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第四十七話 小さな勇気を

 坂口あげはは日本人だ。

 地球が故郷であり、日本で生まれ、二十三歳の若さで命を落とした。

 死因は焼死。アパートの一室で炎に包まれ、瞬く間に燃え尽きてしまう。

 父親については、顔も名前も知らない。知らされていないのだから当然だ。

 母親の名前は坂口可奈子。働きながらも女手一つで娘を育てた。

 この親子は似ているようで、そうではない。

 娘は無口だが、母は口達者。

 娘は不愛想だが、母は社会人らしく立ち振る舞える。

 似ている点を挙げるなら、胸の大きさが筆頭か。

 もっとも、そのせいでアゲハは内向的な性格を強めてしまう。異性から向けられる視線に恐怖心を抱いたためだ。

 しかし、怯えながらも学校に通うことは出来た。

 今のように他者そのものに怯えるきっかけは、大学生時代の就職活動に起因する。

 不幸にも圧迫面接に遭遇した結果、アゲハの繊細な心は完全に壊されてしまった。

 それがきっかけで彼女は大学を中退、その後は実家に戻らずそのままアパートで引きこもる。

 母からの仕送りが継続したからこその暴挙と言えよう。

 二十一歳からそのような生活を続けるも、ある日突然、叫ぶ間もなく焼かれてしまった。

 そこで彼女の人生は終わるはずだった。

 しかし、神は見放さない。

 その命は別世界で再構築された。

 ウルフィエナと呼ばれるここは、彼女にとっては未知の世界だ。魔物が跋扈しており、魔法や戦技といった神秘が平然と使われる。

 もしも救いがあるのなら、言葉が通じることと、その少年と出会えたことか。

 十八歳の若者であり、貧困街に住み着く浮浪者であり、その日暮らしの未熟な傭兵。

 彼の名前はエウィン・ナービス。

 イダンリネア王国の片隅で、二人は出会った。

 ゆえに、ここからは二人三脚だ。

 肩を並べて、自由に歩みを進めれば良い。

 立ちはだかる魔物を退けながら。

 時には金を稼ぎながら。

 もはや、一人っきりではない。

 あの時から、彼らは二人組だ。

 孤独と決別し、今は前だけを向いて進む。

 そのための力は与えられた。

 知恵と勇気は後からでも構わない。

 強さと弱さを内包させながら、今日もイダンリネア王国を飛び出した。

 目的地は北西のアダラマ森林。依頼達成のため、その地の魔物を狩らなければならない。

 黒いフルフェイスのヘルムを勝ち割るように、巨大な刃が振り下ろされる。

 緑あふれる大地であろうと、両者が出会えば戦場だ。

 もう一体の小鬼もまた、その命をあっけなく散らす。

 魔法の詠唱すら間に合わせない、圧倒的な速度。間合いを詰め、黒いローブを貫くように拳を打ち込めば、本日のノルマは達成だ。

 数分後、彼らは小河との遭遇を言い訳にそれぞれのやり方で一息つく。


「まぁ、余裕だったねー」


 樹木が生い茂る森の中、そこには三人しか見当たらない。

 そう、二人ではなく三人だ。

 部外者ではないのだが、もう一人がこの遠征に同行している。

 魔眼を宿した彼女の名前はエルディア・リンゼー。長身に見合う大剣を携えており、今はロングスカートをわずかに持ち上げながら素足で川の中を歩いている。

 余裕だった。そう言い切れた理由は、事実そうだったからだ。

 この発言を受け、エウィンが手元の地図から視線を上げる。


「ゴブリン十五体の討伐。苦戦はしないと思ってましたけど、こんなにあっさり終わるとは……。だって、まだ昼前ですよ? も、もしかして、僕ってすごいんじゃ? なんちゃって」


