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第六十六話 本気で戦いなさい

 柔らかな陽射しが降り注ぐ中、二人と一人が向き合っている。

 観客は頭上の太陽だけではない。

 森の中の集落には多数の人々が暮らしており、一日の始まりとも言うべき時間帯ゆえ、本来ならば各々の仕事に取り掛かるべきなのだが、今は野次馬として遠巻きに三人を眺めている。

 試合会場は広大な空き地だ。人口が増えた際に家を建てるためのスペースとして、木々を伐採した跡地でもある。

 そこを占拠する、エウィンとアゲハ。

 そして、白髪の巨漢。

 彼らは、これから戦う三人だ。

 寝ぼけているわけではないのだが、わずかな寝癖はそのままに、エウィンが本件とは関係ないことを口走る。


「しっかりとしたおうちで一晩過ごしたのって、考えてみたら十数年振りなんですよね。あ、宿屋はなんか違うので除外するとして」


 信じられないことに事実だ。

 この少年は故郷を追い出された結果、以降はイダンリネア王国の貧困街で廃墟のような小屋に住み着いた。

 屋根はあるが、雨が降れば室内に水たまりが出来てしまう。壁にも穴が空いており、風さえも防げない。

 以前は物置小屋として使われていたのだろう。その一帯が活用されなくなった頃合いから、解体すらされずに放置されていた。

 狭い上に不衛生ながらも、浮浪者は贅沢を言えない。

 六歳の少年は着の身着のままそこに住み着き、気づけば十二年の歳月が過ぎ去っていた。


「お布団、暖かかったね。ご飯も、美味しかった」


 先端だけが青い黒髪。

 表情は陰気そうながらも、大きな瞳は隣の少年をじっと見つめている。

 髪も服も緑色のエウィンとは対照的に、今日のアゲハは黒づくめだ。チュニックは灰色ながらも、ズボンは黒一色なため、色合いはどうしても重くなってしまう。


「朝ご飯はまぁ……、とか言っちゃうと失礼だから、僕はノーコメントで」

「ふふ、薄味だったから、エウィンさん的には、いまいちだったかな?」


 仲睦まじいやり取りだ。夫婦でもなければ恋人でもないのだが、半年以上も二人っきりでいれば、自然とそのような空気が出来上がってしまう。


「お茶も渋すぎですよー。あ、髪の毛真っ赤なおばさんが睨んでる。くっちゃべってないで、さっさと戦えってことか……」


 空き地を陣取る三人。

 彼らと野次馬の中間には、里長でもあるハクアが仁王立ちで立っている。

 これから始まる催し物は、言うなれば昨日の騒動を発端とした延長戦だ。

 あるいは第二ラウンドか。

 どちらにせよ、エウィンとアゲハはこの男に挑まなければならない。


「ガハハ! 仲良しこよしとはこのことだな! おまえら付き合ってるのか⁉」


 山のような巨漢だ。

 髪の毛が白い理由は年齢に起因しており、顔のしわも年輪のように多い。

 つまりは老人なのだが、見た目から受ける印象は若々しいと言う他ない。

 エウィンでさえ、見上げるほどの長身。

 全身を覆う、今にも張り裂けそうな筋肉。

 だからなのか、上半身は何も身に着けておらず、半裸の男が短パンだけを履いてそこに立っている。

 男の名前はモーフィス。六十歳を越える老人ながらも、その迫力は現役の傭兵さえも怯ませるほどだ。

 たじろぐように、エウィンが反論を開始する。


「僕達はそういう関係じゃありません。いつの日かお別れしますし、その時まで指一本触れるつもりもありません」

「えっ」

「え?」


 声高々に宣言するも、隣のアゲハを驚かせてしまう。

 紛れもない本心だ。

 エウィンにとって、この女性は命の恩人であり、保護すべき対象でもある。

 彼女は願った。

 日本に戻りたい。

 母親に謝りたい。

 ならば、エウィンとしても手を差し伸べるまでだ。

 残念ながら先行きは不透明ながらも、守り続けるつもりでいる。そうすることが恩返しだと自覚しており、それ以外の方法を思いつかない。

