表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/86

第七十八話 いざなむように

 大地の上には、死体が一つ転がっている。

 それは首から上を欠損しており、一見すると半裸の女性にも見えるのだが、腰から下は蜘蛛そのものだ。

 傍らには、人間と魔物が向き合うように立っている。

 緑髪の傭兵。真っ白なオーラをまとっており、折れた短剣を鞘に納める。

 炎の化け物。その顔がいかに妖美であろうと、胴体部分が炎ゆえ、やはりこれは魔物だ。

 二人は知り合いながらも、敵であることに変わりない。

 それでもなお、この少年が戦闘態勢を解いた理由は、話し合いに移行したためだ。


「僕を……? これと戦わせたかったってことか? だとしたら悪かったな。あっさり倒しちゃって」


 エウィンがここに来た理由。それは、賞金が懸けられた魔物の討伐だ。その見返りとして八万イールがもらえるのだが、結果は彼の圧勝で終わる。

 オーディエンの発言を受けて苛立つように言葉を返すも、暖簾に腕押し。

 それは大きな口を歪ませながら、嬉しそうに笑い出す。


「ファファファ、モう少し苦戦すると思ってたヨ。ダってそうだろウ? アラクネは、コの子はこの前のより強かったからネ」

「アラクネ? それがこの魔物の名前?」

「ソの通リ。キミ達風に言うのなラ、種族名と言った方が正しいのかナ?」


 蜘蛛女の情報が得られた瞬間だ。

 アラクネ。個体名ではなくそういう種族なのだが、少なくともこの大陸では未発見に分類される。

 つまりは新種であり、だからこそ、王国軍は特異個体として認識するしかなかった。


「この前のって、黒くてデカい巨人のこと?」

「ウん、ヘカトンケイレスだネ。アラクネ共々、私が煉獄から勧誘した連中サ。ソの時に四体連れて来たんだけド、キミに二体も倒されちゃったナ、実に愉快」


 同胞の死を口にしながらも、オーディエンは嬉しそうだ。

 眼前の人間に、部下を二体も殺された。この事実だけを切り取るのなら、本来ならば怒るべきだろう。

 それでも静かに笑う理由は、その功績を喜んでいるためだ。

 対照的に、エウィンは顔をしかめる。


「何が愉快だ、おかげでこっちは……、八万イールも稼げましたどうもありがとう、なんて喜べないんだよ。こいつが何人殺したと思ってるんだ……」

「五人、ワタシも見てたからネ。モッタイナイとは思うけド、コれでも我慢させた方なんだヨ? ヤる気を出されちゃうト、百人だろうと二百人だろうと殺しちゃうからネ」


 事実、そうなのだろう。

 アラクネの成果は、軍人四人と傭兵一人だ。その内の一人は隊長なのだが、彼一人で部隊一つ分の戦力と言っても差し支えない。

 つまりは、ジレット監視哨を壊滅させることも十分可能だった。

 平然と言ってのけるオーディエンに対し、エウィンは苛立ちを覚える。


「我慢させた? それこそ意味がわからない。おまえは……、おまえ達は、人間を殺したいんだろう? だったら思う存分暴れればいいだろうに、何でそうしない?」

「簡単なことサ。ワタシはニンゲンを殺すことに興味なんてなイ」

「嘘をつくな。おまえはセステニアって奴の手下で、セステニアは人間を全員殺そうとしたから、ハクアさん達に封じ込められた。千年前の巨人戦争で」


 エウィンの予想は概ね正しい。

 だからこそ、オーディエンは驚くように拍手する。


「ア~、アルジの封印を解こうとしているかラ、ワタシもニンゲンを殺したがっている、ト。ソう思ったのかナ?」

「それだけじゃない! 僕の父さんも殺しただろ!」


 エウィンが六歳だった時の出来事だ。

 漁を終えた漁船が、突如として炎上した。船の上に火元などなかったはずだが、炎は魚だけでなく漁師ごと全て燃やし、漁船は村民の眼前で海の藻屑と化す。

 犯人はこの魔物だ。自白によって明らかになった事実ゆえ、オーディエンとしても反論はしない。


「ファファファ、ソうだったネ。ゴめんごめン、知らなかったからサ」


 悪気の無い態度だ。

 もっとも、エウィンはこれ以上追及しない。ヘカトンケイレスと戦った際に説明を受けた。

 相手は魔物ゆえ相容れないと割り切るように、このタイミングで話題を変える。


「ふぅ、話しを戻すけど、なんで蜘蛛女を?」

「理由は三つもあってネ。ファファファ、スごいだろウ? 用事が一度に三つも片付くんだヨ? アラクネをここに連れてくるだけデ」

「一石二鳥どころじゃない、と。で? 三つって?」

「ワタシはネ、コう見えてアルジと部下の板挟みなんだヨ。下からハ、ニンゲンを狩りたいとせっつかレ、上からは成果を求められテ……」


 世に言う中間管理職だろうか。

 残念ながらエウィンは首を傾げてしまうも、オーディエンはお構いなしに話しを続ける。


「ダからアラクネを連れて来タ。部下に仕事をさせれバ、ワタシも言い訳が出来ル」


 仕事とは、人間の殺害だ。

 アラクネはこちらの世界で人間を殺せる。

 オーディエンはその成果をセステニアに報告出来る。

 部下のうっ憤を晴らせる時点で申し分ないのだが、説明は終わらない。


「ニンゲンを殺せてアラクネは満足すル。ウうん、満足してもらウ。コこまでが一つ目。二つ目ガ、エウィン、キミだヨ」

「僕?」

「ソうダ。キミには強くなってもらわないと困ル。ダかラ、ヘカトンケイレスに続いてアラクネにも戦ってもらいたかっタ。成長の糧ニ、ッて言えばわかりやすいかナ? 結果はあれだったかラ、練習台にすらならなかったようだけド」