 はにかむ表情は子供のそれだ。

 自分で言っておきながら照れているのだが、この傭兵が本物であることをエルディアは見抜いている。


「やっぱり、その天技って便利だねー。こういった森ならなおさら。うん、わかってはいたけど、改めてそう思うわ」

「まぁ、自画自賛ながらもその通りなんでしょうね。マリアーヌ段丘でウサギを探す時ですら役立ってましたし、こうも視認性が悪い場所だと、一層際立つと言うか」


 この少年は普通ではない。

 天技と呼ばれる、魔法とも戦技とも異なる神秘を会得している。

 非常に稀なこれは言うなれば一点物の能力であり、エウィンの場合、周囲の魔物を視認せずとも認識可能だ。

 ゆえに、森の中でも不自由なく魔物を探せてしまう。

 今回の獲物はゴブリン。なかなかに手ごわい連中だ。

 そのシルエットは人間と大差なく、背丈は子供のように低い。体毛の類は生やしておらず、そもそも肌自体を露出させない。

 フルプレートの鎧を着こむ個体。

 布を被り、ローブをまとう個体。

 大まかにはこのどちらかか。

 人間を襲う理由は魔物だからなのだが、付け加えるのなら傭兵や軍人の武器防具を奪うことも目的の一つだ。

 知能を持ち合わせており、魔物でありながら人間のように子を産み、育てる。

 時には巨人族とも足並みを揃えることがあるため、イダンリネア王国はゴブリンの動向にも目を光らせなければならない。


「なんかさー、私の聞いた話だと、ここ最近ゴブリン増えてるらしいよ? この討伐依頼もそういうことなのかもねー」


 そう言いながらも、エルディアからは危機感が一切感じられない。パチャパチャと足で水を蹴っており、両手剣を担いでいなければ水遊びに戯れる美麗の女性だ。

 ゴブリンは侮れない魔物ながらも、彼女の実力ならば問題ない。つまりはそういうことか。


「へー。巨人族の騒動が落ち着いたと思ったら、今度はゴブリンですか。いやはや、落ち着かないことで。おかげで仕事にありつけてますけど……」

「だねー。ジレット監視哨の再建で傭兵も駆り出されてるから、こういう依頼をコツコツこなすだけでも稼げそうね」


 ここはアダラマ森林の真ん中ゆえ、人影は彼ら以外見当たらない。

 もしもゴブリンがいるのならそれらもカウント出来るのだが、傭兵が三人もいる以上、あっという間に狩られるだろう。

 話し声が止めば、怖いほどに静寂だ。柔らかな風が木々の枝や葉を揺らすも、騒音とはほど遠いため、彼らの声はどこまでも響く。


「住み込みでやってるみたいですね。儲かるなら僕も申し込もうと思ってたのに、事情聴取から開放された時にはもう締め切られてました」

「私もー。ああいうのってたいして儲からないらしいけど、普段とは違うことが出来るから人気らしいよ? あそこが復興したらジレット大森林も開放されるし、傭兵と軍人、急げば急ぐだけウィンウィンって感じなんだろうねー」


 エルディアの言う通りだ。

 壊滅したジレット監視哨の先には、巨大な森林地帯が広がっている。そこに巣食う魔物は侮れないのだが、その牙は様々な用途に用いられるため、それで生計を立てる傭兵は少なくない。

 草と樹木と大地の匂いを肺一杯に吸い込みながら、エウィンは静かに周囲を見渡す。


「建物が完成したら、また軍隊が派遣されるんですか?」

「そりゃあそうでしょー。なーんか、今後は部隊を二個、常駐させる方針らしいよ? 手厚いことで」


 王国が警戒度を高めた証拠だ。

 軍事基地が破壊されたことは過去に何度もあったことゆえ、浮足立つようなことはない。

 ただただ冷静に、対策を講じる。

 今回の場合、帰国した生存者から情報を引き出し、その上で方針を決定した。

 当面の脅威は退けられたと判断、ゆえにジレット監視哨の再建を最優先とする。

 その立役者がここにいるのだが、金を稼がなければ生きていけないため、傭兵らしく遠征中だ。

 当初の予定よりも早く獲物を狩り終えてしまったため、話し合いも兼ねて休憩を提案した。

 自分達は問題ないのだが、アゲハが同行している以上、彼女のコンディションを無視してはならない。

 朝一番に王国を出発、マリアーヌ段丘を一時間足らずで走り抜けた。

 勢いそのままにアダラマ森林を北へ進み、見つけた順にゴブリンを討伐。

 ノルマは十五体。

 そして、その数は既に倒し終えてしまった。

 順調過ぎる成果だ。今はまだ十二時ですらない。

 そうであろうとアゲハが走り続けたことに変わりなく、だからこそ、適度な休憩は必要だ。

 彼女は傭兵の端くれながらも、その身体能力はエウィンとエルディアにはほど遠い。

 もしもこの状態で地球に帰還出来たのなら、オリンピックの世界記録をいくつも塗り替えられるだろう。

 しかし、ここはウルフィエナ。上には上がいるのだから、さらなる精進が必要だ。


(ふぅ、ついていくだけで、やっと……。二人共、本当に、すごいな……)


