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第四十二話 隻腕の巨人

 イダンリネア王国の歴史は、巨人族との戦争そのものと言っても過言ではない。

 初めての接触は、光流暦が採用される前まで遡る。

 つまりは建国すらされていないタイミングであり、当時の人間は防戦すらままならないほどに敗北を重ねていた。

 体格差は、実に二倍。腕は丸太のように太く、その腕力ならば人間を壊すことなど造作もない。

 巨人族は知能を持った魔物であり、各地に要塞を設け、王国軍との戦争に備えている。

 巨人達の本拠地は未だ明らかにはなっていない。

 大陸の遥か西にあるのだろうと考えられており、王国としても調査に出向きたいところだが、極寒の氷雪地帯がそれを阻む。

 なぜなら、その地は傭兵や軍人さえも凍死させてしまう。

 しかし、巨人族は例外だ。巨体ゆえに寒さに強く、減った頭数を補充するように新たな個体が東側に進出する。

 また、人間同様に子を産み、育て、戦士として鍛えることから、どちらかが滅びるまで争いは終わらない。

 言うなれば、この世界の縮図だ。

 人間が掃討されるのか?

 未来永劫、足掻き続けるのか?

 残念ながら、異種同志で手を取り合うことは不可能だ。魔物には、そのような選択肢が与えられていない。

 ゆえに、人間は抗い続ける。

 生き延びるためにも。

 他者を守るためにも。


「よし、先ずは一つ。しかし、な……」


 青空の下、大男が静かに唸る。

 焦げ茶色の軍服は先制防衛軍用の支給品だ。

 青髪は長く、その顔立ちは苦労を重ねた二枚目と言えよう。

 マーク・トュール。加勢のおかげで魔女を退けたが、炎の魔物と巨人族が現れた以上、さらなるストレスに気が気でない。

 オーディエンがセッティングした舞台は、エウィンと魔物のタイマン勝負。

 その一戦目は傭兵があっさりと勝利するも、マークはその巨人に眉をひそめてしまう。

 一方で、隣の魔女はあっけらかんと意見を述べる。


「あ、次は片腕なんだねー。私もあんなのと戦ったことあったなー、死にかけたけど。それはされておき、マークさん、あれってここが封鎖されてた理由の一つじゃなかったっけ?」


 彼女の見た目はまさしく傭兵だ。

 灰色の胸部アーマーと両腕の腕甲、背負っている大剣はその全てがスチール製。

 茶色い髪は顎下まで垂れており、毛先が内側へ向かっている。

 エルディア・リンゼー。ロングスカートを好んで履く理由は、太い脚にコンプレックスを感じているためか。

 彼女の問いかけに対し、軍人は静かに答える。


「あぁ、間違いない。あいつとは何度か戦った……が、第四先制部隊の戦力では追い払うのがやっとだったな」

「右腕はマークさんが斬ったの?」

「いや、オレがここに来た時には無かったな。悪いが詳細は知らん。知らんが、丁度良い、そいつに訊いてみたらどうだ?」


 マークの提案を受け、エルディアも視線の向きを変える。

 二人が見つめる先には、裸のような女性がふわふわと地上すれすれで浮いており、当然ながら痴女でもなければ人間でもない。

 赤い髪は頭髪ではなく真っ赤な炎。

 胴体も火球そのものゆえ、その顔が人間の女性であろうと、これは正真正銘の魔物だ。

 オーディエン。人間同士の殺し合いが終わった直後、タイミングを見計らったように現れた。エウィンに運命めいた何かを感じており、自身の衝動を抑えられなかった結果、このタイミングで姿を現した。


