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第七十六話 ジレット大森林で待っている

 グリムスは支援系が最後に習得する魔法だ。

 弱体魔法に分類され、その効果は相手を短時間ながらも動けなくする。

 完全な静止だ。指の操作はおろか、しゃべることさえ叶わない。

 もっとも、その時間はほとんど一瞬だ。コンマ何秒か測ることさえ困難なほどには、あっという間に終わってしまう。

 そうであろうと、この魔法は無敵だ。弱点などない。

 強いて挙げるのなら、魔源の消耗が激しいことと再使用までの待ち時間が六十秒と長いことか。

 連発出来ず、長期戦には投入しづらい魔法ながらも、そもそも短期決戦用ゆえ、用途が異なる。


「グリムス」


 今まさに、この魔法が使われた。

 詠唱者はジーター。ニヒルな軍人でありながら、その形相は鬼気迫る。真っ赤なオーラをまとっており、これは強化魔法のオーバースペックによるものだ。

 軍服はあちこちが引き裂かれており、彼自体はほとんど無傷ながらも、劣勢であることは疑いようがない。

 第一遠征部隊を率いるこの男を追い詰めた存在こそが、眼前の傭兵だ。

 若葉色の短い頭髪。

 緑色のトップス。

 黒いズボンは白く汚れているものの、鼻血以外の傷は見当たらない。

 エウィン・ナービス。十八歳の傭兵だ。

 信じられないことに、その若さで第一遠征部隊の隊長と互角に渡り合っている。

 あるいは、それ以上か。

 二人が戦う理由は、これが模擬戦だからだ。

 同時に試験であり、エウィンはこの試合で勝利を収めると、特異個体狩りの権利を得る。

 激しい攻防の末、ジーターはグリムスを使った。

 あるいは、使わされたのか?

 どちらにせよ、詠唱は一瞬。

 その魔法は確実に、エウィンの動きを停止させる。

 勝負ありだ。

 今からコンマ何秒の間、この傭兵はマネキンのように固まる。一方的に殴られ、蹴られ、斬られるのだから、グリムスの拘束から解き放たれた際には五体満足とは言い難い。

 ジーターにとっては、値千金のチャンスだ。与えられた時間はほんのわずかゆえ、迷うことなく距離を詰める。

 エウィンを痛めつけるつもりはないため、喉元に木剣を突き立てて終わらせる算段だ。

 グリムスに弱点など、ない。

 魔法には詠唱という準備が必要ながらも、グリムスの場合、その時間はたったのコンマ一秒。エウィンがつばぜり合いを拒むように下がったタイミングならば、問題なく工面できる。