 エウィンはアラクネを一瞬で葬った。アイアンダガーを受け付けない程度には頑丈な皮膚の持ち主であろうと、この傭兵の拳はそれ以上の威力を誇る。

 八万イールの武器は失ったが、圧勝であることに変わりない。


「僕と戦わせたかったとしても、なんでこんな回りくどいことを? 僕が来るとは限らないだろうに」

「ニンゲン達にワタシの姿も見せたかラ、ソの意味は理解してくれると思ってたヨ。モっともっト待つつもりだったけド」


 ここまでは、エウィンとしても納得出来る。

 暗躍することに長けているオーディエンが、その姿を人前に晒した理由。

 考えるまでもなく、目撃させることが狙いだ。

 それは同時にメッセージであり、この少年は見事食いついた。

 そうだとしても、エウィンは眉間にしわを寄せる。


「僕が目当てなら、なんで軍人さんや傭兵を殺した?」

「アラクネを満足させるたメ。ソしテ、キミに急いでもらうたメ。ソれ以上でもそれ以下でもないのサ、本当ニ……」


 事実、未知の魔物は特異個体に認定され、その後、エウィンの目に留まる。

 ここまではオーディエンの筋書き通りだ。

 そして、ここから先もそうなってしまう。


「三つ目の理由、ソれこそがワタシの本命。エウィン、コこがどこだかわかるかナ?」

「え? ジレット大森林……」


 そう言い終えた瞬間だ。

 ここには二人しかないのだが、実際は異なる。三人目が近づいており、警戒しながらも話しかけずにはいられない。


「どういうことだ?」


 わずかに浮いているオーディエンよりも、彼は長身だ。

 深緑色の軍服はこの男が軍人であることを意味し、腰の片手剣も飾りではない。

 黄色い短髪からは清潔感さえ漂うも、二枚目な顔立ちは困惑中だ。

 ジーバー・バイオ。第一遠征部隊の隊長を務める男。炎の魔物が現れたことから、合流が遅れてしまった。

 意を決して話しかけたのだが、対照的に少年の反応はマイペースだ。


「あ、紹介します、こいつがオーディエンです。んで、蜘蛛女の名前がアラクネって言うらしいです」

「そ、そうか……。アラクネとオーディエン、大丈夫なのか?」


 ジーターでさえ、眼前の異形には身構えてしまう。

 オーディエンの顔は歪ながらも美しい。

 手と足はすらっと長く、むき出しゆえに色っぽいとさえ言える。

 しかし、これは魔物だ。火の玉が胴体部分に存在しており、頭部と四肢がそこから生えている。頭髪も炎ゆえ、これを人間と見間違えることは難しい。

 傭兵組合や傭兵には知らされていないのだが、王国軍はオーディエンの存在を四百年前から把握済みだ。

 だからこそ、ジレット監視哨に現れた際は彼らを心底驚かせたのだが、こうして実物と言葉を交わした者は少ない。


「安心してくれて構わないヨ。キミに興味はないけド、殺しはしないかラ」

「本当に言葉を……。私はジーター、エウィンにアラクネの討伐を依頼した者だ」


 除け者にされていた軍人が合流したことで、この地に三つの勢力が集う。

 傭兵。

 軍人。

 そして、魔物。

 もっとも、オーディエンはイレギュラーな存在だ。会話が出来るだけでなく、人間を殺すことに興味を抱いていない。


「エウィン、そこの穴が見えるかイ?」


 魔物が指差す方角は、北側の壁だ。正しくはこの地と海を区切る山脈であり、ジレット大森林の最北部を意味する。


「水の洞窟……」

「ソうダ。頭が悪くてモ、サすがにネ」

「おい、さりげなく侮辱するな。グーで殴るぞ。まだリードアクターはまとってるんだぞ」