「ヘカトンケイレスのギュゲス、アイツが右腕を握り潰しタ」

「なぜだ? 仲間割れか?」


 犯人が判明するも、マークは髪を揺らしながら首を傾げる。

 オーディエンの発言が本当ならば、赤黒い巨人の仕業らしい。

 にわかには信じ難い証言だ。そうする理由が思いつかない以上、軍人は食いつかずにはいられなかった。


「単純明快な理由だヨ。巨人族の群れを従えるためにハ、一番強い奴を屈服させればイイ。アレは群れのボスで、ギュゲスはさらに強かっタ。ネ? 簡単でショ?」

「ふーん。勢い余って右腕をもいじゃったって感じなのね。ところでさー」

「ナにかナ?」


 もたらされた解答には納得したが、エルディアは最大の謎に踏み込む。


「ヘカトンケイレスって、結局のところ何なの?」

「知りたいかイ?」

「ぶっちゃけ検討はついてるんだけどねー。最初は巨人族の特異個体だと思ったけど、あんたの口ぶりからして違うみたいだし」

「ウん、違ウ」


 巨人族の肌は薄緑色だ。色褪せた草色とも言えよう。

 一方で、遠方の群れには赤黒い個体が紛れ込んでおり、オーディエンはそれをヘカトンケイレスと呼んだ。

 肌の色が異なる以外は瓜二つながらも、その一体は巨人族とは別種らしい。

 ゆえに、エルディアは過去の経験から言い当てる。


「だったらあれだ、デーモンと同じなんでしょ?」

「スごいすごイ、ヨくわかったネ。正解だヨ。ア、ソっか、アの時キミもいたんだっケ?」

「そゆこと。スッキリしたところでエウィン君の応援に集中しようかな」


 言い終えるや否や、彼女は笑みを浮かべる。オーディエンとは過去にも会ったことがあり、だからこそ、答え合わせはあっさりと済んでしまう。

 しかし、ここには軍人が居合わせている。

 正しくはアゲハや他の魔女もいるのだが、マークは慌てた様子で問わずにはいられなかった。


「デーモンだと? どういうことだ?」

「生きて帰れたらねー。どうせ報告には私も立ち会うだろうし。さて、と……。エウィン君、がんばれー! そいつきっと強いよー!」

「ふむ、どの道帰国してから……か」


 デーモンという単語には心当たりがあるのだが、男は静かに口を閉じる。遅かれ早かれ知ることになるのなら、彼女の言う通り、今すべきことは見守ることだ。

 王国を代表するように、エウィンが戦場にポツンと立っている。背後には巨人が横たわっており、巨体はピクリとも動かない。

 柔らかな風に吹かれながら、少年は刃が折れたスチールソードを構えつつも一人静かに思考を巡らせる。


(巨人族、思ってたほどじゃ……、とか考えてると足をすくわれそうだな。次はあいつ……、五体満足な巨人がいっぱい控えてるのに、なんで左腕だけの奴が? 片腕っていうデメリットが帳消しになるくらい強いってことなんだろうけど)


 エウィン・ナービス。十八歳の若き傭兵。

 彼の生涯は前半と後半で大きく変わる。

 六歳まではルルーブ港で何不自由なく過ごすも、父と漁船が同時に燃えたことで運命が狂ってしまう。

 なぜなら、乗組員も全員が亡くなったことから、遺族は八つ当たりのようにナービス家を責めたてた。

 その結果、母と子は逃げ出すように故郷を去る。

 その矢先だった。

 逃走中の親子の前に、ゴブリンが立ちはだかる。

 母が身を挺して庇わなければ、クロスボウの矢は命を二つ奪っていただろう。

 唯一生き延びてしまった子供は、単身でイダンリネア王国にたどり着くも、そこで待っていたのは地獄のような日々だった。

 身寄りのない六歳は浮浪者として廃墟に隠れ住む。

 飢えに苦しみながらも導き出した方針こそが、傭兵として魔物を狩ることだった。

 七歳で傭兵試験に合格、それからの十一年間はひたすらに草原ウサギだけを狩り続けた。

 正しくは、それしか狩れなかった。この世界の摂理に相反するように、エウィンは成長することが出来なかったからだ。

 そうであろうと、ここはジレット監視哨とジレット大森林の境目。

 そして、時間は進み、光流暦千十八年。

 非力だった子供は、もういない。

 アゲハと出会えたことで何かが変わった。

 決して振り向かずに、前だけを見据えていられる。

 ドシドシと歩く隻腕の巨人。その足取りはひたすらに力強く、まるで人間を踏み潰すために歩いているようだ。


(殺気もやる気もビンビンなところ申し訳ないけど、僕にとっての本番は次のあいつだ。こいつはこいつで侮れないと思うけど、今の僕なら……)