 この傭兵がグリムスを阻むには、詠唱の段階で中断させるしかなかった。

 ジーターの集中を阻害することで、あっさりと成功しただろう。

 しかし、魔法は発動された。エウィンはバックステップの途中ゆえ、左足しか地面についていない。

 動かない。

 動けない。

 仕切り直すための後退だったが、それすらも阻止されてしまう。

 ここからはジーターの独壇場だ。この軍人しか動けないのだから、模擬戦は一方的に終わる。

 彼が勝つ。

 その結末にジーターは当然ながら、彼らを取り囲む野次馬達も目を疑う。

 グリムスの金縛りは一瞬だ。

 ゆえに、追撃は即座に遂行しなければならない。

 ジーターが斬りかかろうとした、その瞬間だ。

 エウィンの眼球が、グイと動く。

 そればかりか、踏ん張るように歯を食いしばったのだから、ジーターとしても理解が及ばない。

 それでも今は、訓練用の片手剣を前へ向ける。寸止めであろうと少年の顎下には届かせる必要があるため、対戦相手の異変については後回しだ。

 その思い切りの良さすらも、この傭兵には通用しない。

 拘束されることを阻むように。

 あるいは、自身の殻を破るように。

 エウィンは想定よりも短時間で自由を取り戻すと、突っ込んでくる木剣を短剣で力一杯切り払う。

 武器を失った軍人。

 グリムスを跳ね除けた傭兵。

 この構図は、優劣を指し示すには雄弁過ぎた。

 目を見開くジーターの喉元へ、短剣の刃があてがわれる。勝者と敗者が確定した瞬間だ。


「僕の、勝ちです」

「いったい……。いや、今は素直に認めるとしよう。私の負けだ」


 このやり取りをえて、観客達が一斉に湧き上がる。

 傭兵ごときが勝つとは思わなかった。

 しかし、文句なしの内容だ。

 隊長という絶対的な強者が敗れた以上、彼らは素直に受け入れる。

 そして、歓声を送る。

 この少年は、サウロに続きジーターにすら勝ってしまった。

 その偉業を称えずにはいられない。

 軍区画のグラウンドが祭りのように賑わう中、エウィンは一人静かに息を吐く。


(負けるかと思った……)


 勝ちは勝ちだ。

 それでも、喜びより安堵が勝ってしまう理由は、グリムスに集約される。

 この魔法が勝敗を左右することは、戦う前からわかっていた。

 勝つためには、詠唱を阻止する以外にありえない。

 エウィンもそう自覚していたのだが、相手は百戦錬磨の軍人。虚を突かれ、あっさりと使われてしまう。

 それでも勝てた理由は、グリムスの束縛を跳ね除けられたからに他ならない。


(期待してなかったって言うと嘘になるけど、まさか本当にこうなるとは……)


 この少年には秘密がある。

 リードアクターが使えることではない。

 とある天技と一部の弱体魔法を無効化出来てしまう。

 その天技とは、ハクアが使う火花だ。正しくは白紙大典の能力なのだが、これは対象を二十四時間もの間、その場所に封じることが出来る。

 半透明な箱に閉じ込めるという表現が近いのだが、エウィンは紙を破るようにあっさりと脱出してみせた。

 これをきっかけに、後日、とある実験が行われる。

 ハクアは支援系の部下を集め、エウィンの拘束を試みた。

 グラウンドボンド。弱体魔法の一つ。対象をその場に縛り付けることで、移動を阻害することが可能だ。

 足が地面に張り付くイメージゆえ、歩けないだけで体は自由に動かせる。

 効果時間は数秒から数十秒とランダムなのだが、魔物から逃げる際は重宝する魔法だ。

 しかし、エウィンにはどういうわけか通用しない。

 そこで、ハクアは考える。

 弱体魔法の成否は、詠唱者と対象の魔力差によって左右される。強者特有の気配が感じられずともエウィンが強いことは確定だ。グラウンドボンドに抵抗してみせた可能性は捨てきれない。

 残念ながら、この予想は外れだ。

 なぜなら、ハクアの部下は粒揃い。その中には、エウィンに匹敵する強者も紛れている。

 何度使おうと、グラウンドボンドはこの傭兵を縛れない。魔源が尽きるまで何十回と詠唱しようと、結果は彼らから自信を奪うだけだった。

 そもそもの前提として、弱体魔法ですらない白紙大典の天技ですら、エウィンには通用しない。

 千年を生きる魔女にとっても、このような事態は初めてだ。

 ここから導き出せる推論は一つ。

 エウィンという人間には、行動阻害系の魔法や天技が通用しない。

 正し、グリムスに関しては、実験が出来ていなかった。ハクアの里にも使い手がいなかったことから、エウィンとしても不安を払拭出来ないまま模擬戦に挑むしかなかった。


(僕って、なんなんだろうな。いや、多分なんだけど……)


 この特異な体質についても、予想は出来ている。

 理屈も仕組みも不明ながらも、きっかけがアゲハであることは疑いようがない。

 しかし、やはりわからない。

 彼女が特別であることは確実だ。

 地球からこちらの世界へ移ってきた異邦人。

 地球人であり日本人である彼女は、本来ならば何の力も持たない存在だ。

 だからなのか?

