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第六十九話 暗闇の中で炎は踊る

 雨天後の水たまりのように、赤熱の溶岩が散見される。

 真っ赤な荒野には生き物の姿が見当たらず、植物さえも根付けない。

 あちこちからマグマが噴出するため、気温は肺すらも焼くほどだ。

 屈強な傭兵でさえ、ここを居住地には選べないだろう。

 そうであろうと。

 だからこそ。

 ここは人目につかない安全地帯であり、彼らはあえてここを選んだ。

 第二の故郷と定めた。


「タだいま戻りましタ」


 灼熱の地上と比べると、室内は薄暗く、肌寒い。

 部屋と呼ぶには広すぎる空間だからか、女の声が不気味なほどに響いてしまう。

 現代の技術力ではたどり着けない地下深くで、二つの炎が相まみえた瞬間だ。


「オーディエンか、今までどこにいた?」


 先ほどとは異なる声が、不機嫌そうに眼下を見下ろす。声質は似通っているものの、抑揚は非常に落ち着いており、別人であることは間違いない。

 叱られたと察したのか、魔物は片膝をついたまま、より一層頭を下げる。


「アルジの封印についテ、手がかりを探しておりましタ。ゴ報告が遅れてしまイ、申し訳ありませン」


 魔物の名前はオーディエン。

 人間の女性と瓜二つの外見ながらも、それは頭髪と胴体を除けばの話だ。

 火球が核のように存在しており、そこを起点として頭部と四肢が配置されている。

 頭皮からは髪代わりの炎が噴出しているのだが、これが人間の模倣ならば不合格と言う他ない。


「いつものことだが、われの許可なしに長々と姿を消しおって。どうせ手ぶらなのだろう?」


 高圧的な声だ。

 この状況にはいかにオーディエンと言えども冷や汗を流してしまう。

 太陽の陽射しが届かないほどの地下深くには、多数のフロアがそれぞれの機能を持って存在している。

 ここはその内の一つでしかないのだが、灯りの類が見当たらないにも関わらず、室内はぼんやりと明るい。

 その最たる理由が、空間の中心に鎮座する巨大な炎だ。メラメラと踊るように燃え続けており、その大きさは人間をすっぽりと飲み込めてしまえる。

 だからなのか?

 炎の中には一人の女が浮かんでおり、磔のように両手両足を固定されたまま、そこから一歩も動けない。

 揺らめく黒髪も。

 白いワンピースすらも。

 その人間すらも、燃える様子はない。

 見えない十字架に縛られたまま、つまらなそうに部下を見下ろす。

 その視線は鋭く、オーディエンすらも怯ませるほどだ。

 それでも黙っているわけにはいかないため、魔物は薄紫色の床だけを眺めながら口を開く。


「ゴ期待に添えズ、申し訳ありませン。デすが、ソれらしき魔力の気配ヲ、感じ取ることは出来ましタ。コれが封印の解除に繋がるかどうかハ、サらなる調査が必要でス」


 普段のふざけた態度は鳴りを潜め、今は従者として振舞うことに徹する。

 報告に関しても嘘は言っておらず、炎に囚われた主人を喜ばせるために必死だ。

 その甲斐あって、女は顔だけを動かして配下を見つめ直す。


「ほう、数百年ぶりの進展か?」

「ソの可能性は高いかト。近日中に、再度調べるつもりでス。オ時間頂くことになりますガ、ゴ容赦ヲ……」

「ふむ、わかった」


 そしてこの場に沈黙が訪れるも、二つの炎はフロアを照らし続ける。

 ここはどこまでも殺風景だ。

 床も壁も天井さえも、同一の鉱物によって作られており、その色は薄紫色をしている。

 家具の類は一切見当たらず、言うなれば四角い空間が存在しているだけ。

 もっとも、ここで何かが起きたことは間違いない。

 床はあちこちが焦げており、さらには亀裂のような傷が散見される。

 そういった損壊は壁や天井にも確認されるため、ここが戦場と化したことは間違いない。

 誰と誰が戦ったのか?