 己を鼓舞して、傭兵は一歩を踏み出す。対戦相手の到来を待っていても良いのだが、逸る気持ちが足を動かした。

 この状況は、本来ならばセオリーに反する。

 巨人族と戦う際は、傭兵であろうと軍人であろうと、基本的には三人がかりで挑むべきだ。

 この魔物はそれほどに手強く、一対一を仕掛ける者は愚か者か強者のどちらかだろう。

 残念ながら、見世物を兼ねたこの殺し合いは、オーディエンによって仕組まれてしまった。

 弱者は従うしかない。舞台から降りようものなら、人質が順に殺されてしまう。

 アゲハも。

 マークも。

 アゲハも。

 リリ、ミイト、モルカカも。

 誰一人として見逃してはもらえない。

 今のエウィンでは決して守れないほどの力量差だ。炎の化け物はそれほどに強く、エウィンは大人しく巨人族と戦う。

 もっとも、条件としては悪くない。

 現れた巨躯は全部で二十一。

 しかし、それら全てを倒す必要はなく、指名された三体を順番に倒すだけで良い。

 既に一体目は撃破済みだ。後方の巨人はうつ伏せに倒れており、二度と立ち上がることはない。

 ここからは第二ラウンドだ。

 人間と巨人はそれぞれのペースで歩み寄る。

 剣を握る傭兵と隻腕の巨人。

 挨拶もなければ名乗りもしない。

 客席から観戦する者がいる以上、ここは戦場だ。

 舞台の上で演じるように、彼らは殺し合う。


「ゴオォォ!」

「くっ⁉ 想像以上の!」


 巨人が吠える。

 エウィンが体をこわばらせながらも武器を構える。

 既に手が届くほどの距離ゆえ、これ以上の前進は不要だ。

 一試合目と異なり、オーディエンからの合図はないが、当事者達は十分な殺気を溢れさせている。

 ゆえに、戦闘は咆哮と共に始まっていた。

 同時に、エウィンは思い知る。

 先ほどの巨人とは明らかに格が違う、と。

 一体目の個体を蔑むつもりなどない。今まで戦ってきた魔物と比較した場合、文句なしの強敵だった。

 それでもなお、眼前の次鋒と相まみえた今となっては、捨て駒としか思えない。

 オーディエンが三試合も組んだ理由を意地の悪さから来る嫌がらせの類だと予想していたが、そうでないとこのタイミングで理解する。

 これは試験だ。

 難易度の低い相手から始まり、勝利と共に次のステップへ。

 集団の中で最も弱い巨人を倒すことは出来た。

 ならば、次の相手は?

 本来ならばその次の実力者が選出されるべきだが、それでは二十戦近くもこなさなければならない。

 オーディエンもそこまで我慢強くはなかった。

 群れの最弱を倒せたのなら、次はリーダー格をぶつける。

 飛躍し過ぎだろうと、後に控えている赤い巨人はそれ以上の存在ゆえ、オーディエンとしてもこれ以外の案は思い浮かばない。

 多数の眼差しが向けられる中、巨人は唯一残った左腕を、振り下ろすように直進させる。身長差があるため、ただ殴るだけでもそのような入射角になってしまう。

 エウィンの対応はシンプルだ。拳と呼ぶにはあまりに大きなそれを、先ほど同様に真正面から受け止める。右手がスチールソードを握っていることから、左腕を盾のように構えてせき止める算段だ。