 アゲハは転生の際に、二つの能力を与えられた。

 触れるだけで傷を治す能力。

 触れるだけで対象だけを完全に燃やす能力。

 前者はアゲハが折り紙と名付け、後者はエウィンが深葬と命名した。

 彼女の能力はこの二つのはずだ。二人はそう思い込んでいるのだが、だからこそ、真実にはたどり着けない。

 与えられた神秘は二つ。その事実は揺るがないものの、彼らが真の贈り物に気づくタイミングは、まだまだ先のことだ。



 ◆



「コーヒーでいいか?」


 案内された部屋は、取調室のように無機質だ。

 長机といくらかの椅子が設置されており、エウィンがここを訪れたのは二度目となる。


「あ、今日は別に……」


 まどろっこしい言い回しだが、飲み物の類は不要だと言いたい。

 運動の直後ゆえ、喉は乾き始めたが、今日はとっさに謙遜してしまった。

 しかし、この男には通じない。


「すぐに用意しよう」


 ここは少人数向けの会議室だ。狭い空間ながらも、二人だけなら不都合はない。

 昨日に引き続きここを訪れた理由は、試験に合格したためだ。

 ジーターが一旦退室したことから、エウィンは昨日も座ったその椅子へ腰かける。

 こうなってしまっては、待つしかない。

 決して催促はしていないのだが、またもコーヒーが振舞われるらしい。

 その到着までは暇なため、だらしなく天井を見上げる。


(本当はこんなことしてる場合じゃないんだろうけど……。でも、オーディエンが噛んでるっぽいし、見ない振りなんて出来ない)


 帰国の理由は異世界について調べるためだ。

 そのはずだが、今はジレット大森林へ向かおうとしている。

 そこに現れた、謎の魔物。上半身が人間の女性で下半身が蜘蛛の姿をしているそれが、オーディエンと繋がっていることは明白だ。

 エウィンとしては見過ごせない。オーディエンの目論見を潰しつつも、異世界について尋ねることは現時点で最も有力な道筋だろう。

 アゲハには地球に帰ってもらいたい。

 この願望は、嘘偽りない本心だ。

 アゲハが涙をこぼしながら、母親に会いたいと語ったその瞬間、エウィンは決意した。

 命をかけてでも帰還を手伝う、と。

 そう思えた源泉は、境遇の違いから生じている。

 母親を見殺しにした自分。

 母親が元の世界で生きているアゲハ。

 この差は絶対だ。少なくとも、エウィンはそう思い込んでいる。

 価値観に照らし合わせた場合、天涯孤独の自分よりも、アゲハの方が価値がある。

 この偏屈な思考が行動指針になっており、今回の帰国もそうであることの裏付けだ。

 図書館が利用出来ず、特異個体狩りで金を稼ぐことにはなったものの、その先にオーディエンという手がかりが待っていることから、模擬戦に勝てたことはただただ喜ばしい。


(モーフィスさんに負け続けて自信失ってたけど、今の僕はやっぱり強いっぽいし、特異個体が相手でも何とかなる……はず)


 今の実力は王国軍の隊長クラスよりは上だ。

 今回の獲物がどれほどかは未知数ながらも、死地に赴くことには抵抗がないため、ためらう理由にはならない。

 無音の会議室に取り残された結果、エウィンは思考を巡らせつつも眠気に襲われる。

 することがない上に、先ほどの運動が適度な疲労感をもたらしてくれた。

 まぶたが下がるも抗うことは難しく、ここにいる理由さえ忘れてしまったかのように、エウィンは心地良い脱力に身を委ねてしまう。

 どれほどの時間が経過したのか?

 実際にはものの数分しか経っておらず、お盆片手に軍人が戻ったタイミングで少年の瞳がゆっくりと開く。


「あ……」

「起きたか。私は逆に目が冴えてしまったが、エウィンは緊張よりも疲労が勝ったか? いや、待ちくたびれただけか」


 寝起きの傭兵へ、ジーターは黒い液体入りのガラスコップを差し出す。湯気はたっておらず、昨日に引き続きアイスコーヒーだ。

 それへ手を伸ばすよりも前に、エウィンは取り繕うように口を開く。


「う、すみません。ぼーっとしてたら……」

「気にするな。会議室はそういうところだ、どういうわけか不思議と眠くなる。ここからは私が一方的に説明するだけだ、コーヒーを飲みながら聞いてくれるだけで構わない」


 試験には合格した。

 エウィンとしてはさっさと現地へ赴きたいのだが、今回ばかりは手続き代わりの講義を受けなければならない。


「わかりました。相手が相手ですもんね」

「そういうことだ。奴は第十先制部隊の隊長を打ち負かしている。負けた私が言うのもなんだが、おまえもどうなるかわからん」

「そう……でしょうね」


 返答の言葉を濁す理由は、奥の手をジーターに隠し続けているためだ。

 リードアクター。これを発動させれば、勝算は高いと考えている。

 なぜなら、蜘蛛女はオーディエンの部下だ。


(あいつは僕を殺さない。だから、勝てない魔物をぶつけてくるとも思えない。楽観的かもしれないけど……)


