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第六十五話 真相に至る会合

 魔法。人間と魔物が会得する、人知を超えた神秘。

 魔源と呼ばれるエネルギーを消耗し、様々な現象を引き起こすことが可能だ。

 詠唱という儀式をえることで、奇跡は望み通りに具現化する。

 手をかざすだけで、発射される火球。

 氷の塊や雷撃さえも同様であり、魔法は何かを壊すだけでなく傷の治療さえも可能だ。

 もう一つの神秘が戦技。魔源を必要としない代わりに、連続発動が許可されていない。発動後は長い待ち時間が発生してしまうためだ。

 どちらが優れているかは、議論が必要だ。

 もっとも、魔法には魔法の、戦技には戦技の得意分野があることから、適材適所の一言で話し合いは終わってしまう。

 これらの習得は、戦闘系統と呼ばれる分類によって左右される。

 例えば、魔療系。回復魔法を覚えられることから、日常生活においても役立つ。最も人気のある戦闘系統と言えよう。

 人間は生まれながらに何かしらの戦闘系統に属する。後天的に変更することは叶わないため、希望にそぐわずとも受け入れるしかない。

 自身の戦闘系統を知りたい場合、会得した一つ目の魔法ないし戦技から逆算すればよい。

 腕力向上なら強化系。

 フレイムなら魔攻系。

 キュアなら魔療系。

 何をどの順番で習得するかは戦闘系統によって固定されており、これの把握が傭兵や軍人にとっての一歩目だ。

 それすらも許されなかった子供の名前が、エウィン・ナービス。

 この世界の不具合なのか?

 他者と釣り合うように、そのような仕様を設けたのか?

 三つ目の神秘に目覚めた者は、弊害としてそれ以降は魔法や戦技を覚えられない。

 天技。個人に与えられた、特異能力。

 エウィンの場合、魔物の気配をソナーのように探知することが可能だ。

 母親がゴブリンに殺されたにも関わらず、六歳の子供が一人でイダンリネア王国にたどり着けた理由であり、魔物狩りにも大いに役立っている。

 天技を習得した人間を覚醒者と呼ぶのだが、エウィンは自身の戦闘系統を把握する前に覚醒者となってしまった。

 ゆえに、魔法や戦技を覚えられておらず、この事実は不幸と言う他ない。

 そのはずだった。

 この傭兵に与えられた天技は一つではない。

 前代未聞の事象ながらも、大気を揺らす闘気を見せつけられてしまっては、赤髪の魔女も受け入れるしかない。


「これが……、こいつの天技? こんなことって……」


 突風にあおられ、長い髪と白衣が悲鳴をあげるように揺れている。

 その発生源こそがエウィンだ。真っ白なオーラを激しくまとう姿は、神々しくも蠱惑的でさえある。


「リードアクター。言われた通り、使ってみたけど……・」


 エウィンとしても不安だ。

 騒動を落ち着かせるために発動させたが、そう促したオーディエンは炎の体を捻じりながら楽しそうにはしゃいでいる。


「イイネイイネ! 何度見てモ、カっこいいヨ! ハクア、キミなラ、アる程度は察せたと思うけド」


 魔物でありながら、人間の言葉を話す。この時点で非常識なのだが、そのことで驚く者はいない。

 なぜなら、それよりも今はエウィンの変化だ。

 迷いの森に隠された、集落。その地の人々が遠巻きにエウィンを眺めている。

 その最前席で、あるいは舞台に上がっているであろう魔女が、左手の本に問いかける。


「どう、思われますか?」

「本当にわたしの詠唱と瓜二つだったねー。偶然とかそういうレベルじゃないくらいに。だけど能力は全然違う。違うけど、なんだろう、託したくなる何かを、この子は持ってると思えちゃう」