 その結果については、容易に想像が出来る。

 勝敗については定かではないが、ワンピースの女が拘束されたことで戦闘は結末を迎えたのだろう。


「一ツ、訊いてもよろしいでしょうカ?」

「なんだ?」


 あちこちが破壊された床に、オーディエンはいつまでも膝を付ける。

 その姿勢を保ち続けるという意味では、炎に閉じ込められたそれも似た者同士か。

 セステニア。その姿はまさしく人間だ。オーディエンも一部を除けた人間と瓜二つなのだが、彼女に関してはあらゆる面が人間でしかない。

 異質な点を挙げるとすれば、耳の形か。大きいだけでなく、目立つ程度には尖っている。その特徴だけは現代の人間と相容れない。

 長い黒髪が炎の対流によって揺れ動く中、赤い瞳が見下すように部下を凝視する。質問を投げかけられることは珍しいため、目力だけで催促してしまう。

 このタイミングでオーディエンが顔を上げた理由はシンプルだ。わかりきった問いかけながらも、確認せずにはいられなかった。


「ソの封印を打ち破れたラ、イかがされますカ?」


 そのために暗躍している。

 部下として。

 観客として。

 もっとも、主人の野心など把握済みだ。

 忠実な僕を演じるように問うも、返事そのものは想定通りでしかない。


「愚問だな。今度こそ、人間を滅ぼす。一人残らず、な。奴らの住処は、全て把握済みなのだろう?」

「モちろんでス。ゴ要望とあらバ、案内致しまス」


 セステニアはそのために生きている。

 人間と瓜二つの姿をしていようと、その在り様は魔物よりも歪だ。


「体がなまっていそうだが、さしたる障害にはならんだろう。魔力は変わらず、魔源の蓄積は十分過ぎるほど……」

「素晴らしイ。必ずヤ、千年の倦怠から解き放ってみせましょウ」

「よしなに」


 薄暗い空間で、オーディエンだけが静かに笑う。

 眼前の女こそが自分の存在理由ゆえ、この状況が楽しく仕方ない。

 もう一つのピースも見つかった以上、本音としては封印の解除に向けて準備を進めたい。

 しかし、それは時期尚早だと理解している。

 ゆえに、今しばらくは時間稼ぎが必要だ。

 手がかりをちらつかせたばかりだが、魔物はさらに一歩踏み込む。


「煉獄から連れてきた部下達についてモ、使い道を思いつきましタ」

「そうか。おまえにしては慎重過ぎると思っていたが、調査に必要なら存分に使え。どうせ勝手に連れてきた連中だ」

「慎重にモ、ファファファ、ナってしまいまス。大事な大事な手駒ですかラ……」


 笑いを堪えることさえ不可能だ。

 嘘は言っていない。

 本当のことも言っていない。

 オーディエンは肩を震わせて声を押し殺そうとするも、対照的にセステニアは微動だにしない。


「ヘカトンケイレスがあっさりと倒されたようだが、あのような雑魚では当然だ。いかにこの時代の人間が脆弱であろうと、侮ったおまえの失策だな」

「モ。申し訳ごじませン。残りの三体ハ、モう少しうまくやるでしょウ」

「われを待たずに滅ぼしてくれても構わないのだがな……」

「ファファファ、恐れ多イ……」


 そして沈黙が訪れる。

 オーディエンが萎縮するように黙った以上、セステニアが目を細めながら口を開く。


「おまえなら、十分可能だろう?」


 この女は見抜いている。囚われの身ではあるものの、それこそ指先すらも動かせないながらも、オーディエンという未知の魔物についておおよそ把握済みだ。

 忠義を尽くす部下ではあるのだが、自由奔放な性格は主人であっても手を焼いてしまう。

 それでも好き勝手にさせる理由は、その実力を高く買っているためだ。


「アルジほどでハ、ゴざいませン」

「ふん、否定しないのだな。まぁ、いい。引き続き、おまえに任せる。千年前は後れを取ったが、あの時のニンゲンはもういない。次こそは、この世界からニンゲンを消し去ってみせよう」


 人間の排除こそが、この女の野心だ。

 巨大な炎の中で、黒髪が躍るように揺れている。

 真っ白なワンピースも燃えることなくそよいでおり、女は不可視の十字架に縛られたまま、結界からの開放を待ち望んでいる。

 それの名前はセステニア。戦いの果てに封じ込まれた、不滅の敗者。

 不老不死とは、まさに彼女のことを指すのだろう。

 ゆえに、彼らは代償と引き換えに、炎の結界を用いて戦争を終わらせるしかなかった。

 長い年月が過ぎ去ろうと、セステニアは飢えないばかりか死ぬことさえない。

 外見的変化も一切見られず、つまりは加齢すらも克服済みだ。

 禍々しくも神々しい姿を見上げながら、炎の魔物がゆっくりと立ち上がる。


「ゴ安心くださイ。必ずヤ、クビキから解放してみせましょウ。ソれこそがワタシの使命、ワタシの本願……。ファファファファファ!」


 笑い声を置き去りにして、オーディエンの姿が闇の中に消え去る。

 奇天烈な言動はいつものことゆえ、女は動じることなく瞳を閉じる。

 今はただ、眠るように待つしかない。結界の力は絶対であり、多少弱まってもなお、打ち破ることは不可能だ。

 ゆらゆらと踊る、巨大な炎。

 その中心には人間が囚われており、だからこそ、イダンリネア王国は滅ぼされずに済んでいる。

 これは、生きるか死ぬかの戦いではない。

 いつまで、生き延びることが出来るのか?