 その打撃は、巨人族よりも頑丈な蜘蛛女を一撃で絶命させた。オーディエンに通用するかどうかは不明ながらも、破壊的な威力であることは間違いない。


「ファファファ、冗談だっテ。サぁ、入ろうカ」


 これこそがオーディエンの狙いだ。

 ジレット大森林自体は傭兵で賑わう狩場ながらも、この洞窟には誰も寄り付かない。中に潜ることが出来ないのだから、当然と言えば当然か。

 その理由を、ジーターは軍人として説明する。


「それは不可能だ。洞窟の入り口には結界が張られている。誰であろうと入ることは出来ない」


 付け加えるのなら、許されない。

 ここはそういう場所であり、本来ならば近寄ることさえ王国法では犯罪だ。

 そうであろうと、オーディエンは魔物ゆえ、法律では縛れない。


「ダからエウィンなんダ。キミなラ、ナんとか出来るだろウ?」

「え? あ、そういうこと……。いや、やってみないとわからないけど……」


 この少年はただの傭兵ではない。魔法や戦技を習得していない代わりに、摩訶不思議な能力を複数会得している。

 リードアクター。

 魔物感知。

 そして、行動阻害を受け付けない体質。

 三つ目は早々に役立たないはずなのだが、オーディエンにとってはこれこそが本命だ。


「ソうだネ。ダったラ、試してみようカ」

「あ、おい。何なんだいったい……」


 ふわふわと浮きながら、オーディエンが背を見せる。

 その先には小さな横穴が存在しており、エウィンは愚痴りながらも追いかけてしまう。

 その行動に対し、ジーターは異を唱えずにはいられない。


「ま、待つんだ! 水の洞窟は……」


 禁足地だと伝えようとするも、男はそこから先を口に出来ない。

 なぜなら、首を絞められている。

 その手はオーディエンの右腕であり、移動も含めて一切合切が二人の動体視力を置き去りにした。


「邪魔をするなラ、容赦しないヨ」

「ぐ、う……」

「や、やめろ! オーディエン!」


 突然の凶行に、エウィンも驚きを隠せない。

 眼前にいたはずのオーディエンが、気づけば後ろで知り合いを殺そうとしている。

 その事実に思考が停止しかけるも、状況把握も一瞬だ。

 片腕でその首を締めあげながら、長身を軽そうに持ち上げる魔物。

 この光景を前にして、すべきことは明白だ。

 生首のように浮かぶ顔目掛け、エウィンは渾身の打撃を先ほど同様に叩き込む。

 リードアクターをまとった、全力の一撃だ。

 過去にこれで倒せなかった相手は、二人しか該当しない。

 ハクアの部下でもある屈強な老人、モーフィス。

 目の前にいる、オーディエン。

 残念ながら、今回も結果は変わらない。


「ファファファ、冗談だっテ。キミが悲しむようなことハ、シないつもりサ。今はネ……」


 顔面を殴られてもなお、この魔物は痛がる素振りを見せない。

 アラクネの頭部を吹き飛ばしたことから、エウィンの膂力は本物のはずだ。

 しかし、オーディエンには通用しない。

 それほどの差が、残念ながら存在している。

 エウィンは悔しそうに後ずさりながら、開放されてもなお咳き込むジーターを眺めることしか出来ない。


「ぐふ、ごほっ……。こ、これほどか……」


 隊長でさえ、手も足も出せなかった。

 その役職は一見すると管理職のようだが、実態は異なる。

 部下を束ねながらも最前線で戦える強者。これこそが昇格の条件であり、一騎当千という単語は隊長のために存在している。

 そのはずだが、オーディエンと対峙した場合、この人間も有象無象の一人に過ぎない。

 今はまだ勝てない。

 未来永劫勝てない。

 どちらであれ、殺されかけただけの軍人だ。