 真っ白なこの本も言葉を話しており、もはや何が正常で何が異常なのか、ここだけは酷く曖昧だ。

 率直な感想を受けて、持ち主でもあるハクアが小さく頷く。


「同感です。詠唱の近似性も去ることながら、この姿には安心させられると言いますか、不思議と……」


 惹かれてしまう。

 もちろん、恋心ではない。この魔女は想い人と深く繋がっており、ましてや男になど興味がない。

 それでも、胸の奥が暖かくなってしまった。

 もはや思い出せないほどには懐かしい感情だ。

 その正体がわからないながらも、ハクアはこの少年をついに受け入れる。

 先ほどまでは殺すつもりでいた。そうしなければならない理由があったのだが、リードアクターの披露が態度を改めさせる。

 心を入れ替えたのではない。

 この魔女には思い当たる節があった。


「似ても似つかないのに、あの人を……、王を思い浮かべてしまいました」

「へー、それって愛じゃないのー?」

「なっ⁉」


 真面目な独白を、左手の本に茶化されてしまう。

 これを合図に二人はじゃれるように言い争うも、それを無視するようにオーディエンがエウィンに語りかける。


「アれから少し経ったけド、ソの力、使いこなせるようになったのかナ?」


 四か月前の出来事だ。

 エルディアに頼まれて、エウィンとアゲハはジレット監視哨を目指した。

 そこで魔女を殺し、ついでのようにオーディエンと再会したのだが、この問いかけに対しては言い淀むしかない。


「魔物を倒しまくったけど、強くなれた手応えはないし、リードアクターについても……」


 残念ながら成果は無しだ。

 この天技は制約が厳しい。

 使える回数は、一日に一回だけ。

 発動していられる時間は、たったの十秒。

 そういう意味では戦技のような縛りながらも、使い勝手はすこぶる悪い。

 別人のように強くなれるというメリットは素晴らしいのだが、使用回数もしくは効果時間を改善したいという願望は決してわがままではないはずだ。

 そしてそれは、オーディエンからの宿題でもある。


「ソうなんダ。キミにハ、モっともっと試練を与えないといけないのかナ?」

「よ、余計なお世話だ……」


 悔しそうに項垂れる。

 エウィンとしても、リードアクターの使い勝手を向上させたい。

 それとは別に、もっと強くなりたいとも考えている。

 しかし、そのどちらもが未達成だ。等級を上げるために数多の魔物を屠ったが、どういうわけか一切の成長を感じられない。

 もっと多くの魔物を狩らなければならないのか?

 方法を間違っているのか?

 わからないまま、見知らぬ土地でリードアクターを披露した。


「ハクアなラ、色々知ってるかもネ。ン? トころでサ、モう十秒なんてとっくに過ぎてないかイ?」


 風船のようにふわりと浮かび、魔物が生首を傾ける。

 エウィンが白い闘気をまとって以降、雑談しかしていないのだがそれなりの時間が過ぎ去った。

 正確な秒数は誰も数えていない。

 それでも、十秒どころかその倍は流れたと体感的に理解出来てしまう。


「言われてみたら、確かに……。でも、何で? 昨日も寝る前に使ったけど、その時は十秒だった。数え間違えるほど寝ぼけてもなかったし……」


 ある意味で日課だ。

 野営の時に限るが、エウィンはリードアクターの使い勝手を向上させるため、寝る前に発動させることを心がける。

 たったそれだけの行為ながらも、肉体への負荷は大きく、日中ではなく就寝前というタイミングを選ぶ理由は、一日に一度しか使えない切り札だからだ。

 昨晩も鍛錬を兼ねて、洞窟の出口付近で発動させた。

 その際はおおよそ十秒で元に戻るも、それこそが正常だ。リードアクターはそういう天技であり、その後は落ち込むことなくぐっすりと眠った。

 そして、今日に至るのだが、その時間は既に三十秒を越えている。

 この変化がエウィンを戸惑わせるも、オーディエンにとっては僥倖でしかない。


「イイネ、イイネ! 理由なんてどうでもいいヨ! ワタシの期待ニ! 答えてくれるなラ!」


 火球の胴体を捻って自分自身を抱きしめるように、炎の魔物が歓喜の雄たけびを上げる。

 邪悪な笑顔だ。顔の造形は冷徹な女のそれなのだが、その口は魔物のように大きく開いている。

 その姿を眺めながら、そして、未だ泣き止まないアゲハを胸に抱きながら、エウィンはぼやくことしか出来ない。


「パワーアップは僕としても嬉しいけど、こいつを喜ばせるのはなんか癪だな。それにしても、一体全体何が何やら……」


 自分のことながらも不明だ。

 今日はミファレト荒野を探索し、その過程でミファリザドを二体倒した。

 成果としてはそれ以上でもそれ以下でもないのだが、急激な成長に繋がるような成果とはおおよそ言い難い。


(回数が一定に達すると、グンと便利になるのかな? だとしたら、時間だけでなく回数も改善されると嬉しいけど……)