 アゲハの帰還こそがエウィンの目的であり、二人が向かうべきゴールだ。

 その成就が別離を意味する以上、この少年は紳士的なのかもしれない。

 この反論を受けて、モーフィスが太い腕を組みなおす。


「訳ありってことか。まぁ、いいさ……。里長! 俺はいつでも構わんぞい!」


 大男が吠える。

 視線の先には、白衣の女が審判のように直立中だ。長い髪は血の様に赤く、その両眼は魔眼ゆえ、彼女も魔女の一人と言えよう。


「エウィン! アゲハ! 本気で戦いなさい! さもないと怪我じゃ済まないわよ!」

「ぶ、物騒なことを……。だけど、モーフィスさんと向き合った今なら、わかる。確かに、めちゃくちゃ強そう」


 ハクアに促された以上、立ち話はここまでだ。

 空き地は戦場と化す。

 遠方の野次馬達は無賃ながらも観客であり、突然の試合に歓声を上げている。

 あるいは、冷やかしているのか。

 そんな彼らに見守られながら、巨漢が丸太のような右腕を振り回す。

 同時に、一歩を踏み出す。


「ちゃんと朝飯食ったか? 空腹じゃあ、力が出ないぞ」

「はい。ハクアさんにご馳走になりました。薄味でしたけど……」

「そこ! いちいち私の悪口言わないと気が済まないの⁉ 二度と作ってあげないわよ!」


 陰口を聞き逃すほど、審判は老け込んでいない。

 真っ赤な髪を逆なでながらエウィンに対して腹を立てるも、少年は無視するように作戦会議を始める。


「さっきも言った通り、基本的には僕が戦います。アゲハさんは後方支援という名目で、僕の治療に徹してください」

「う、うん、わかってる……」


 それ以外はありえない。

 なぜなら、アゲハは等級二に昇級した傭兵ながらも、戦闘においては依然として素人だ。

 草原ウサギなら数えきれないほど殺した。

 サッカーボールのように蹴とばし、トドメは青い炎で塵一つ残さず燃やす。

 残虐な行為ではあるが、こうすることが特訓としては最適解ゆえ、アゲハは心を鬼にして魔物を狩り続けた。

 しかし、対人戦など皆無だ。

 ましてや相手は巨人族と見間違えるような巨漢ゆえ、彼女に接近戦を強いるわけにはいかない。


「武器を使っていいとは言われたけど、さすがに素手で戦ってみます。あ、でも、アゲハさんは躊躇なくアイアンダガーを抜いてください」

「そう……だよね……」


 相手は素手のまま近づいている。

 つまりはそういうことなのだろうが、巨大な肉体はそれ自体が凶器に他ならないため、油断は厳禁だ。

 そうであろうと、エウィンは腰の鞘に手を伸ばさない。戦闘中にためらってしまった場合、それ自体が命取りになるとこの時点で見抜けており、全力を出すためにもあえて拳で殴りかかる。


(殺し合いじゃなくて、単なる腕試し……なんだから!)


 試合開始だ。審判役のハクアからは合図などないのだが、対戦相手がのしのしと迫っている以上、エウィンは歯を食いしばって駆け出す。

 先手を譲りたくない。そう思った理由は不明ながらも、本能からそう命じられた以上、逆らう理由もない。

 遠方の野次馬達には、視認出来ないほどの疾走だ。

 その一方で、赤髪の魔女はあくびを堪えるように眺めている。

 彼女の魔眼に見守られながら、エウィンは奇襲のように殴りかかる。

 この少年と老人の身長差は、頭一つ分どころでは済まない。

 ならば、硬そうな腹部へ拳をめり込ませるまでだ。

 その数が数えられるほどには腹筋が割れており、エウィンは腹直筋を一つ潰すように右腕を打ち付ける。

 その結果、息を飲んだのは傭兵の方だった。


「ぐ⁉ 硬い!」

「ガハハ! 鍛えてるからな!」


 モーフィスが壁のように立ちはだかる。その表情は痛がる素振りすら見せず、それどころか満面の笑顔だ。

 対照的に、エウィンは右腕を伸ばしたまま、ゆっくりと見上げることしか出来ない。

 勢いそのままに殴りかかったにも関わらず、対戦相手を微塵も動かすことが出来なかったという事実。にわかには信じ難い状況ながらも、これが夢でないことは確認するまでもない。