 こうなってしまっては反論さえ出来ないことから、魔物の後ろ姿を眺めることしか出来ない。


「今度こそ行くヨ。エウィン、従わないとどうなるかハ、ワかってもらえたよネ?」

「あ、ああ。ジーターさん、すみません、ここで待っててください。ちょっくら行って来ます」


 生殺与奪はオーディエンの手の内だ。

 エウィンは庇護下にあるため殺される心配はないのだが、ここには丁度良い人質が居合わせている。

 そう自覚させられた以上、ジーターは苦しみながらも黙るしかない。よろめくように喉を抑えながら、苦悶の表情で二人を見守り続ける。

 その視線に後押しされたわけではないのだが、到着はあっという間だ。

 彼らの眼前には壁をえぐったような横穴が、その口を開いている。

 それがただの出入口でないことを、エウィンはこのタイミングで気づかされた。


「あ、よく見ると透明な壁が……。蛇の大穴にも似たようなのあったけど、これも結界なのか。と言うか、ジーターさんになんてことを……。これ以上変なことしたら、協力しないぞ」

「演技だっテ。本気だったラ、トっくに殺してるヨ。コう見えテ、手加減は上手なんダ」

「だとしても二度とするな。で? ここには入るなって言われてるんだけど、おまえはこれを僕に壊させたい、と……」


 エウィンとて、水の洞窟については最低限の説明を受けている。

 もっとも、詳細はその一切が不明だ。ジーターでさえ何も知らされていないのだから、一介の傭兵がそれ以上を知るはずもない。


「頼めるかナ? コの結界は強力でネ、サすがのワタシにも壊せなイ。マぁ、全力で試したことはないけどネ」

「場所が場所なんだし、試してみたら?」

「ファファファ、ソれはそれで面白そうダ。デもネ、コの洞窟が崩落することだけは避けたイ」


 奇妙な組み合わせだ。

 緑髪の傭兵と炎の魔物が、洞窟を覗き込んでいる。さらには立ち話に興じているのだから、おおよそありえない光景だ。

 その入り口には半透明な膜が張られており、二人は中へ入れない。

 そのはずだが、エウィンはすっと右腕を伸ばす。


「やっぱり中に何かいるの?」

「ソの通リ。ワタシはソレに用事があル。サぁ、ヤってみせてヨ」

「わかってるって」


 ジーターが人質に取られた以上、従うしかない。

 少年は結界に触れると、一瞬だけ考え込むも押すように力を籠める。

 たったそれだけのアクションだ。

 そうであろうと、強固なはずのそれはガラスのように砕け散った。

 水の洞窟が解き放たれた瞬間だ。

 オーディエンもはしゃがずにはいられない。


「スごいすごイ! サすがはエウィンダ! 確かにこんな芸当を見せられたラ、ハクアが恐怖しないわけがなイ!」

「それなんだけど、どういうことなの? 初対面だったハクアさんに殺されそうになった理由、実はまだわかってなくて……」


 おおよそ一か月ほど前の出来事だ。

 アゲハと共にミファレト荒野を訪れた際、そのついでに迷いの森へ足を運んだ。

 その地で野良猫を追いかけただけなのだが、結果的に見知らぬ集落へ入り込んでしまい、エウィンは赤髪の魔女との邂逅を果たす。


「マだ話してないのカ、ハクアらしいネ。ダったらワタシが教えてあげル。キミなラ、正規の手続きを無視してアルジの結界を壊せるってことだヨ」

「あるじ……、セステニア……、千年前に暴れた、巨人族の親玉……」

「ソう。アの時の戦いデ、アルジは負けはしなかったけど結界に閉じ込められタ。封印という手段デ、キミ達ニンゲンは戦争に勝利しタ。本当にすごいことだヨ、アルジでさエ、戦いの最中に昂ったほどダ」