 灰色のリネンチュニックが汚れることなどお構いなしに、アゲハは大地に臀部をつけて座り込む。両膝を抱えるように背を丸めており、額の汗は疲労の証だ。

 比較対象が異常なだけゆえ、本来ならば落ち込む必要などない。

 しかし、そんな彼らと行動を共にしている以上、比較したらするだけ自身が惨めに思えてしまう。


(わたしも、いっぱい、走れるようには、なったけど……。もっと速く、なりたいな)


 現時点でも、地球人という枠組みならば世界一だ。他者ではなく過去の自分と比べれば、見違えるような上達だろう。

 そうであろうと、エウィン達は全力とは程遠い速さで走っている。加減しなければ、アゲハが一瞬で背後からいなくなるためだ。

 足を引っ張っている。

 そう自覚してしまったら最後、自責の念からは逃れられない。


(焦らなくていいって、エウィンさんは、言ってくれてる、けど……。焦っちゃう。焦りたくも、なる)


 日本で暮らしていた頃は抱けなかった感情だ。

 過去も自身を攻め続けていたことは事実だ。

 うじうじと思い悩み、フレストレーションを溜め込むだけだった。

 しかし、今は微妙に異なる。

 向上心に裏付けされた苛立ちに近いだろうか。

 さらには、依存にも等しい恋愛感情が内包されており、だからこそ、彼女は戸惑わずにはいられない。

 見せつけるように、笑顔で話し込むエウィンとエルディア。

 議題は実に傭兵らしい。


「この後どうしよっかー。寄り道でもする?」

「昼食を食べてから考えればいいのでは?」

「なーんか欲求不満なのよねー。そうだ、後で手合わせしてよ」

「欲求不満って……。あ、魔眼使わないで!」

「びかー」

「ぐわー!」


 話しの内容はどうあれ、二人だけで盛り上がっている。

 アゲハが蚊帳の外であることは変わりなく、もっとも、それは彼女自身の問題だ。

 話しかけられたら、返答する。

 たったそれだけのことで、アゲハはエルディアとも親交を深められた。

 しかし、それが出来ない。

 ただただ怖い。

 なぜなら、この日本人は病的なまでに臆病だ。

 ゆえに、気さくなこの魔女すらも拒絶してしまった。

 怯えるように避けられてしまっては、さすがのエルディアも態度を改めるしかない。

 無視ではないのだが、距離を詰めず、そして話しかけない。

 もっとも、アゲハとしてもエウィンを介することで間接的には意思疎通が可能だ。

 難聴ではないのだから、話を聞くことも問題なく出来ている。

 異世界に転生しようと、彼女の人間不信は解消されていない。

 三年間の引きこもり生活では、トラウマを払拭するには至らなかった。

 不甲斐なさに押しつぶされながら、アゲハは二人から小河の方へ視線を動かす。


(体力が、少しついても、わたしは、わたし。根暗で、うじうじしてる、弱虫なわたし……)


 二十三歳は成人だ。

 そうであろうと、心が年相応か否かは人それぞれだろう。

 彼女の場合、学生気分が抜けていない。社会人としての経験がないのだから当然と言えば当然か。

 それが悪いわけでもない。

 ここから成長すれば良いのだから、今の立ち位置をスタート地点だと定め、前を向けば良い。

 しかし、それが困難だ。

 一歩が踏み出せない。他者が恐ろしく、自分の殻に閉じこもることでしか心を守る術を知らない。

 つまりは八方塞がりなのだが、幸か不幸かアゲハはそれを自覚出来ている。


(エウィンさんさえ、いてくれれば、それだけで、十分。だけど、このままだと……)


 不安だ。

 なぜなら、楽しそうな話し声は一向に止まない。


「十五体を探して倒すのに、えっと、二時間程度しかかかってないのかな? こんなに早く終わるのなら、エルディアさんとアゲハさんの分も依頼を受けておけば良かったですね」