「モーフィスさんって、おいくつ何ですか?」

「六十六だったか? おまえさんは?」

「十八歳……です!」


 挨拶代わりのコミュニケーションは、瞬く間に終了だ。

 返答し終えるや否や、エウィンが眼下の右足を、内側から払うように蹴る。

 短パンから露出する両脚は、当然のように筋肉という鎧で武装済みだ。

 太く、硬いその片足を狙った理由は、対戦相手をよろめかせたいという目論見から生じており、エウィンはこれをきっかけにして戦闘を組み立てたいと考えている。

 残念ながら、実力差がそれを許さない。


「つぅ⁉ こっちの足が!」


 蹴った側が痛がる始末だ。

 これ自体は、珍しい光景ではない。

 例えば、憂さ晴らしに石壁を蹴ろうものなら、当然ながら蹴った側が悲鳴をあげる。

 しかし、今回の標的は人間だ。いかに巨体であろうと、足は足でしかない。いかに鍛え上げられていようと、蹴られた側はよろめき、蹴った側が勝ち誇るはずだ。

 そうはならないと、白髪の老人が見下ろす。


「野性的でセンスは申し分ない。とは言え、手心を加えられるとは、夢にも思わんかった。もしくは、戦い慣れていないのか? どっちなんじゃ!」


 殴られ、蹴られた以上、ここからはモーフィスの順番だ。

 祈るように両手を握ると、音もなく持ち上げ間髪入れずに振り下ろす。眼下の少年を地面に叩きつけるための反撃であり、大げさな動作が観客を大いに賑わせるも、結果は空振りだ。


「ほう、反応しおったか」

「ぎ、ギリギリで……」


 両者は改めて睨み合うも、エウィンは違和感を拭えない。


(てっきり危機察知が働くかと思ったけど……。もしかして、この人も手加減してくれてる? でも、何で?)


 わからない。

 わからないが、深くは考えない。

 今は模擬戦の最中ゆえ、目の前の相手に集中すべきだ。

 ましてや、この老人は格上の可能性すらある。

 頑丈なだけで動作が鈍ければ勝算はあるのだが、そこまでの楽観視はおおよそ不可能だ。

 両者がそう感じたように、二人は全力を出していない。

 事情はそれぞれ異なるのだが、エウィンの場合、この状況に起因する。

 つまりは、対戦相手について知らされていない。

 この試合をセッティングしたハクアからは説明がなく、朝食後に案内された空き地にて、この老人と初めて相まみえた。

 戦う前に与えられた情報は二つ。

 モーフィスという名前と、手ごわいということ。

 年齢については、今しがた確認した。知ったところで戦況を有利に運べるわけではないのだが、気まずさを紛らわせるように問いかけた結果、あっさりと教えてもらえた。

 眼前の老人が悪人でないことは容易に想像出来る。

 巨人族のような巨体かつ半裸ではあるものの、その言動は太陽のように明るく、少なくとも男の拳には殺気が宿っていない。


「壊すな、と里長からは言われておるが、どうやら手心を加え過ぎたようじゃ!」


 雄たけびは単なる前振りだ。

 モーフィスが体当たりのようにエウィンとの距離を詰めると、勢いそのままにラリアットを命中させる。

 大げさな動作にも関わらず、少年は避けられない。そのための時間を見いだせなかったからだ。

 それでも、両腕で己の顔を守ることは出来た。

 しかし、そこまでだ。

 巨躯の勢いと腕力が、エウィンを容赦なく吹き飛ばす。


「ぐ、まだまだ!」


 戦闘の継続はもちろん可能だ。

 驚きはしたが、負傷したわけではない。想像以上に後退させられたが、リングアウトというルールが設けられていない以上、広い空き地を目一杯使って構わない。

 事実そうなのだが、エウィンはこのタイミングで気づかされる。


(あ、アゲハさん⁉)


 地面を擦りながら体勢を立て直したと同時だった。

 弾かれるように飛ばされた結果、エウィンとアゲハの立ち位置が位置が逆転してしまう。

 それが何を意味するのか、考えるまでもない。


「次は嬢ちゃんだな」

「うぅ……」

(まずい!)