 次の瞬間、両者は知ることとなる。


「うあ⁉」

「ガ、ウゥ」


 驚嘆という意味では共通だ。

 エウィンは踏みとどまることが出来ず、一戦目の敗者を追い越すほどに吹き飛ばされる。転倒は免れたが、その腕力には屈してしまった。

 隻腕の巨人については、その場から動いていない。

 しかしながら、脆いはずの人間を砕けなかったため、握り拳と遠ざかった獲物を交互に見つめてしまう。

 この魔物は全力だ。部下があっさりと敗れたことからも、エウィンがただ者ではないと見抜いている。

 ましてや、この人間はオーディエンが用意した逸材だ。弱者でないことは、戦う前からわかっていた。

 それでもなお、驚かずにはいられない。

 巨人族の腕力は、樹木の幹をへし折れてしまう。太い腕は筋肉の塊であり、見掛け倒しではないと当人達はわかっている。

 だからこそ、威風堂々と殴りかかった。

 この地を何度も訪れ、その度に部下が手を焼く軍人達を屠ってきた以上、経験に裏付けられた自信だった。

 唯一の敗北は、同胞のようでそうではないヘカトンケイレスとの一騎打ちくらいか。

 少なくとも、人間相手に後れを取ったことなどない。

 部下が一定数倒されたタイミングでその都度撤退したが、それもまたオーディエンの指示ゆえ、不平不満を述べながらも大人しく従った。

 そして、今日に至る。

 隻腕の巨人は完全に理解した。

 眼前の人間こそが真の敵だ、と。

 オーディエンが人間と肩を並べて観戦していることも。

 肌の色が異なる同胞が、自分達の前に現れたことも。

 奇妙ではあるが、もはや気にも留めない。

 それよりも今は、没頭する。

 一対一というシチュエーションを用意してもらえたのだから、本能をむき出しにしてこの強者と戦いたいに決まっている。

 巨人が興奮の余り吠える一方、エウィンはあくまでも冷静だ。


(こんなの喰らったら、アゲハさんだったらひき肉になっちゃうぞ。侮れないな、巨人族……。僕の左腕、痺れてるけど問題ない)


 打撃の衝撃をせき止めきれず、随分と押し返されてしまった。

 しかし、それだけのことだ。殴られた部位に痛みは感じておらず、少年は二本の足で立てている。


(パワーもスピードもさっきのとは全然違う。だけど……)


 同じ巨人族であろうと、先ほどの個体と今回の敵は全くの別種だ。

 隻腕ということではなく、実力に明らかな開きがある。

 そういう意味でも、巨人族と人間は近いのだろう。

 試験に受かったばかりの傭兵と、最前線で金を稼ぐ傭兵。その差はいかんともしがたい。

 習得している魔法や戦技の数。

 武器防具のランク。

 戦闘経験の差から生じる、判断の質。

 何より、肉体の強度が文字通り桁違いだ。

 例として、アゲハが自動車に轢かれた場合、軽傷では済まない。速度次第では即死もありえる。

 しかし、エウィンなら耐えられるだろう。ぶつかってきた相手がトラックやバスだとしても、鼻血程度で済むかもしれない。

 もしくは、無傷か。矢で射られても痛くも痒くもないのだから、その皮膚は鉄板以上の強度だ。

 本来ならば、ありえない。

 そのような生物が存在することなど、あってはしない。

 しかし、ここは地球ではなく、ウルフィエナ。アゲハが転生を果たした、異なる世界。

 たかが人間であろうと研さんを積めば、そしてその資格があれば、枠組みから外れることが出来てしまう。

 その内の一人が、この少年だ。


(僕が守るんだ)


 左腕をグルグルと動かしながら、対戦相手の元へ歩き始める。

 体はどこも痛まない。

 歩くことも、走ることさえ可能だ。

 そうであると見せつけるように、エウィンが急加速する。

 その場に残ったものは砂埃だけ。

 それを発生させた張本人は、既に巨人の懐へ潜り込んでいた。

 その瞬間、両者の視線が交わる。

 見上げる傭兵。

 見下ろす巨人。

 この時間は一瞬だ。どちらもやるべき行為が明白な以上、競うように次の動作へ移行する。

 道端の石ころを蹴とばすように、草色の足がエウィンへ迫る。右腕を失っていようとそれ以外は健在ゆえ、蹴ること自体は造作もない。

 巨大なその足を、傭兵は右方向へのステップでやり過ごす。

 そして、ここからはエウィンの時間だ。

 巨人は右足を振り抜いた直後ゆえ、左足だけで立っている。回避はおろか体勢を立て直すことさえ不可能だ。

 ゆえに、エウィンの目論見は成就する。

 眼前には、丸太のような左腕。猶予を与えてしまったら最後、その手に掴まれ、握り潰されてしまう。

 しかし、そうはならない。

 そうなる前に、その腕を斬り落とすからだ。

 刃が半分だけのスチールソードを、下から上へ振り上げる。

 その結果、薄緑色の皮膚を切り裂くことに成功するも、腕は未だに繋がったままだ。

 ならば、間髪入れずに追撃する。

 片手剣の柄を握り直すと、上から下へ叩きつけるような斬撃。

 手応え自体は申し分なかったのだが、エウィンは避難するように一歩、二歩と後退する。


(斬れ……ないか)