 この説が正解ならば、一日に使える回数が増せばより一層強くなれるはずだ。

 例えば、百回毎にリードアクターが成長するのなら、一日に二回使えれば次の強化は五十日でたどり着ける。

 正しいか否かは不明瞭だ。

 それでも、エウィンは喜ばずにはいられない。

 そんな中、オーディエンだけが真実を見抜いてみせる。


(理由? ア、ワかっちゃっタ。ソの能力は契約によってもたらされタ。アゲハ、ヤっぱりキミなんだネ)


 詳細はわからずとも、この直感は確信だ。

 リードアクターの使い勝手が向上した理由。

 それをアゲハに見出した根拠は魔物としての勘でしかないのだが、オーディエンはこれ以上考えない。観客として十分楽しめたことから、ここからは物語の続きを促したい。

 そのために、この里の中心人物へ話を振る。


「驚いているところ申し訳ないけド、コの二人のこト、受け入れてくれるかナ?」

「あ、そ、そうね。殺すのは、あんただけにするわ」

「ファファファ、コワイコワイ。ウん、ソれでこそハクアだ、話が早くて助かるヨ」


 殺し合いはこれにて終了だ。

 決着ではなく延長の可能性はあるのだが、赤髪の魔女からは殺意が微塵も感じられない。

 その姿は意気消沈しており、あるいはリードアクターの輝きに魅入ってしまったのか。

 多数の野次馬に見守られながら、ハクアが観念するように口を開く。


「立ち話もなんだし、うちに来なさい。お茶くらいは出すわ」


 積もる話もあるだろう。

 エウィンとアゲハを客人として、自宅へ招く。

 そのために、彼女は返事すら待たずに踵を返した。

 白衣を撫でるように、真っ赤な髪が揺れている。

 左手には、何も書かれていない真っ白な本。言葉を話すだけでなく、これには名前すらも与えられている。

 マリアーヌ。

 その名を知らない者はいない。

 エウィンが十年以上も通った、草原地帯の呼び名だからだ。



 ◆



「へー、こんな辺ぴな場所でガーウィンスティーが飲めるなん、イタッ! なんか叩かれた……」


 残念ながらエウィンが悪い。

 それをわかっているからこそ、アゲハも擁護は出来ない。

 広い居間には、四角いテーブルを囲うように三つの椅子。

 エウィンは出されたコップに口をつけると、悪気はないのだが率直な感想を述べてしまった。

 ガーウィンスティー。異国で生産された輸入品であり、透き通るような緑色とすっきりとした喉越しが特徴だ。

 庶民でも手が届く茶葉ではあるのだが、ここはイダンリネア王国から遠く離れた森の中ゆえ、エウィンは驚きを隠せない。

 一方、この家の家主は椅子に座り直すと面倒そうに息を吐く。


「辺ぴな場所で悪かったわね」

「い、いえ、そういう意味で言ったんじゃ……」


 エウィンは痛む頭部を摩りながら、叱れた子供のように萎縮する。

 この姿が面白いのか、片付けが行き届いた室内の片隅から、女の笑い声が響き渡る。


「ファファファファ、コういうのヲ、親子って言うんだっケ?」


 客人はエウィンとアゲハだけではない。

 もっともこれは招かれてはいないため、不法侵入者が正解か。


「違うわよ、馬鹿じゃないの。と言うか、なんであんたまで来てんの? お呼びじゃないからさっさと出てって」


 赤髪を傾けながら、ハクアが魔眼で睨む。

 視線の先では、オーディエンがあぐらの姿勢で浮遊中だ。当然ながら、この魔物にはガーウィンスティーはおろか椅子さえ用意されていない。


「コんな楽しい時間を独り占めなんテ、ワタシが許すとでモ?」

「楽しいと思ってるのはあんただけよ。こちとら考えることが多すぎて、頭が痛いっていうのに……」


 楽しそうな魔物。

 眉間にしわを寄せる魔女。

 そして、ここは見慣れない居間。

 部屋の奥には多数の書物が陳列されており、エウィンはそわそわしながらも口を開く。


「ハクアさんって何者なんですか?」


 率直な質問だ。

 しかし、これを知らずには話しが進められない。

 オーディエンと旧知の仲。

 この化け物と互角に戦えるらしいその実力。

 どちらもありえない。

 そのはずだが、両者は共に否定しない。


「私のことなんかどうでもいいの。今はあんた達についてよ」

(あふん。取り付く島もない……)