 都合が良すぎる解釈だ。

 そもそも今回は指名されたわけではない。エウィンの意志で討伐に向かう以上、この考え方は危険か。


「安心してくれ、私の同行も許可されている。サポートくらいは出来るはずだ」


 まさかの提案だ。

 ジーターが長身を誇るように胸を張る一方で、エウィンは目を丸くしてしまう。


「本当ですか? そりゃまぁ、頼もしいですけど……」

「私の戦闘系統は支援系。サポートはある意味、本業だ。一対一では手も足も出せなかったが、おまえと組めば話しは変わってくる。ん? 浮かない顔だが、嫌なのか?」

「い、いえ、一人旅を思い描いてたので、あわあわしてるだけです」


 支援系は数ある戦闘系統の中で、最も多機能だと言える。

 対象の戦力を削ぐ弱体魔法。

 自身の実力を高める強化魔法。

 さらには、一つだけだが回復魔法すら習得可能だ。

 その幅広さは、他の戦闘系統を寄せ付けない。

 器用貧乏に終わるかどうかは当人次第だが、少なくともこの軍人は万能な戦士と言える。


「ふ、転んでけがをしてもキュアで治すぞ。ところで、出発のタイミングはどう考えている?」

「あ、すぐにでも向かおうと思ってました。これ以上の被害は避けたいですし……」


 軍人と傭兵、併せて五人が既に殺されている。

 特異個体の放置はさらなる犠牲者に繋がるため、急ぐべきだろう。

 そのはずだが、ジーターは淡々と言ってのける。


「第十一先制部隊が二十四時間体制で監視してくれている。報告によると、今のところ動く素振りは見せていない。急ぐのも大事だが、準備を怠ってはならないぞ」

「でも、情報がリアルタイムでこっちに伝わるわけでもないですし、一秒でも早く向かった方が……」


 ジレット大森林は遥か遠方の森林地帯だ。

 軍人が情報伝達のために走ったとしても、数日はかかってしまう。

 それほどのタイムラグがあるとしたら、イダンリネア王国に届けられた情報にどれほどの価値があるか。エウィンはそれを危惧している。

 その杞憂さえも、ジーターは払拭してみせる。


「問題ない。そのための魔道具が、ジレット監視哨に設置されている」

「そのための?」

「どれだけ離れていようと、双方向で会話が可能ということだ。傭兵が使うユニティピアスでも同じことは可能だが、その距離は比較にならない」

「え、すごいですね」


 事実なら画期的な発明だ。

 ジーターの言う通り、傭兵に支給されるユニティピアスも遠距離通信が可能なのだが、範囲は城下町すらカバー出来ない。

 軍事基地に設置された魔道具はそれ以上の性能を誇ることから、蜘蛛女の同行を逐次把握することが可能となる。

 エウィンとしても疑う理由がないため、驚くように感心してしまう。

 対するジーターだが、軍人として話を進める。


「つまりはそういうことだ。体調が問題ないのなら、こちらとしても止める理由はないがな」

「はい、それなら。普通に元気です」

「そうか。さすがだな」


 この傭兵は、軍人を二人負かした直後だ。

 その内の一人は眼前の隊長なのだが、エウィンにひろうかんは見られない。先ほどの居眠りも無音と退屈を持て余した結果だ。

 コーヒーに口をつけながら、エウィンは心の中でその苦さに震える。

 同時に、問いかけずにはいられなかった。


「僕がすぐにでも出発するって言ったら、ジーターさんは大丈夫なんですか?」

「ああ。と言いたいところだが、午後まで待ってくれ」

「はい。軍人さんはそういうもんですもんね」

「そういうことだ」


 フットワークが軽い傭兵。

 組織だって動ける軍人。

 それぞれにメリットとデメリットがある以上、今回ばかりは従うしかない。

 我慢しながら黒い液体をチビチビと飲む少年を前にして、ジーターはテーブルに右腕を置いて語りかける。


「蜘蛛女の強さは、私以上、連隊長以下といったところか。自信はあるのか?」