 刃が元の長さならば、目的は果たせていた。巨人の左腕はかろうじて切断を免れており、あふれ出る鮮血がその肌と大地を赤く染めている。

 少年は眉間にしわを寄せるも、実際には何ら問題ない。

 なぜなら、対戦相手は右腕に続き、左腕の機能も奪われた。物理的には残っているのだが、二つの切れ込みは決して浅くなく、四本の指を動かすことすらままならない。

 これが殺し合いではなければ。

 ここに審判が居合わせていたのなら。

 第二ラウンドは終わっていたのだろう。

 しかし、これは命の奪い合いだ。両者共にそれをわかっているからこそ、闘志をかき消したりはしない。

 もっとも、誰が見ても格付けは完了した。

 五体満足な上、既に武器を構え直したエウィン。

 出血を止める術すらなく、険しい表情をさらに歪ませる巨人。

 本来ならば、オーディエンが割って入り決着を告げるべきだ。そうしない理由は、この死闘を楽しんでいるからか。

 邪魔が入らない以上、彼らは静かに睨み合う。

 両腕を失ったことから、残された攻撃手段は体当たりや蹴りくらいだろう。

 エウィンはそう予想すると、腰をわずかに落とす。巨人の動作が鈍ったことから、とどめを刺すつもりだ。

 走る必要がないほどには、両者の距離は近い。

 既に見慣れたのか、エウィンは気圧される様子もなく、敵の巨体を観察する。

 先ほどと同様に、体を何度も切り刻むか?

 跳ね上がる必要はあるが、その顔に刃を突き刺すか?

 選択肢は無数にあるため、不覚にも悩んでしまう。

 その行為こそが、エウィンの隙だ。隻腕の巨人は、当然のように見逃さない。

 ふらつく巨躯が、ピタリと静止する。

 距離を詰めるためではない。

 逃げ出すためでもない。

 真正面の小さな人間を、破壊するための予備動作だ。

 巨人の口が大きく開かれた瞬間だった。

 咆哮に怯む間すら与えられず、エウィンが遥か彼方へ吹き飛ばされる。

 何が起きた?