 残念ながら、答えはお預けだ。

 外見から得られる情報は少なく、きつそうな表情からは人間性が、肌艶や雰囲気からは年齢がうかがい知れるも、本人に三十歳を越えているかと尋ねられるほど勇気はない。

 背もたれのない椅子に腰かけながら、ハクアが苛立つように客人を眺める。


「エルから聞いてはいるけど、確認させて」

「はい」


 こういった状況下では、アゲハは借りてきた猫のように静かだ。激しい人見知りも去ることながら、エウィンを殺そうとした相手を警戒しており、つまりは怯えながらも腹を立てている。

 ゆえに、エウィンが答えるしかないのだが、質問相手はこの少年だ。


「模擬戦で、エルに勝ったって本当なの?」

「そうです、けど……」

「さっきの天技を使って?」

「いえ、手違いがあって試合前に使ってしまったから、あの時は素のままで戦いました」


 嘘は言っていない。

 頭をポリポリとかいた理由は、手合わせの動機が不純だったためであり、思春期らしくその点だけははぐらかす。


「エルは、あめのおきてを使ったのよね?」

「え? 雨の……? その日は晴れてたような? イタッ! ま、また殴られた。なんで? 暴力反対……」

「あんたが馬鹿だからよ。あめのおきては魔眼の奥義。この時代で使えるのはエルの親子だけ。あぁ、母親の方は力を失ったから、今はエルだけか。まぁ、いいわ。次、アゲハ」


 魔眼が、緑髪の少年から黒髪の日本人へ。

 しかし、アゲハは黙ったままだ。名前を呼ばれると同時に硬直しており、口を動かすことは叶わない。

 そうであろうと、ハクアは問答無用で問いかける。


「エルはあんたについて、あまり話さなかった。見た目は怖いけど、慣れたら慣れる。そんな意味不明なことを言ってたけど、今なら理解出来る。繰り返しになるけど、あんたが人間とは到底思えない。魔物よりも、もっともっとヤバイ何か。それがあんたなの。ねえ、教えて。本当に何者なの?」


 もはや悪口だ。

 しかし、ハクアは本心を語っており、事実、このような感想を抱く者は彼女だけではない。

 その内の一人が、エルディアだ。アゲハを一目見た瞬間、命の危機さえ感じてしまった。

 それでも縁を紡げた理由は、エルディアの人徳があってのことか。

 室内に訪れた、息苦しい静寂。

 エウィンとしては、反論ついでに破らなければならない。


「アゲハさんは……、あ~、えっと、う~ん」


 見切り発車の発言だ。後先考えずに口を開いた結果なのだが、言い淀むだけの理由がある。

 アゲハの正体を明かすことは簡単だ。事実を淡々と伝えればよい。

 しかし、それをするにしてもアゲハの許可が必要だろう。

 そう気づかされた以上、エウィンはチラチラと隣に視線を向ける。

 再度、居間に静寂が訪れるも、新たな発言者は人間ではなかった。


「アゲハは、異世界のニンゲンだヨ」

「あ、おい!」


 突然のカミングアウトだ。

 告げ口と言っても刺し違えないそれに対して、エウィンは声を荒げる。

 しかし、オーディエンは不敵な笑顔で話し続ける。


「チキュウ、ダったかナ? ソこから来テ、ソこに帰りたいんだよネ?」

「く、勝手にばらして……。こうなったら、もう……。あいつの言う通りです。アゲハさんは地球という別の世界からやって……、転生でしたっけ?」

「あ、うん、そう、みたい……」


 エウィンの問いかけにはアゲハも反応を示す。

 しかし、その単語の意味するところまでは、ハクアの理解が及ばない。


「転生ってどういう意味よ」

「死んじゃったけど、こっちの世界で生まれ変わった、みたいな?」

「生まれ変わったのなら赤ん坊からスタートしたの?」

「あ、えっと、ちょっと違います。アゲハさんがこっちにやって来たのは半年くらい前で、姿も服も死んだ時のままらしいです。僕が初めてアゲハさんと出会った時は、変な服着てましたし」