 二対一の弊害だ。

 エウィンは自分のことだけでなく、アゲハについても配慮しなければならない。

 魔物相手ならばそれでも問題ないのだが、今回は人間と戦っており、ましてや一筋縄ではいかないほどの強敵だ。

 守らなければならないアゲハを孤立させてしまった。

 そう自覚した時には手遅れだ。

 モーフィスは既に、彼女の目の前で両腕を組んでいる。


「いくぞい」


 巨体が右腕を持ち上げると、トンカチを振り下ろすように拳をアゲハへ落下させる。

 彼女の頭頂部を叩くためだけの打撃だ。

 シンプルな攻撃ながらも、アゲハの身体能力では避けられるはずがない。

 そのはずだが、彼女は尻餅をつくように後ずさると、ワンテンポ遅れて拳が空ぶる。

 まるでお遊戯のようなやり取りだ。

 駆けだそうとしたエウィンさえも、この光景には驚きを隠せない。


「え? て、手加減し過ぎでは……?」


 事実、その通りだ。

 老人の右腕は、避けろと言わんばかりに遅かった。

 もちろん、これは殺し合いではない。モーフィスもそれを自覚しており、今回もアゲハには配慮を怠らなかった。

 そうであろうと、強者は強者として振舞うことを許される。


「ガハハ! エウィン、守れなかったな! 次は、怪我くらいはさせるかもしれんぞい!」


 一切の反論を許さない指摘だ。

 少年も悔しそうに口を閉じることしか出来ない。

 それでも、これは模擬戦。審判が止めない限りは、戦わなければならない。


「くそっ!」


 砂埃を上げて、エウィンがその場から駆け出す。

 ラリアットの仕返しと言わんばかりに巨体の腹部に回し蹴りを命中させるも、モーフィスは壁のようにその場から一歩も後ずさらない。


「速さだけは褒めてやるが、いかんせん軽いのう。肉食ってるか?」


 体重なのか、蹴りの威力か?

 どちらにせよ、その指摘は弱者に向けられている。


「干し肉なら……」

「塩分過多じゃのう」


 アゲハを庇うように、エウィンが立ち位置を整える。

 二人を見下ろすように、モーフィスが胸を張る。

 そんな三人を眺める、赤髪の魔女。

 ここまでは想定通りだ。

 ゆえに、発破をかけずにはいられない。


「モーフィス! もう少し本気を出しなさい!」


 この発言を受けて野次馬達が盛り上がるも、試合会場の中心でエウィンは思考をかき乱される。


(こんなの、弱い者いじめじゃ……。オーディエンがいたら、気持ち悪い顔で笑ってそうだな)