 光流暦六年、イダンリネア王国は最大戦力をもって巨人族を討ち果たした。

 絵本ならば、ここでハッピーエンドを迎えるのだが、現実は異なる。


「その封印を、僕はこの力で壊せちゃう?」

「ソうだろうネ。絶対とは言い切れないけド、マぁ間違いなくやれるはずサ。ハクアの結界ヲ、キミは壊してみせたからネ」

「なる、ほど……?」

「千年前にアルジを封印したのハ、アの白い本とオウサマなんだヨ」

「へ~。おうさまって初代王のこと?」

「ソう、ソれで合っていル。本の所有者が変わろうと、結界の性質は変わらない。強度は訳あって全然違うけどネ。ナんにせヨ、キミはアルジを解き放てるニンゲンなんダ。ワタシが連れ去ってしまえば、あっという間にアルジは自由を取り戻ス。ソうなったら最後、王国は一晩で滅びるだろうネ」


 この説明に、エウィンは静かに頷く。

 断片的に情報を与えられていたため、あっさりと納得出来てしまう。

 確かに、結界を破壊するこの能力は危険なのだろう。自身にその気がなくとも、オーディエンに拘束されれば抗う術などない。

 有意義な質疑応答に満足しつつも、エウィンはなおも問いかける。


「おまえが言う主って、そんなに強いの?」

「知りたイ?」


 女の顔が、目を細めて怪しく笑う。

 対照的に、少年は無表情のままだ。


「そりゃまぁ。あのハクアさんですらビビる相手なんだし、興味くらいある。正体不明過ぎて、未だにピンと来ないけど……」


 それの名前はセステニア。オーディエンを部下に従え、結界の破壊を企てている人物。千年前に閉じ込められたにも関わらず、未だに現存しているのだから普通でないことだけは確かだ。


「アルジはキミ達とよく似たニンゲンだヨ」

「嘘つけ」

「本当だっテ。デもネ、不死身なんダ。ダから誰にも倒せなイ」


 実は、ここまではハクアから説明を受けている。

 殺しきれなかったため、マリアーヌという人物を犠牲にして、セステニアを封じ込めた。

 これが巨人戦争の真相であり、白紙大典はマリアーヌが肉体を失った結果でもある。


「だから封印した。めでたしめでたし、と……」

「アルジは不死で不老だからネ、問題を先送りにしただけなんダ。ワタシはアルジの結界を壊すために、手下として働いているってわケ」

「へー、僕がいなくても結界は壊せちゃうのか」


 初めて知った情報だ。

 セステニアの結界は、エウィンに頼らずとも壊せる。

 少年は静かに驚くも、話はまだ道半ば。炎の魔物は口角を釣り上げる。


「ハクアは教えてくれなかったけド、ファファファファファ、気づいちゃっタ! 簡単なことサ、結界の残滓を全て壊せばイイ」

「結界の残滓?」

「実は既に二つ壊せていル。一度目は千年前、二度目は四百年前」


 見知らぬ単語が飛び出すも、エウィンが首を傾げた理由は別にある。

 説明不足な魔物を咎めるように、質問を投げかけずにはいられない。


「千年前って、巨人戦争でセステニアを封印した直後ってこと?」

「ソうなるネ。実は詳しく知らないんダ、ヤったのはワタシじゃないかラ。デもネ、四百年前はワタシが仕留めタ、土の残滓ヲ。少し手を焼いたけド、倒せない相手じゃなかっタ」


 この言い回しから、エウィンでさえ察する。

 結界の残滓。その意味するところが何なのか、与えられた情報の範囲内でも推測可能だ。

 洞窟への興味を失ったかのように、オーディエンの大きな瞳を見つめ返す。


「なんとかの残滓って、物体と言うよりは生き物に近い?」

「正解。最初は白紙大典から漏れ出た魔源の塊だったのかナ? ソれが大陸中にばらまかれテ、オそらくは動物や魔物に憑りついタ。ソの結果、トんでもない化け物が生まれたってわけサ。キミ達風に言うのなラ、特異個体ってところかナ?」