 ジャージとジーパンだ。

 見聞が狭いエウィンでさえ、貴族と見間違える程度には見慣れない姿だった。

 日本人としてはありきたりなコーディネートなのだが、こちらの世界の人間を驚かせるには十分なインパクトと言えよう。


「だったら、その服を見せて」


 当然ながら、ハクアは疑うことから始める。

 異世界からの転生者。

 そのような発言は冗談としか思えない。

 ゆえに証拠を求めるも、エウィンはばつが悪そうに事実を述べる。


「う、売っちゃいました。お金がなくて……」

「なにしてんのよ、馬鹿じゃないの?」

「あ! でも! ブラジャーとパンツが一着だけ残ってるはず! アゲハさん!」


 実はその通りだ。

 エウィンが嬉しそうに隣を向くも、今度はアゲハが肩を落とす。


「い、痛んだから、燃やしちゃった……」

「そんな! めちゃくちゃ高く売れたでしょうに! イタッ! また殴られた……、なんで……」


 今回も自業自得だ。

 眼前の魔女に頭頂部を殴られた結果、エウィンは目を丸くして驚くも、アゲハでさえフォローはしてくれない。


「他には何かないの? 地球ってところから持ってこれたもの」

「後はー……、それこそアゲハさんくらいですよね?」

「う、うん……」


 着の身着のままの転生だった。

 日本のお金も、ウルフィエナの硬貨さえも与えられないまま、アゲハはこちらの世界に渡ってしまった。

 しかし、そうではないと魔物が気づかせる。


「不思議な能力ト、モしかしたらワタシ達の知らない知識も持ってるんじゃないかナ?」


 その通りだ。

 日本人として、彼女は大学にまで通っていた。中退しようとその教養が色褪せるわけではなく、その広さやエウィンの比ではない。

 もっとも、このタイミングでハクアは大きなため息を漏らす。


「訊きたいことが多すぎて、本当に頭痛がしそうだわ。一つずつ、そうね、地球について教えてちょうだい。どんな世界だったの?」

「あ、それなら僕が。魔物がいなくて、魔法や戦技もなくて、だけど食べ物にも困ってない、すごいところらしいです」


 しゃべらないアゲハに代わり、エウィンが受け答えを担当する。

 それが可能な理由は、この半年間で様々な知識を仕入れたからだ。二人っきりでいる時間が長かったため、地球についても多くを学べており、聞きかじった情報を代弁する。


「魔物がいない? にわかには信じられないわね」

「その代わりに、人間同士で戦争してるとかなんとか」

「ふーん、どこの世界もその点は変わらないのね。他には?」

「大きな乗り物がものすごい速さで走ったり、なんなら空を飛んだりしてるらしいです」


 自動車。

 電車。

 飛行機。

 ウルフィエナの科学技術では実現出来ない発明だ。

 もっとも、口ではいくらでも言えるため、ハクアを納得させるには至らない。


「そもそも言葉は? こっちに来て、こっちの言葉を覚えたの?」

「いえ、アゲハさん曰く、言葉は同じらしいです」

「それこそありえない。文明も、歴史さえも違うのよ。私達とゴブリンが違う言葉を使うように、世界が別なら……、いえ、この問答は止めましょう。そこにいる魔物のせいで話が複雑になるから」