「まぁ、仕方ないよー。私にだって読めなかったし。多分あれだ、傭兵組合が焦るくらいにはゴブリンがわんさか増えてそうねー」

「普段だったらこうもいかない、と」

「そゆことー。増えてるっていうよりは、西の方からこっち方面に集結してるってことらしいけど」

「それって何をしに?」

「さぁ? そんなことよりさっきの続き。マリアーヌ段丘まで戻れたら、私と手合わせしてよ?」


 エウィンとエルディアが向かい合って立ち話に興じている。傭兵らしい議題ながらも、仲睦まじいことに変わりない。

 対してアゲハだけが部外者のように座り込んでいる。構図としては仲間外れでしかないのだが、この状況は彼女の態度が作り出してしまった。

 意気投合する二人を盗み見ながら。

 先端だけが青い黒髪を握りながら。

 アゲハはこのタイミングで違和感に気づく。


(なんだろう、これ……。息苦しい? 胸が、ムカムカ、する。ただの疲労じゃ、ない?)


 大きな胸が締め付けられる。

 着ているローブがきついからではない。

 痛みの発生個所は内側であり、二十三年の人生において初めて経験する感覚だ。

 同時に、苛立ってしまう。


(苦手だけど、嫌いじゃない、と思う。あの人は、イイヒト)


 エルディアは社交的かつ裏表のない女性だ。

 魔眼を宿す魔女でありながら、元々はイダンリネア王国の傭兵であり、その出自は歴史上、類を見ない。

 年齢は二十五歳ゆえ、エウィンやアゲハよりも幾分年長だ。

 しかし、それを感じさせない理由は、言動が柔らかいためか。他者の懐にひょいと入り込むような距離感の持ち主であり、長身でありながらそれをやってのけるのだから、アゲハとは似ても似つかない大人と言えよう。

 見習うべきか?

 教材の一つに留めるべきか?

 どちらであろうと、この魔女からは教わるべきことが多数ある。

 それをわかっていながらも、アゲハは口を真一文字に閉じることしか出来ない。


(性格は、明るくて、すごく強い。わたしは、弱くて、まともに戦えない……)


 本来は比較すべきではない。二人の立ち位置はまるで異なるのだから、非生産的な思考だ。

 ましてや、アゲハにはアゲハだけの特技がある。

 触れるだけで傷を癒せる異能。

 触れるだけで対象を燃やし尽くせる異能。

 どちらの彼女だけの天技であり、この世界にも回復魔法と火の攻撃魔法という代替手段はあるのだが、両方を持ち合わせている人間は早々に見つからない。

 ゆえに誇るべきなのだが、彼女の陰湿な性格がそれを許さない。


(背が高いし、美人さんだし、スタイルも、いいし……。わたしじゃ、何一つ……。このままじゃ……)