 今更な質問だ。

 獲物が手ごわいことは承知しながらも、オーディエンが絡む以上、避けては通れない。

 それゆえの覚悟を胸に秘めつつも、質問を質問で返してしまう。


「連隊長? ジーターさんより偉い人なんですか?」

「そうだ。隊長の上官で、実力もさらに上だ」


 エウィンはただの傭兵ゆえ、王国軍の階級については何も知らない。

 部外者ゆえに当然なのだが、この単語には食いついてしまう。


「へー。連隊長……って、僕より強いんですか?」

「私の口からはどうとも言えん。なんせ、おまえさんに負けたからな。知りたければ、王国軍に楯突いて連隊長を引きずり出してみろ」

「遠慮します。命がいくつあっても足りません」


 知的好奇心を満たすために、イダンリネア王国と喧嘩をするつもりなどない。

 エウィンはそう主張するように眉をひそめるも、ジーターはコップ片手に話を戻す。


「おまえが負けた場合、連隊長が出張るかもしれんな。そんなことは、血の千年祭以来かもしれん」

「あぁ、僕が生まれた年の……」


 血の千年祭。イダンリネア王国が建国千年で賑わう中、近年稀にみる大惨事が引き起こされる。

 魔女の襲撃だ。それ自体はアダラマ森林で食い止められたのだが、王国軍側も多数の死者を出してしまう。

 魔女を全滅させられたことから、痛み分けとも言えるのだろう。

 しかし、千年祭で盛り上がる王国としては、水を差されたことは間違いない。


「安心してくれ。グリムスやグラウンドボンドがある以上、二人でなら逃げられるはずだ。おまえのように無効化されたら話は別だがな」

「そ、そうですね、アハハ……」


 乾いた笑いが会議室を満たす。

 嫌味ではないのだろうが、エウィンとしても反応に困ってしまう。

 誤魔化すようにコップへ右手を伸ばすと、残っていたコーヒーをいっきに飲み干す。

 一方で、ジーターは軍人らしく至って冷静だ。


「繰り返しになるが、出発は午後一で構わないな?」

「あ、はい、もちろんです」

「私達なら、夜にはジレット監視哨に着けるだろう。今晩はそこで一泊し、明朝、水の洞窟へ向かうとしよう」


 目的地はジレット大森林。

 その道のりは非常に長い。徒歩なら一か月近くを見込むべきだ。

 もっとも、この二人が走れば半日といったところか。

 それでも日が暮れてしまうため、今日中の討伐は非現実的だ。


「わかりました。水の洞窟って、北の方ですよね?」

「そうだ。最北部ゆえ少々遠いが、それこそ私達なら……といったところか」

「一緒に走りましょう。競争です」


 はにかむエウィンだが、リラックス出来ている証拠だ。

 ピクニックではないのだが、暗い気分で向かうよりは健全だろう。

 つられるようにジーターも目尻にしわを作る。作戦会議が終わったことから、勤務中ながらもここからは談笑の時間だ。

 二人の年齢差は二十歳以上。親子と見間違うことはないだろうが、本来ならば会話が弾むことは難しい。

 それでも、会議室の中に笑い声が生まれる。

 傭兵と軍人。

 どちらも魔物を狩る職業ゆえ、共通の話題は尽きない。

 ましてや、模擬戦で戦った間柄だ。感想を話し合うだけでも、時間はいくらでも潰せてしまう。


「少し早いが食堂に案内しよう。私のおごりだ」

「嬉しいです、ありがとうございます」


 出発は午後だ。その前に昼食を済ます必要があるため、二人は会議室を後にする。

 その結果、そこにはテーブルと椅子だけが取り残されるも、この静けさこそが普段の光景だ。

 エウィンとジーターは間もなく旅立つ。

 目的地はジレット大森林。その北にある、水の洞窟だ。

 魔物はそこで待っている。

 蜘蛛の糸に獲物がかかるまで待ち続けるように、その入り口の前でじっと待ち続けている。

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