「アれ、呼んダ?」

「呼んでないから少し黙ってて」


 ハクアの推論は正しいはずだ。

 しかし、オーディエンと同じ言語で意思疎通が出来てしまっている。

 彼女の言う通り、ゴブリンや巨人族はそれぞれ独自の言葉を話すのだが、この件についてはこの場で結論を導けるはずもなく、ゆえに次の議題へ移るしかない。


「アゲハさんが異世界から来た証拠かぁ。僕が言うのもアレなんですけど、魔法や戦技が使えないってのはどうですか?」


 残念ながら、エウィンの案は参考にならない。

 なぜなら、いつか覚える可能性を捨てきれないばかりか、天技の習得がそれを阻むからだ。

 しかし、ハクアはゆっくりと頷く。


「あんた達を一目見た時から、違和感はあったの。だってそうでしょう、アゲハはこれっぽっちも魔源を保持していない。そんなことってありえないもの」


 魔源は魔法のエネルギーだ。

 魔法を覚えていなくとも、人間ならば誰でも微小の魔源をその身に宿している。

 魔物に至っては、草原ウサギでさえも膨大な量を内包済みだ。魔法を使わないのだから不要のはずだが、人間とは比較にならない魔源を魔物達は蓄えている。

 しかし、この発言がエウィンの小首を傾げさせる。


「魔源? どうしてそんなことがわかるんですか?」


 これが正常な反応だ。

 なぜなら、魔源の保有量を他者が知る術など存在しない。

 そういった魔道具があれば話は別だが、光流暦千十八年においても未だ未完成だ。

 唯一の方法は、実際に魔法を使い続けることだけ。

 回復魔法のキュアを何回使えるか?

 攻撃魔法のフレイムを何発撃てるか?