 エウィンを取られてしまう。

 そう気づかされた瞬間だった。

 単なる思い込みであろうと、体が突き動かされたのだから、意志の弱さとは無関係に立ち上がれた。

 そして、彼女は歩き出す。

 ここからは己の意志で、進まなければならない。

 その先では、男女が恋人のようにじゃれ合っている。実際にはそうではないのだが、見せつけるような絡み合いだ。


「おねえさんと戦ってよー」

「わかりましたって。イタタタタ、ヘッドロックしないでください」


 模擬戦を渋るエウィンと、実力行使で了承させたいエルディア。

 構図としてはそれ以上でもそれ以下でもないのだが、少年が顔をしかめながらも首を縦に振ったタイミングで、二人は接近する彼女に気がつく。


「わ、わたしも、戦って、みたい……」


 震えるように。

 振り絞るように。

 アゲハが自己主張に踏み切った瞬間だ。

 彼女がそう欲した理由は一重に、エウィンの隣に立っていたいからだ。

 付け加えるのなら、今よりも強くなりたいとも思っており、だからこそ研鑚の一環で手合わせを願い出た。

 さらには、部外者のような立ち位置を変えたいとも考えており、そのための一歩が話しかけることだった。

 か細い声量ながらも、その意志が本物であるとわかったことと、何より無口なアゲハからの声掛けが、エウィンとエルディアを心底驚かせる。

 しかし、我に返るのも一瞬だった。


「おっけー。んじゃ、先ずはおねえさんと戦ってみるー?」

「ちょ、エルディアさん……」


 魔女がニカっと笑顔を浮かべる一方、少年はたじろぐことしか出来ない。

 当然だ。エルディアが少しでも本気を出せば、アゲハを殺すことなど造作もない。

 殴る。

 蹴る。

 掴んで握り潰す。

 あらゆる手段でこの日本人を肉片に変えられる。

 それをわかっているからこそ、エウィンは開いた口が塞がらない。


「だいじょぶ! ちゃーんと手加減するから!」

「ほ、本当に気を付けてくださいよ……」


 エルディアが茶髪を揺らしながら満面の笑顔で歯を見せる。

 その表情に偽りはないのだが、エウィンの不安は解消されない。

 そうであろうと、彼女の意志は尊重すべきだ。

 それをわかっているからこそ、魔眼はアゲハに向けられる。


「ここは木が多くて戦いにくいから、お昼ご飯食べて、マリアーヌ段丘まで戻れたら、そこで手合わせするってことでいいかな?」

「う、うん。あ、はい、それで……」


 交渉成立だ。

 そして、二人が初めて言葉を交わした瞬間でもある。

 そうであろうと、エウィンは不安で仕方ない。


(うう、どうしてこうなった……。エルディアさんが変なこと言い出すから、アゲハさんが触発されちゃったのか? 厄介なことになっちゃったなぁ)


 殺し合いでもなければ、喧嘩ですらない。

 暇潰しを兼ねた模擬戦でしかないのだから、本来ならば心配は杞憂だ。

 そのはずなのだが、この少年は棒立ちのまま立ち尽くしてしまう。

 一方、女性二人は大盛り上がりだ。


「こう見えて、若者の育成は得意なのだ! 本当なのだ!」

「お、お願い、します」


 胸を張るエルディアとは対照的に、アゲハは縮こまるように背を丸めている。不思議な光景ながらも、二人が向かい合っているという事実は疑いようがない。

 エウィンは彼女達を見比べながら、釘を刺さずにはいられない。


「絶対に本気出さないでくださいね……」

「わかってるーって。野良猫を撫でるようにかわいがってあげる」


 わかりきっている忠告に対し、魔女が両手をワキワキを開閉させながら笑みを浮かべる。

 実力差は歴然だ。

 赤ん坊と成人男性。

 アリとゾウ。

 そういった例えを用いるまでもなく、二人の身体能力はかけ離れている。

 それを理解しているからこそ、エウィンは眉間にしわを寄せるのだが、対照的にエルディアのテンションは高まる一方だ。


「素手にする? 武器使っちゃう⁉」

「声でか……。アゲハさん、嫌なら嫌って言っていいんですからね。僕はあっちで魚でも探してます……」

「う、うん……」


 つまりは、付き合いきれない。

 匙を投げた以上、少年はトボトボと歩き出す。

 ここはアダラマ森林の中心。森を東西に分割するような形で河川が存在しており、エウィンは不貞腐れるように歩みを進める。


(変なことになっちゃったなぁ。あ、でも、僕の勘違いだったのか。二人共、仲良さそうで安心した。だからと言って手合わせには賛成出来ないけど……。それでも、本人がそう言い出したから、なるようにしかならないか。アゲハさん、きっと疲れてるはずなのに……。僕が思ってる以上に体力ついてきたのかな?)


 傭兵は力仕事だ。

 目的地まで何時間も走り続け、その後は獲物を探さなければならない。

 そして、殺し合う。

 勝てたら帰国後、金を得る。

 負けたらそこで人生は終わり。

 過酷な職業だ。

 おおよそ理不尽な働き方だ。

 それでも希望者が後を絶たない理由は、魅力的に見えてしまうためか。

 もしくは、自由だからか。

 その自由が命を担保に得られていると気づいた時には、手遅れなのだろう。

 そうであろうと、彼らはその生き方を選んだ。

 エウィンとエルディアもその内の一人でしかない。

 坂口あげは。彼女もついに歩き出した。

 日本人の感性ならば、その行いはただの蛮行だ。

 それでも、魔物を狩ることで生計を立てる。この世界においては自然な行為であり、身を守るためにも戦うしかない。

 殺すか、殺されるか。

 人間と魔物はそのような間柄ゆえ、訝しむ者は極少数だ。

 神はそのように世界を創造した。

 つまりは自然の摂理であり、人間はその一部でしかない。

 そう、これは当たり前な理だ。

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