 敗北を先延ばしにするための抵抗であり、つまりは延命に過ぎない。

 それをわかっているからこそ、赤髪の魔女は来るべき時に備えて、準備を進めている。

 巨人戦争から始まった、抗えない絶望。

 次こそは滅ぼすために、その魔女は長い年月をかけて探し続けた。

 今度こそ滅ぼすために、その女は解き放たれる瞬間を待ち続けた。

 もう間もなくだ。

 そのことを知る存在は、皮肉にも魔物だった。薄暗い通路を音もなく歩く姿は、妖艶ながらも不気味でしかない。


「ヤることが山積みダ。エウィンを鍛えテ、封印因子も一つくらいは壊しテ……。ア、一石二鳥なアイデア、思いついちゃっタ。確かにこれなラ、失敗しても目標を作ってあげられル」


 床も壁も薄紫色だ。

 窓のない廊下はどこまでも続いており、炎の魔物がここを独占している。


「デも、焦り過ぎかナ? ハクアに相談した方ガ……、マぁ、イいか、怒られそうだシ……。ワタシはワタシのやり方デ、楽しませてもらおウ」


 ついに見つけた。

 正しくは、向こうから見つけてくれた。

 三百年も探し続けていたのだから、喜びもひとしおだ。

 この世界の仕組みまではわからないながらも、自身が存在している理由を完全に理解している。そういった意味でも稀有な存在であり、オーディエンは誰よりも楽しまずにはいられない。


「エウィン、アゲハ、期待してるヨ。キミ達が生き延びるカ、ワタシ達が世界を滅ぼすカ、ドちらかしか無いのだかラ……」


 残念ながら、それがこの世界の真理だ。

 人間と魔物。相容れない両者が、コンティティ大陸に共存している。

 正しくは争っている最中ゆえ、最終的にはどちらかが滅ぶしかない。

 魔物側の代表がオーディエンとセステニアなら、人間側は誰が該当するのか?

 本来ならばハクアとイダンリネア王国なのだが、そうではないとこの魔物だけが見抜いている。

 貧困街で暮らす浮浪者であろうと、今は十八歳の傭兵だ。

 転生者と出会い、手を差し伸べた瞬間から、運命は大きくうねり始めた。

 きっかけは単なる偶然だ。

 そして、神の誤算でもあった。

 それでも、彼らは巡り合い、今では傭兵として魔物を狩っている。

 金を稼ぐため。

 強くなるため。

 今後は、新たな目標にも向き合わなければならない。

 アゲハを地球に戻す手段の調査。

 現状は八方塞がりながらも、諦めるにはまだ早い。

 全ての人間と出会ったわけではない。

 全ての書物に目を通したわけでもない。

 新たな出会いはあった。

 赤髪の魔女と純白の古書。どちらも謎多き存在ながらも、今は一時的ながらも居候させてもらっている。話す時間はいくらでもあるのだから、薄味な食事の改善を求めるついでに尋ねてみてもよいだろう。

 ここは迷いの森に隠された、魔女達の集落。イダンリネア王国からは随分と離れており、このような僻地には傭兵でなければたどり着けない。

 エウィンは、半年前まで草原ウサギしか狩れなかった。

 アゲハは、アパートに引きこもって他者を拒んでいた。

 そんな彼らが、今はここにいる。奇跡のような出来事ながらも、二人にとってはこれこそが現実だ。

 ウルフィエナにようこそ。

 その声がアゲハをこの世界へ誘うも、そこから先は彼女の物語だ。

 もっとも、生き方を選べるほど強くはないため、エウィンにすがるしかない。

 大学を中退後も、仕送りを続けてくれた母親に感謝を述べたい。

 そして、謝りたい。

 この感情は本物だ。

 そのためには地球への帰還方法を見つけなければならないのだが、アゲハの心は揺れ動く。

 エウィンとの離別が待っているのなら、戻れなくても構わない。

 これもまた本音だ。

 依存するほどに好いてしまったのだから、帰還の代償としては大き過ぎる。

 何も言い出せないまま、今日も静かに夜が更ける。

 隔絶されるように、ひっそりと存在するここは迷いの森。千年前の戦争後、魔女達が逃げ延びた安息の地。

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