 アナログながらも間違えようがない手段であり、魔法の使い手は定期的に行うことで自身の現状を計ることが出来る。

 だからこそ、アゲハについては知る術などない。魔法が使えないのだから、ゼロか否かは不明なはずだ。


「仕方ないから教えてあげる。私の魔眼は、他人の魔源を見破れるの」

「そうなんですか。納得です」


 エウィンはあっさりと受け止め、追及はしない。

 魔眼。魔女だけが宿す、特別な瞳。正しくは、魔眼の所有者を魔女と呼んでいるだけなのだが、ハクアのそれは魔源の量を視覚的に知ることが可能だ。

 残念ながら、戦闘においては役に立たない。

 相手が魔攻系のように魔法を使うのなら、燃料切れのタイミングを知ることは出来る。

 しかしそれは相手が人間に限った場合であり、通常ならばこのような状況は訪れない。

 なぜなら、人間の敵は魔物のはずだ。

 魔物の魔源はありえないほどに膨大なため、その残量を知れたところで何ら意味を成さない。


「アゲハ、あんたの魔源は確かに皆無よ。そんな人間、長生きしてきたけど一度も見たことないわ。そういう意味では、証拠になりえるのかもしれないわね」

「え、えぇー。だったら、今までのやり取りはいったい……」


 ハクアの独白に、エウィンはうろたえてしまう。

 根掘り葉掘り訊かれた結果が、これだ。自身の魔眼が証拠を掴んでいるという発言には、徒労を感じずにはいられない。

 少年は口を尖らせるも、魔女は観念したように息を吐く。


「ぐちぐちうるさいわね。だったら、こっちも質問に答えてあげる。何が知り合い?」


 存在しない背もたれに体を預けるように、ハクアが胸を張る。アゲハと比べるとかなり控えめながらも、白衣およびワンピースをわずかに持ち上げることは可能だ。

 この提案を受けて、エウィンは当然の質問を投げかける。


「ハクアさんって何者なんですか⁉」

「却下」

「そんなぁ……」


 持ち上げられた直後に叩き落された結果、その落差にエウィンは耐えられず、テーブルへ伏してしまう。

 しかし、ここには彼女を知る者がいる。

 つまりは二度目の告げ口でしかないのだが、オーディエンは満面の笑顔だ。


「キミ達ニンゲンの守護者だヨ」

「ちょっ⁉ オーディエン!」

「ダから、エウィンを殺そうとしタ。ネぇ、ソろそろ教えてモ、イイんじゃなイ?」


 この魔物は、演目を進めるつもりでいる。

 エウィンとアゲハが、ハクアと出会った。序章は終わったと考えており、だからこそ、客席に座りながら次章を待ちわびる。

 魔女が赤髪を揺らして怒る中、エウィンは間の抜けた顔を作ってしまう。


「ハクアさんが、僕達を守ってる?」


 この魔女に殺されかけたばかりだ。

 ゆえに、オーディエンの発言は矛盾しているのだが、そう感じる人間はエウィンしか該当しない。


「こいつらはまだ何も知らない。時期尚早よ」

「ワタシはそうは思わなイ。キミが話さないなラ、代わりに説明するけド?」


 さすがのハクアも、チェックメイトだ。

 全てを知る者が二人もいるのだから、片方が口を閉じたところで意味をなさない。

 観客は所詮、観客だ。

 しかし、客席からでもヤジを飛ばせる以上、オーディエンはそれを実行してしまう。

 そうであると気づかされた以上、ハクアとしても観念するしかない。


「やれやれ、わかったわ。だけど、条件がある」

「ナんだイ?」


 赤髪の魔女が食い下がる。

 これは交換条件の提示であり、同時に試験だ。

 突破出来た暁には、エウィンとアゲハに世界の真実を明かすつもりでいる。


「二人がかりで構わないから、私の部下と戦ってもらう。もしも勝てたら、巨人戦争の真実について全部話してあげる」


 巨人戦争。イダンリネア王国が建国された理由そのものであり、今から千年以上も昔の出来事だ。

 おとぎ話として現在にも言い伝えられており、子供向けの絵本はベストセラーの一つと言えよう。

 建国の王が軍を率いて、多数の巨人族を退けた。誰もが知る常識であり、それは浮浪者のエウィンとて例外ではない。


「巨人戦争? それがいったい?」


 この問いかけを無視するように、ハクアは眼下のテーブルに視線を落とす。

 そこには真っ白な本が置かれており、製造過程のように文字の記載は見当たらない。

 白い絵の具を塗り込んだような純白だ。新品ではなく古書でありながら、その姿は純粋無垢のように見える。


「マリアーヌ様、これで良いでしょうか?」


 その本に語りかける。子供ならば許されるごっこ遊びだ。

 しかし、この魔女はれっきとした大人。

 それでもその行為が異常ではないと、本の方が証明してくれる。


「ハクアが納得するなら、いいんじゃなーい? わたしとしては、さっさと教えた方がスムーズな気もするけど」


 人間のように、この本は言葉を話し、そして核心をつく。

 ハクアとしても、見透かされていることは百も承知だ。それでこそと言わんばかりに、彼女は二人の客人と向き直す。


「明日の朝、私が選んだ部下と戦ってもらう。だから、今日はここに泊まりなさい。それでいいわね?」


 情報を得るには従うしかない。

 それをわかっているからこそ、エウィンはアゲハの分も首を縦に振る。

 同時に、新たな疑問を投げかけずにはいられなかった。


「質問です! その本は何ですか?」

「このお方は……、そうね、話せる本よ」

「説明が急に雑! 絶対それだけじゃない!」

「うるさいわね、色々あるの……」


 ハクアは天井を見上げるように、ゆっくりと体を後ろに倒す。

 食い下がるエウィンに圧倒されたわけではない。

 疲れたわけでもない。

 その理由を、純白の本が言い当ててみせる。


「あはは、面倒くさくなってるー」


 正解だ。

 反論すら出来ないため、赤髪の魔女は子供のように口を尖らせる。

 力関係が垣間見えるやり取りだ。

 同時に、両者が深く結びついているとも予想される。

 このやり取りを前にして、エウィン達は黙るしかないのだが、部屋の片隅でオーディエンだけが静かに笑う。


「ヤっと揃ったネ。ハクア、白紙大典、エウィン、アゲハ。コこからハ、楽しい楽しい第二幕の始まりダ! 実に愉快!」

「うっさいわね。その、ジツニユカイって言い回し、気持ち悪いから止めてくれない? と言うかさっさと帰れ」

「ハクアは本当に短気だよネ。ワタシ達の仲じゃないカ」

「ふざけないで。手を組んだことはあっても、仲良しごっこなんて皆無でしょうに。はぁ、夕食の準備するから、あんた達はゆっくりしてて。二人も増えたから、色々考えないと……」


 迷いの森に隠された、誰にも知られていない集落。

 導かれるように、エウィンとアゲハは足を踏み入れてしまった。

 こうなることは必然であり、タイミングだけが不確定だった。

 ここは魔女が生き延びるための安息地。長い年月が過ぎ去り今に至るも、彼女らは子々孫々と生き延びている。

 里を束ね、守り続ける女の名前はハクア。彼女もまた魔女であり、この世界の真実を知る数少ない一人だ。

 エウィンはついに出会った。

 正しくは、ハクアとオーディエンはついに見つけ出した。

 抗える、唯一の可能性。

 それこそがこの少年だと、世界は既に見抜いている。

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