言動は魔物よりも人間に近い。

 だからなのか、このタイミングでエウィンのアイデンティティーを看破してみせる。


「アー、ソういうことカ。コこにはアゲハがいないかラ……」

「う……」

「アゲハがいたラ、アゲハを守るためなラ、キミは勇気を出せル」


 そういう一面はあるはずだ。

 守るために戦う。崇高な動機であり、人間の背中を押すには十分過ぎる。

 近場で落下した水滴が音色を奏でる中、エウィンはぎこちなく頷くしかない。


「そ、そうかも、しれないけど……」

「今回はワタシとのペアで我慢してもらうヨ。ア、深追いはしないでネ。アっという間に殺されちゃうヨ?」

「だったら、ここで観戦していたい……」

「ソれはダメ。結界の残滓はコレも含めて四体。腕試しだと思って戦ってもらウ。今のキミがどれほどカ、ワタシがどれくらい強いのカ、知る機会を手放すなんてモッタイナイ」


 正論なのか、暴論なのか。今のエウィンにはわからない。

 それでも、命がけのチャレンジであることは確定だ。

 それだけはわかるため、腐るように俯く。


「強者特有の無茶ぶり、ハクアさんに似てるぞ」

「ファファファ、ソんなこと初めて言われタ」


 エウィンが背筋を伸ばす。

 オーディエンが笑みを浮かべて前だけを見据える。

 無駄なおしゃべりはここまでだ。

 水の洞窟を潜り続けて、どれほどの時間が流れたのか? それを知る術はあるのだが、鞄から携帯時計を取り出す気にはなれない。

 大広間には、見たこともないような巨大貝が居座っている。それの全長はギルド会館すら上回っており、生物と言うよりは山のようだ。

 結界の残滓。千年前、セステニアを封印したことで、結果的に生じてしまった異形の魔物。

 二人は戦う。ここが禁足地であろうと、引き返すという選択肢はありえない。

 暗闇を照らす、二つの光。

 彼らの名前はエウィンとオーディエン。敵同士でありながら、休戦協定が結ばれた。

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