 遠方から見守りながら、アゲハが静かに青ざめる。

 わかっていることは一つだけ。

 巨人族が吠えると同時に、エウィンが地面に何度も叩きつけられながら遠ざかった。

 その答えは、軍人のマークからもたらされる。


「このタイミングで使うのか、衝撃咆……」


 そうつぶやく顔は、苦虫を嚙み潰したような表情だ。

 最悪の事態だとわかっているからこそ、エウィンの安否が気になってしまう。

 相槌のように反応したのは、隣に立つエルディアだ。


「ふーん、衝撃砲使えるんだー。私も真正面から撃ち込まれたことあるけど、普通に死にかけたなー。エウィン君、やばくない?」

「なんとも言えん。俺がここに派遣される前の話だが、隻腕のあれに耐えられた者はいないそうだ」


 二人のやり取りが、アゲハに恐怖心を抱かせる。

 衝撃砲。これは巨人族にとっての切り札だ。手順としては、力を振り絞って大声を出せばよい。

 しかし、口からは騒音だけでなく、同時に不可視の衝撃波が発射される。

 その威力は絶大だ。森の中で使おうものなら、前方の木々が一斉に砕かれてしまうだろう。

 これは巨人族専用の戦技であり、一方で全ての個体が使えるわけではない。

 隻腕の巨人は習得していた。

 そして、最後の悪あがきのように叫んだ。

 もちろん、負けるつもりなどない。左腕を破壊されてもなお怖気づかなかった理由は、衝撃砲という切り札を持ち合わせていたためだ。

 この時点で、この巨人は勝利を確信した。

 原型を留めていることは称賛に値するも、緑髪の人間は遠方でうつ伏せのまま倒れている。

 つまりは絶命しており、片手剣も吹き飛ぶ過程で手放したことから、疑いようのない事実だ。

 強者だからこそ、この巨人は確信している。

 確かに、オーディエンが用意した人間は手ごわかった。素早いだけでなく、反射神経も今までの軍人とは比較にならないほど優れていた。

 しかし、自身の方が勝っていた。

 右腕に続き左腕まで失ってしまったが、今は余韻を味わう。

 この世界からまた一人、人間を排除することが出来た。遺伝子に組み込まれた本能が震えるほどに喜んでいるのだから、多幸感は無類と言えよう。

 余韻に浸りながら、勝者は群れの方角へ向き直る。ジレット監視哨は既に壊滅しており、生き残った人間達を殲滅するにしてもオーディエンの指示が出てからだ。

 拠点へ帰るためにも。

 左腕の手当を受けるためにも。

 巨体は胸を張って歩き出す。

 その時だった。


「いたた……。これが衝撃砲ってやつか」


 聞き覚えのある声だ。

 ゆえに、隻腕の巨人は慌てて振り返る。


「怪我は……大丈夫そう。だけど、服はもうダメだな。ズボンも、うぅ、ボロボロ……」


 腕立て伏せのような動作で素早く起き上がると、少年は自身の体をまじまじと観察する。

 緑色のカーディガンはボロ雑巾のような有様だ。右胸から右肩付近までが消失しており、左側に関しても長袖から半袖へ縮んでしまった。

 黒い長ズボンは下着が見えるほどではないのだが、あちこちが破けている。

 しかし、無傷だ。出血はおろか痣すら見当たらない。


「さすが巨人族。んでもって、軍人さんはこんな化け物と日夜戦ってるのか。頭が上がらないな」


 イダンリネア王国が千年もの歴史を紡げた理由だ。

 実は、近隣の魔物は脅威ではない。縄張りから動かないため、人間側が足を踏み入れなければただの隣人だ。

 一方で、巨人族やゴブリン達は例外と言える。人間のように拠点を築きながらも、大陸各地を闊歩するからだ。

 移住のためではない。

 人間を滅ぼすためだ。

 王国はそのための対抗策として軍を編成。

 さらには軍事基地を建設、そこに部隊を常駐させた。

 巨人族との戦争は熾烈だ。この千年間、一時的に途絶えたことはあっても、こうして今も継続している。

 もはや、勝つか負けるかの段階ではない。

 人間の滅亡を先延ばしにしているだけではないのか?

 そう揶揄する者も少なからず存在する。

 結末はどうあれ、戦うしかない。

 まだ死んでいないのなら、その命潰えるまでは立ち上がってみせる。


「アゲハさんやみんなが見てるんだ。心配させるわけには……」


 そう自分に言い聞かせれば、準備は完了だ。

 この戦いを終わらせるため、エウィンがそこからいなくなる。

 風よりも速く。

 誰よりも速く。

 不完全なスチールソードを拾いつつ、敵との距離をあっという間に詰め終える。

 この傭兵は知っている。

 二発目の衝撃砲が使われないことを。

 なぜなら、これは巨人族特有の戦技であり、つまりはその理から逸脱することはない。

 例えば、ウォーシャウト。攻撃対象を自身に固定させるこれは、再使用までに三十秒待たなければならない。

 例えば、タビヤガンビット。半透明な鳥を作り出し索敵させるこれは、十分もの待ち時間が必要だ。

 戦技は魔法と異なり、魔源という燃料を消耗しない。

 引き換えに連続使用が出来ないという枷があるのだが、衝撃砲もそのルールに当てはまる。

 ゆえに、今なら怯むことなく斬りかかることが可能だ。

 そうであると実演するように、鋼鉄の刃が巨人の顔面に突き刺さる。

 一瞬でも呆けてしまった以上、反応など不可能だ。魔物は何が起きたのかわからないまま、後方へゆっくりと倒れ込む。

 対するエウィンだが、突き立てた刃を引き抜くと同時に巨人族から飛び降りる。

 手応えからも、敗者の姿子からも、追撃は不要だ。

 傭兵は勝者らしく立ち振る舞おうとするも、浮浪者のような身なりゆえ、困惑してしまう。


「まぁ、勝てたからいいか。問題は……次だ」


 わかっている。

 三試合目こそが本番であり、二体の巨人族には申し訳ないが、それらは前座でしかない。

 カーディガンやズボンは見るも無残な有様だが、エウィン本人は無傷のままだ。

 体力も消耗していない。

 片手剣も健在だ。

 だからこそ、戦える。

 否、戦うしかない。

 母に守られた者として。

 オーディエンに見出された者として。

 障害を排除し続ける。

 アゲハを地球へ帰すと約束したのだから、その背中を見届けるまでは戦い続けたい。

 願わくば、その途中で彼女を庇って死んでしまいたい。

 そう思うこと自体は、自分本位であろうと罪ではないはずだ。

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