 オーディエンは昨晩の内に姿を消した。

 ハクアにエウィン達を紹介するという目的が果たせたことから、満足して帰還したのだろう。

 ここにはいない。

 あるいは、どこかで眺めているのか。

 どちらにせよ、昨日のように庇ってもらえるとは思えないため、エウィンは踏ん張るしかない。

 その闘争心を見定めながら、老人が静かに問いかける。


「里長の言葉の意味、おまえさんはわかるか?」

「え? もっとコテンパンにやっつけろってことじゃ……」

「違うわい。いや、そういう意味もちーっとはあるんじゃろうが……」


 広大な空き地に、三人が佇む。

 エウィンにとっては敵地でしかないのだが、なぞなぞのような質問に答えるため、改めて口を開く。


「僕達に、もっと本気を出させたい?」

「そういう……ことじゃ!」


 正解が試合再開の合図だ。

 先ほどの遅さが嘘のように、巨体が右腕を打ち込む。

 単純明快な右ストレート。それでも、その威力は人間を砕くことさえ可能だ。

 迫る拳を、エウィンは苛立つように殴り返す。避けることも出来たのだが、すぐ後ろにはアゲハがいるため、迎え撃つ以外の選択肢を選ばない。

 その結果、互いの握り拳がぶつかり合うも、両者はよろめかないばかりか、示し合わせたように両腕を可動させる。

 息をする暇さえないほどの、がむしゃらな殴り合いだ。

 エウィンは見上げるように。

 モーフィスは見下ろすように。

 強者と強者が目にも留まらない速さで拳をぶつけ合う。

 この光景は最高の喜劇だ。轟音が生じるほどの殴り合いには、観客達も賑わずにはいられない。

 そうであろうと、これは模擬戦という戦闘だ。

 当然のように、弱者が膝をつく。


「う、腕が……」


 エウィンの完敗だ。

 力比べというよりは、どちらが頑丈なのかを競っていたのかもしれない。

 少年の拳はどちらも赤く染まっており、腕からはピンク色の骨がはみ出す始末だ。

 対照的に、モーフィスは汗一つかいていない。少年の健闘を称えるように、次の行動を宣言する。


「その若さでその強さ、十分だと思うがのう。さて、次は嬢ちゃんの方じゃ」


 その意味するところを、エウィンは痛がりながらも理解する。

 しかし、既に手遅れだ。

 山のように立ちはだかっていた巨体はそこに見当たらない。

 どこだ?

 考えるまでもない。

 エウィンが振り返るよりも先に、男の声が戦場に走る。


「避けんと死ぬぞ」


 発生個所はエウィンの後方だ。

 より正確には、アゲハの背後から。

 モーフィスは音もなく移動を終えており、二人目の対戦相手、その後ろ姿を眼下に捉えている。

 長い黒髪を眺めながら、灰色のリネンチュニック越しにその背中を殴るつもりだ。

 この老人ならば、どれほどに手加減しようとアゲハを殺せてしまえる。

 そうであると、ここまでの攻防が証明済みだ。

 エウィンだからこそ生きながらえているが、それでも既に満身創痍。このタイミングで加勢することは難しい。

 ゆえに、アゲハ自身が避けるしかない。

 背後から殴られるとわかっているのだから、拳が撃ち込まれるよりも先に左右のどちらかへ跳ねれば良い。

 あるいは、エウィンとぶつかるように前方へ。

 もっとも、それすらも不可能だ。

 全力を出さずとも、モーフィスはモーフィス。天地がひっくり返ろうと、今のアゲハでは対処など出来ない。

 殴ると宣言されてもなお、不可能だ。

 両者にはそれほどの実力差がある以上、避ける動作へ移行するよりも早く、背後から殴打されてしまう。

 呆気ない幕引きだ。彼女一人ではどうすることも出来ない。

 だからこそ、だ。

 これは一対一の試合ではなく、二対一。

 アゲハに危機が迫っているのなら、もう一人が反応すれば良い。


「僕が!」


 助ける。

 庇う。

 あるいは別の意味があったとしても、アゲハは真横へ押し出され、その位置へエウィンが入れ替わる。

 両腕が破壊されようと、体当たりの要領で彼女をどかすことは可能だ。

 その結果、モーフィスの拳がエウィンの胸部に打ち込まれるも、この瞬間、老人は昨晩の出来事を思い返す。

 静まり返った里の夜。

 侵入者と炎の魔物が騒動を引き起こすも、陽が沈む前には普段通りの日常を取り戻していた。

 モーフィスは一人静かに煮物を作るも、玄関がノックされたタイミングで渋々声を発する。

 相手はまだ名乗っていない。

 ゆえに、扉の向こう側に誰が立っているのか、本来ならば言い当てられるはずもない。


「里長か。こんな時間に珍しいのう」


 この男ならば出来て当然だ。

 強者は強者の気配を感じ取れる。

 ましてや、ハクアともなれば別格だ。

 慣れた手つきで鍋に蓋を落とすと、老人は面倒くさそうに立ち上がった。

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