「なるほど、そいつらを見つけて倒せば、おまえの主は蘇る」


 腰に手を当て、エウィンはぼんやりと納得する。

 この少年にとって、セステニアは赤の他人だ。未来永劫、関わらないだろうとも考えている。

 それでも興味を示す理由は、眼前の魔物がその手下だからだ。

 セステニアが自由を取り戻した場合、どれほどの血が流れるのか。一切合切が不明ながらも、質疑応答の場を設けてもらえた以上、わからないなりに耳を傾ける。


「結界の残滓ハ、全部で六。既に二つ倒したかラ、残りは四。ソしテ、コこには水の残滓が潜んでいル」

「な⁉ こんなところに⁉」

「ファファファ、火と土は既に消滅。今日、新たに水の残滓も消え去ル。エウィンのおかげデ、胸を張ってアルジに報告出来るヨ」


 結界の残滓は、六属性そのものだ。

 火。

 氷。

 風。

 土。

 雷。

 水。

 これらは世界の理であり、魔法の属性でもある。

 オーディエンは白紙大典の結界をぼんやりとしか把握出来ておらず、それでも結界の解除手順を言い当てている。

 エウィンはその片棒を担がされてしまった。

 水の洞窟は残滓を封じ込めるための場所だったのだが、言われるがまま手を貸してしまったと、今になって気づかされる。


「そういうこと……。完全にしてやられたってことか」

「マぁ、気に病む必要はないヨ。ソの気になれバ、洞窟ごと潰すまでサ」

「ん? だとしたらさっきと言ってることが違うような……。洞窟は壊したくないみたいなことを……」

「当然サ。水の残滓がどんな姿なのカ、見てみたいじゃないカ。ソれ以上でもそれ以下でもないヨ」


 オーディエンの行動原理は、楽しめるかどうか。

 そうであると再認識させられたことから、エウィンはつまらなそうに納得する。


「これはあれだ、僕も共犯ってやつか」

「ソいうこト。サぁ、見に行こウ。結界の残滓がどう育ったカ、見学の時間ダ」


 オーディエンはついに洞窟へ侵入する。歩くように浮いており、その体そのものが光源代わりだ。

 その後ろ姿を眺めながら、エウィンとしても愚痴るしかない。


(ピクニック気分で言いやがって……。見つけたついでに倒す癖に。まぁ、でも、残滓とやらはまだ四個残ってるから、一個くらい減っても問題ないのかな? だとしたら、僕は悪くないってことには……ならないか。うぅ、ハクアさんにバレたらこっぴどく叱られそうだなぁ、やだなぁ)


 自業自得か。

 もちろん、悪いのはオーディエンであり、この少年は利用されたに過ぎない。

 それでも共犯であることに変わりなく、有罪か無罪かは裁判官次第か。

 そんな不安は露知らず、先行する魔物が振り返る。


「怖いのかイ?」


 煽るような笑顔だ。

 しかしながら、挑発しているわけでもなければ、この少年を見下しているわけでもない。

 この状況を心の底から楽しんでいるだけであり、この発言にも悪気などない。

 元より選択肢などないのだから、エウィンは重たい足を前へ動かす。

 オーディエンの気まぐれに備えてリードアクターは発動させたまま。その弊害としてスタミナが消耗しているのだが、この先こそ警戒が必要だ。

 封印が必要な場所に足を踏み入れる罪悪感。

 オーディエンに従うしかない不甲斐なさ。

 そういったものを噛みしめながら、少年は呆れるようにつぶやく。


「おまえが怖いわ」

「ファファファ、誉め言葉と受け取ろウ」


 まるで飲み込まれるように、二人は暗闇の中へ突入する。

 水の洞窟。その結界が破られたことから、今なら誰でも不法侵入が可能だ。

 その一番手が、エウィンとオーディエン。結界を壊した人間と、結界の残滓すらも屠れる強者。

 最悪の組み合わせだ。

 かつてここを封じた者も、この事態までは想定出来ない。

 光流暦千十八年、時代がついに動き始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